EX.他人の恋路を邪魔する奴は(sideアルヴィオ④)
上中下ではなく①〜⑥となりました(文字数が茹ですぎたそうめんみたいに増えていく……)
④は前半、ユーフェミアのお話が入ります。
――私ことユーフェミア・アインラークは伯爵家の次女で、少し歳が離れた兄と姉がおります。
父と兄は王宮に出仕する優秀な文官で、姉は既に他家へ嫁いでいます。
末っ子の私は政略結婚の必要もなく、好きな人と結婚する自由がありました。
ところが、意外にもこれが難題だったのです。
まず私は背が高すぎました。
姉と同じものを食べて育ったのに、なぜ私だけ縦に伸びてしまったのでしょうか。神様は不公平です。
すくすくと、あまりにすくすくと成長してしまいました。
普通の男性と同じか、それ以上に身長があり、視線が同じかやや見下ろすことになります。
かと言って威風堂々とした女丈夫でもありません。運動は苦手なので、ひょろひょろしていて頼りない柳の木みたいなのです。
たいがいの人は私を見ると、一瞬ですが嫌そうな顔をします。なぜ、こんな痩せっぽちの貧弱な女に見下されなければならないのだ、という感情が透けて見えるのです。
男性は特にそう。
私はすっかり人見知りの引っ込み思案になり、暇さえあれば部屋にこもって読書をするかスケッチを描いておりました。
……絵と呼べるほどのものではないんですよ。見たままを紙の上に写し取っているだけですから。
絵画というのは……私もそう詳しくないですが、以前に読んだ画家の手記によれば――――
見たままではなく、そこに何か独自の視点や情熱、そういうものを感じさせる才能の発露がなければいけないのだそうです。
私には無いものですね。それでも描かずにいられないのですから、自分でも我儘だと思います。
元々アインラーク家は真面目かつ堅物が取り柄で、芸術にはまるっきり縁がありませんでした。
それでも娘の「令嬢らしからぬ、ちょっと変わった趣味」を許し、画材も高いものでなければ買ってくれたのですから、両親も兄も私には甘いということになるでしょう。
そんな私も年頃になって社交界へデビューしたものの、背が高い上に人見知り。なかなか良いお相手が見つかりませんでした。
壁の花というか一部になっていることが多かったのですが、ある夜会で女好きな令息達に絡まれました。
向こうはお酒に酔っていて、垢抜けない女を少々からかってやろう、くらいの軽い気持ちだったようです。
でも私は知らない男性陣に取り囲まれて恐ろしいやら、容姿を揶揄されて恥ずかしいやらで気絶しそうになりました。
いえ、その場は別の方が割って入って助けてくださったので、何事もなかったのですけど……
「……むう、許せん。不届き者め! ぶちころ……じゃない、厳しくとっちめてやるべきだな」
聞いていたアルヴィオ様が太い眉をぐいっと寄せたので、私は話を中断して笑ってみせました。
「やっぱり覚えていらっしゃらないのですね。あの時、助けてくださったのはアルヴィオ様ですわ」
――何をしている、と言いながらのひと睨みで、色ボケ令息達を追い払ってくれたのですよ?
「なに?! おれですか?! いや、ぜんっぜん記憶が」
「こんな背高のっぽの女ですのに、印象に残りませんでしたの?」
「……性格が雑なものですから……ユーフェミア嬢も、おれよりは小さいので……ドレスと乗馬服はかなり印象が違うし……よくお似合いですが……って、おれは何を言っているんだ」
ふふ!
それはもうアルヴィオ様なら、たいがいの方は小さいですものね。
私も貴方に比べたら小柄です。あんなに悩んでいたのに、どうでもよくなりました。
父や兄は文官ですから、筋肉がないとは申しませんけど、頭脳に重きを置いています。
私の縁談のお相手も父達の友人や職場仲間のツテで選ばれるので、線の細い男性が多くて。
それに気が弱い私は騎士の妻に向いていないだろうと、家族も私自身も思っていたんですよね。
ところが、あの夜会で気付いてしまいました。
私は逞しい男性が好みだったのです。
アルヴィオ様のような人が……いえ。
ような、は余計だと申し上げても良いでしょう。
――驚いていらっしゃいますね、アルヴィオ様。
目を丸くしていると、身体は大きいのに何だか子供みたい。
意外ですか?
女性に好かれる要素がないでしょう、って?
そんなことはありませんわ。
もし、そうなら妃殿下の乗馬教室にこれほど令嬢が集まったり致しません。
貴族の娘は貞淑にしつけられます。
それにフィリア様がいらっしゃる前の社交界は、少し、その……
今だから申しますけど、一番に王太后様の顔色を窺う必要がありました。
ですから、なかなか表に出せなかっただけです。
……私もあの時、動転してしまいアルヴィオ様にお礼も言えませんでした。
その後、パーティーなどで貴方をお見かけしましても、恥ずかしくて声をかけられませんでしたの。
転機はフィリア妃殿下がご結婚なさる前、イリシス公爵家で開かれたお茶会でご一緒したことでした。
ええ、私、母と出席していたのです。
本当はレイラ様と仲良くさせていただいている義姉が行く予定だったんですが、甥っ子が熱を出しまして。急遽私が代わりになっていました。
そこで初めてお会いしたフィリア様は、とても素敵な女性でした。
しとやかな一方で芯が強くて、自分というものを持っていらっしゃる……
私もうじうじした自分を変えたい、こんな風になりたい、と思いました。
フィリア様も私を何かと気にかけてくださって、ご結婚後も何度かお茶会に呼んでくださいました。
ですので、乗馬の話題が出た際に思い切って申し上げたのです。
私も妃殿下のように、馬に乗ってみたいって。
――そうしたらフィリア様が、講師のお一人としてアルヴィオ様を招いてくださったのです。
いえ、貴方のお名前は出していませんわ。だって、はしたないでしょう? 私だって貴族の娘ですよ?
妃殿下は魔法でもお使いになったのかしら。
それとも私、そんなに分かりやすかったのでしょうか。
でも嬉しいですわ。
こうしてアルヴィオ様と親しくお話しできるようになるだなんて。
また乗馬にも誘っていただけるだなんて。
夢みたいです。
✳︎✳︎✳︎
「――妃殿下、どこまでご存じだったんです?」
「あら、仕込みではありませんわよ。もしかしたら、とは思っておりましたけど」
乗馬教室の翌々日――――
執務室へ訪ねていったおれをフィリア妃は笑顔で迎え、お茶を用意してくれた。
「乗馬をしてみたいと最初に発言なさったのはユーフェミア様ですわ。でも、騎士のどなたかをお呼びしましょうかと提案したのは私です。そうしたらユーフェミア様は真っ赤になられて、そんな素敵なことがあって良いのかしらとおっしゃいましたから」
恥ずかしがり屋のユーフェミアははっきり言わなかったが、態度から騎士団に意中の人がいるのはバレバレ。
フィリア妃はすかさず、さりげな〜く、色々と探りを入れ……おれだろうと見当をつけたそうである。
「それならそうと、始めから言ってくだされば良かったのに」
「王弟妃や殿下が口を出したら強制になってしまうではありませんか。ロマンスの欠片もありませんわ!」
「なるほど」
確かに、おれはこんなだからヒースクリフやフィリア妃にも雑に接してしまうが(もちろん人前では弁えている)、本来、この二人は国王夫妻に次ぐ王国の貴顕である。匂わせた程度でも圧力が生まれかねない。
「でも晴れて両想いになったんだろう? 良かったじゃないか、アルヴィオ」
同じ部屋にいたヒースクリフも公務にきりがついたようで、やってきてフィリア妃の隣に腰を下ろす。
「まあな……妃殿下には感謝しかない」
ヒースクリフはフィリア妃を最初に見た瞬間から心臓がうるさくて仕方なかったと言うが、おれはそんなに激しい感情ではなかったな。
しかし……そもそも、おれを怖がらない、好意的な女性というものが珍しいのだ。
どんどん惹きつけられていったし、良いところがたくさんあるのに自分に自信がない様子がもどかしく、おれにできることがあれば力になりたい、と思ったのさ。
……そりゃもう結婚するしかあるまい。そうだろ?
「妃殿下、ありがとうございました。ヒースクリフもな」
ユーフェミアを引き合わせてくれたこと。
出しゃばらず、しかしながらきちんと見守ってくれたこと。
軽食や飲み物にも、おれ達が令嬢と楽しく交流を深められるよう細やかな工夫があふれていたこと……
どれもフィリア妃の采配である。
ヒースクリフも敢えて目立たないようにしていたが、背後で手助けしていたに違いない。
立派な王弟夫妻じゃないか。
臣下として仕えるのに何の心配もない。
おれは晴れやかな気分で頭を下げた。
「俺はフィリアのアイデアに乗っかったに過ぎないよ。賢い妃のお陰だ」
「私だって乗馬教室を開いただけです。新しい出会いがあって良かったわ」
「ああ。……しかし、参加した令嬢の中で一番おとなしそうに見えたユーフェミア嬢が、アルヴィオと結ばれるとはね。意外と胆力があるんだな」
ヒースクリフがお綺麗な顔で、聞き捨てならん冗談を言い出す。
「どういう意味だ、おい。ユーフェミアは男を見る目があると言ってくれ。観察眼が鋭いんだ。しかも、そいつを絵にすることもできるんだぞ」
「絵をお描きになるの? 初耳ですわ」
フィリア妃が聞いてきた。
ふむ。
これまで、家人以外にユーフェミアの趣味を知る者はいなかったようだな。
良い機会だ、想い人の隠れた才能について説明して差し上げよう。
ユーフェミアは乗馬教室で描いたスケッチをおれにくれた。
そいつをおれは持ち歩いているので、証拠として見せる。
ただし、風景画の方だけだ。
おれの似顔絵はさすがに小っ恥ずかしい。
するとフィリア妃は目を輝かせた。
「まあ! 私、図鑑の挿絵が描ける方を探していましたの。ユーフェミア様、ぴったりですわ!」
フィリア妃には闇の森に棲む一部の生き物――というか、毒を抜けば食えるものについて絵入りの図鑑を作る計画があった。
ズィーゲルフロッグやマンドレークニセニンジンなんかだな。
文章だけでなく、挿絵をつけて分かりやすくしたい、とおっしゃる。
「ぜひ手伝っていただきたいわ。アルヴィオ様、お伝えくださる?」
「ユーフェミア次第ですが、喜んで」
「もちろん無理のない範囲でお願いしますわ!」
フィリア妃はもう全開の笑顔だ。
ヒースクリフが『眩しいな』と言いたげな表情で、そんな嫁さんを眺めている。
相変わらずベタ惚れだな……
おれは話題を変えることにした。
「そうそう。ブラムとイザークも、相手の令嬢と結婚を前提に交際することになったそうです。二人から報告がありました」
おれだけじゃなく、部下二人も嫁さん候補を捕まえた……のか捕まったのか分からんが、次は個人的な乗馬のレッスン(という建前のデート)に行くそうである。
ブラムにしろイザークにしろ、照れくさそうで他の連中に散々からかわれてたが、満更でもない風だったよ。
「ライルとジュードはどうなったんだろうな。ヒースクリフ、聞いていないか?」
「ジュードは交際が決まったんだが、ライルはまだだ。そのうち報告に来ると思う」
普通、こういう私的な内容――男女交際までいちいち報告しない。
しかし今回は、フィリア妃主催の乗馬教室がきっかけだからな。みんな筋を通しに来るはずだ。
そこへ、ちょうどライルがやってきた。
「ヒースクリフ殿下、フィリア妃殿下、失礼いたします」
――うん?
表情が硬いな、とおれは首をかしげた。
めでたい雰囲気じゃあない。
何事だ、令嬢にフラれたのか?
フィリア妃も心配そうになり、ヒースクリフは真面目な顔を作って「聞こう」と応じる。
するとライルは、がばりと頭を下げたのである。
「申し訳ありません!! 突然ながら、休暇をいただけないでしょうか」
「まあ、休暇?」
「ライルは確か休暇が溜まっていたはずだな。取るのは構わないが……何かあったのか?」
「実は乗馬教室でお教えしたリーチェ・マーロウ伯爵令嬢なんですが――――」
「怒らせでもしたのか?」
「いえ。素直で可愛らしいお嬢さんでした。ですが、たまたま気になる話を聞いてしまって」
ライルとリーチェ嬢の乗馬レッスンそのものは、何の問題もなかった。
だが休憩時間に、リーチェ嬢が乗馬教室に参加した理由をこう話したという。
『――わたしも貴族の一員ですから、家のために結婚する覚悟はできていますわ。ですが叶うならばお相手の身分よりも、誠実な男性に嫁ぎたいのです。原因はマーロウ伯爵領の近くにある、とある貴族を知っているためです』
――その貴族、ドルーセル伯爵は離れた領地の、しかも格下に当たる男爵家から妻を迎えた。
それは伯爵に、以前から平民の愛人がいることを隠しておくためであった。
マーロウ家をはじめ、近隣の貴族はみんな事情を把握していたので娘を嫁がせなかったのである。
だが遠くから輿入れした夫人は、結婚後に騙されていたと知った。しかし、実家に迷惑をかけたくないと言って冷遇され蔑ろにされても耐えている。
リーチェ嬢や母親のマーロウ伯爵夫人も心配しているものの、本人が頑張っているのに他家の内情へ迂闊に踏み込めない。歯痒い思いをしているそうだ。
「酷い話だな」
「気の毒ですわね。リーチェ様のお考えも当然ですわ、身近にそんな悪い例があるんですもの」
ヒースクリフもフィリア妃も顔を曇らせた。この二人は正義感が強いからな。
無論おれも同じ気持ちだ。騙して結婚だなんて、貴族の風上にも置けない。
「ですよね? それで、どうもそのドルーセル伯爵夫人は俺の知り合いのような気がするんですよ……」
「何だって? ライルの?」
「うちの隣にある男爵家の娘で、いわゆる幼馴染です。家族ぐるみで仲が良かった」
ライルより二つ歳上。田舎に珍しい美人で、成人してすぐに縁談が来た。中でも領地は遠いが、名門と言える伯爵家から是非にと請われて嫁いでいった。
その後ライルも王都へ出てきて騎士になったため、一度も会っていないという。
「ディアナ・ドルーセル……同姓同名の別人だと思いたいところなんですが」
「ほう、そりゃ放っておけんよな。で、休暇を取って様子を探りに行くってか?」
「です。もちろん、手荒なことをするつもりはありません。必要ならディアナ夫人の実家、ジェンツ男爵家に知らせます。男爵は家族思いですから」
「そうか、分かった。行ってくるといい。もしも兄上……国王陛下の裁可を得て結婚した正妻を蔑ろにし、苦しめているなら問題だ」
「きちんと調査してね、ライル。いざとなったら、私の名前を使っても構いませんわ」
「は。ありがとうございます!」
ライルはさっと敬礼し、ヒースクリフから休暇の許可証をもらって退室していった。
「……どう思う? フィリア」
足音も聞こえなくなったところで、ヒースクリフが聞く。
「そうですわねえ……少年の頃の淡い憧れだった、初恋のお姉さんを心配して会いに行く……と申し上げたら、穿ちすぎかしら?」
「いや。俺も同じ意見だ」
「うむ、ライルは何でも卒なくこなす器用な奴だし、顔の造りも割と良い。今まで女の影がなかったのが不思議だったが、いま分かったぞ。忘れられない女性がいたんだな」
おれだって察するくらい分かりやすかった。
王都へ来る前のライルは身分や財産がなく、仮に好きな貴族女性がいても結ばれるのは難しかっただろう、と推測できる。
そういう相手が別の男と結婚して幸せに暮らしているなら諦めもつくが、嫁ぎ先で虐げられているかもしれないとなれば……
ちょっと気がかり、なんてもんじゃないわな。
いつも調子の良いライルの顔には「もし本当だったら絶対に許さん」という殺気が漂っていた。
今のライルは第一分団の副長に出世している。
王弟ヒースクリフの腹心の部下と言っても良い。
フィリア妃の信頼も得ている。
本当に伯爵夫人が酷い目に遭わされているなら、攫ってきても大丈夫なくらいだ。
「どうなるか分かりませんけれど、リーチェ様には違う方をご紹介する準備をしておこうかしら」
「それが良さそうだね。アルヴィオ、第三分団には誰かいないか?」
「ふむ。独身はまだまだ、たくさんいるが――――」
おれ達は第二回乗馬教室の打ち合わせをすることにした。
ライルの心配はしていない。
いささか頭に血が上っているかもしれんが、あいつはヒースクリフやフィリア妃の信頼を裏切ったりはしないさ。




