#4 オープンキャンパス事変・後編
「おい」
巨人男の拳が今まさに葉の顔面に直撃しようというところだった。
都の氷のような声が裏庭に響き渡った。
「なんだ。お兄さんたちは今大事な話してるんだよ。帰った帰った」
「都…」
「え?妹ちゃん?」
「か、かわうぃ〜」
二人の学ランを連れた都が俺と葉の前に立った。
「お前ん家のやつら随分こぎたねぇな」
「狼谷さん、こいつらみやさんとこの人たちじゃないっすよ」
「え!じゃ誰だ」
「なんだお前らは」
「君たちこそ何かな?俺たちはそこの冴えないボーイに用事があるんだ。そこを退いてくれ」
髭の濃い男が言った。
だが、都は一向に退く気配がない。
「おい、都!やめておけ」
俺は小声でそう言った。
すると猿渡くんが振り返り言った。
「無理っすよ。みやさんキレてますもん」
なんということだ。都がまた戦闘モードになってしまった…。
大丈夫かな…大学で騒ぎを起こしたら退学とかになるんじゃ…。
「退かないなら無理やり退かすまでだ!」
俺の心配を他所に巨人男が都たちに殴りかかった。
「おいてめ…」
太一が止めに入ろうとしたが、そんな間も無く、一瞬でカタがついた。
気がつくと巨人男は都に腕を捻られる形で地面に転がっていた。
「な、なんだお前!」
坊主の男はうろたえているようだった。
「そうか…花咲千景、お前を見たときにどうもおかしいと思っていた。まぁくんをやったのは、お前か」
髭の男が都を見て言った。
「まぁくん?」
「ほらアレだ!お前がこの前コンビニの前でボコボコにした!」
「ああ、あのミジンコの…」
ミジンコ?
「人の弟をミジンコ呼ばわりとは…君、いい度胸してるじゃないか」
おい〜!めっちゃ火に油注ぐやん!
「なんだそんなに弱かったのか」
「ああ。弱いくせに女に手出そうとするから」
「みやさん容赦なかったからな…」
「お前ら…許さん!許さんぞ!」
髭の男を筆頭に、残りの三人も都たちに殴りかかってきた。
「うお!あぶね!」
猿渡くんに殴りかかったの坊主の男は勢いよく飛びかかったものの、猿渡くんに綺麗にかわされ、生垣の中に突っ込んでいった。
俺の知らない狼谷と呼ばれていた強面の男の子はおそらく成人男性であろう二人の男の頭を大きな手でつかんで、ごつんと互いに頭突きさせる形で地面に投げ捨てた。
そして都はというと、殴りかかってきたあの髭の男をいともたやすく背負い投げし、地面に叩きつけていた。
おっさんたちは一人残らず、あっけなく裏庭に倒れる形となった。
なんだか少しかわいそうになってくるくらいだ…。
あの男たちもまさか高校生に、しかも女の子にやられるなんて不本意だっただろうな…。
「まじかよ…」
太一も葉もUFOでも見たかのような顔で固まっている。
「千景、お前の妹、何者…」
「都お嬢様は我が紫桃家の大切な後継でございます」
今まで聞いたことのない声に後ろを振り返ると、そこにはタキシードを着た老人が立っていた。
さながら執事のようなその老人は静かにこちらに歩いてきた。
「じい」
「げ、じじい」
都と狼谷くんはなぜかその老人を見て苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「はぁ…こりゃまた派手にやりましたねぇ。この数週間、目を瞑ってきましたが、今回ばかりは雅様にご報告させていただきますよ」
「ぐ…ま、待て!わかった帰る!だからおばあさまには…」
あの冷静沈着な都が焦る姿は珍しかった。
「都、この人は?」
「はじめまして、千景様。私は紫桃家の執事をしております春日亀仙元と申します。お嬢様が大変なご迷惑を…」
「あ、いや…迷惑なんてそんな」
やっぱり執事さんか…。めちゃめちゃ執事っぽい執事だな。
「じい。兄貴のことは」
「お嬢様があまりに暴れますので、どうやらリカルド様にはすっかりバレてしまっておりますよ」
「…やはりか」
「だぁからほどほどにって言ったのに…」
都は、呆れ呟く猿渡くんを睨みつけ言った。
「大丈夫なのか」
「さぁ、わかりません」
「わからないって」
「リカルド様はこの件で昨日一足先にイタリアへ戻られました。私にお嬢様を連れてくるようにと」
「なに!」
「あ、あの〜すみません、これって俺たちも聞いていい話なんですかね?」
状況を見かねた葉がそう切り出した。
大学の食堂まで移動し、なぜかみんなで春日亀さんの話を聞くことになった。
都のこと。そして、紫桃家の話だ。
葉と太一は遠慮したが、ご迷惑をおかけしたのでとみんなを食堂に呼び、春日亀さんが飲み物をくれた。
春日亀さんは、どうせみなさんに何も言っていないのでしょうと、まるで都のことをなんでもわかっているようだった。
それから、俺も関わることだからと俺のことも気遣ってくれていた。
俺はやっと都の素性が知れることにホッとしながらも、どこか今の関係でいられなくなるのではと不安と寂しさを感じていた。
「まず、お嬢様と千景様、二人のお母様である紫桃麗子さまの話からいたしましょうか。紫桃、といえば皆様ももちろん一度は聞いたことがあるでしょう、紫桃財閥、その一族の一人娘として生まれたのが、何を隠そう麗子様でございました」
そうだったのか。
そうか、なんで今まで気がつかなかったんだ。
紫桃という苗字を聞いて何か聞いたことがあるなと思っていたが、そうだ、日本有数の巨大な財閥。紫桃財閥。
日本人なら誰でも知ってるだろうというくらい有名じゃないか。
俺の母さんは…そんな…。
「麗子様はお若い時に花咲真央さまと恋をなさり、そして千景さまを授かりました。しかし、体の弱い麗子様を心配した紫桃家当主、雅様は千景様を産んですぐ、麗子様を家へ戻し、最新医療を受けられるイタリアへと送ってしまったのです。まだ産まれたばかりの千景様を真央様に預けて」
「そんな…」
「それからしばらくして、麗子様はローマを散策中、怪我をしたリカルド様を拾ってこられました。リカルド様の怪我はひどいものでした。数ヶ月のうち、屋敷で手当てをし、麗子様は素性の知れないリカルド様を匿っておりました。そのうち、二人は恋に落ちたのです。しかし、リカルド様は、なんとグランツァーノ一族という、ローマでは悪名高いマフィアの一族の若頭でした。その時、もう二人の間には都様が宿っておられました。麗子様はリカルド様がどの立場であれ、結婚したいと雅様に申し出ました。みなさんの予想通り、雅様は時に残酷な方ですので、もちろん、何度も二人を引き離そうとしました。しかし、リカルド様は頭脳明晰で、とても頭のキレる方でしたので、経営を学び、紫桃の一端となることを条件に麗子様との結婚を懇願しました。そうして今の紫桃家となったのです」
「えええええっとえ!待って待って、じゃあ、妹ちゃんのお父さんってマフィアなの!?」
「そうだ」
頭がパンクしそうだった。
俺の実の母は財閥令嬢で、都の父さんはイタリア人でマフィア…!?
それなら都のあの人並み外れた運動能力の高さも証明できるというものである…。
でも、そんなフィクションみたいな話があるのか!?俺は何か騙されているのかも知れない。これは夢かも知れない。
そんな思いが頭の中をぐるぐると巡った。
「千景、大丈夫か」
「う、うん」
大丈夫じゃないけど。
「そして、千景様、あなたの存在を雅様と麗子様はリカルド様やお嬢様に伝えることなく隠してきました。それは、リカルド様、そして都様を今後紫桃を継ぐ者として育てようという雅様の意思のためです」
「そんな!勝手すぎんだろ!」
太一が俺の代わりに大声を上げた。
「そうですね。先ほども申し上げましたが、雅様は時に非情なところがおありです。だから今そのしわ寄せが来てしまった。お嬢様は自力で千景様にたどり着いてしまった。お嬢様を追跡していた紫桃の者からリカルド様へと情報が渡り、千景様の存在が明らかになってしまいました」
「でもダディは何も兄貴を殺そうってわけじゃないだろ。そんな人じゃない」
「ええ。そうなのですお嬢様、話はここからなのですが、リカルド様がイタリアへ帰られてからというもの、どうもきな臭いのです」
「というと」
「先ほどの物騒な方達にしてもそうです。なぜ千景様の居場所や交友関係までもがバレているのか。なぜ執拗に千景様をねらっていたのか」
「誰かが裏で糸を引いていると?」
「その可能性が高いかと」
どうやら春日亀さんの話では俺は命を狙われているらしかった。
自分の出生すらも今知った俺が、母の家のごたごたのせいで命を狙われることになるなんて、もうどうにかなりそうだった。
自分でも自分が不憫すぎて、どんどん気分が沈んでいくのが分かった。
葉がたまに心配そうにこちらを見ていたが、それすらも憐れみに思えて心が締め付けられた。
「もしダディが本気で兄貴を殺すつもりなら本物の殺し屋を寄越すはずだ。ダディの仕業じゃない」
「クソザコだったもんな。桜高の奴らの方がよっぽどつえーぜ」
「私もそのように思っております。そこでここ数日、僭越ながら千景様の周辺を観察させていただいておりました。すると度々紫桃の車に似たような車がいることに気づいたのです」
「それが誰か突き止めないとだな」
「すみません、千景様。私が至らないばかりにまだ犯人を見つけられず」
「い、いえ」
というか春日亀さんがいたことすらも全然気づかなかった…。
俺の知らないところで見守っててくれたなんて…。
沈んでいた心が少しずつ戻ってくるのを感じた。
「まだ当分は帰れないな」
「え?イタリアに行くんじゃ」
「じゃぁ誰が兄貴を守るんだよ」
「そうっすよ花咲さん!俺たちがついてますから安心してくださいね!」
「ッチ、しかたねぇけど協力してやるか」
「都…みんな…」
それから都は小さな声で下を見ながら言った。
「兄貴、ごめん、巻き込んで」
それはあの強気で態度のでかい妹が今まで一度も見せたことのない顔だった。
ああ、俺は妹にこんな顔をさせるなんて、兄貴失格だな。
自分の不甲斐なさを実感しながら、不覚にもその時初めて俺は都の兄としての自覚を真に感じたのだった。
そして、都がいなくならないことにどこか安心している自分にもその時気がついていた。
「はぁ…仕方ないな。たまには家事手伝えよ」
そう言うと都は笑って言った。
「でも、そろそろあの風呂には我慢ならないな。風呂の時だけは家に帰る」
「なんだよ我慢ならないって!」
「あれは風呂ではない」
みんなから少し笑いが起きた。
母さんに実際会えたわけでもないし、今日の話を聞いて改めて真尋さんとも話さなきゃいけないと思った。
きっとこれからいろんな人から話を聞くたび驚いたり喜んだり、悲しんだり…自分の感情が揺さぶられるのだろうと思う。
都がうちに来てから俺の人生は大きく変わった。向き合わなきゃいけないもの、守りたいものも増えた。
でも、何も知らないよりずっといい。
俺の知らないところで都が悲しんだり、困ったりするのは嫌だ。
だから、少しずつ俺なりに向き合っていこう。
まずは、目の前の妹と仲良く暮らすところから。




