001 再会……?
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2108年、7月下旬。
日本は国際化が進み、食の欧米化、外国語のみの番組、エスペラント語——世界共通語——の主要科目化、そして、国籍を問わず外国人名を名乗ることなどが当たり前となっていた。
今年18になる高校3年生の少年ギアスも、国籍は日本にあるが、フルネームではギアス・レッド・ハウルといった。
生まれつき夕日色の髪と瞳をし、女のような均整の取れた目鼻立ち、スラリと伸びる長身で、運動が大の得意。しかし、剣道の大会を終えて帰宅する途中だ。こんな真夏日の日差しの下で真っ黒の袴に身を包んで都会の人混みを歩けば、ただでさえ死闘を繰り広げた後なのに地獄である。剣を構えれば悪鬼も怯むような切れ長になる鋭い目つきもまるで勢いを失い、虚ろになっていた。
「あ〜、……あっじぃ〜」
人混みを抜けて閑静な住宅街へ移り、我が家も見えてこればあまりの暑さにうっかりひとりごちてしまう。
長い竹刀を肩に担ぎ、背を丸めてよろよろ歩いていく。家はしらじらと太陽光を反射する視界の奥にあるが、行けども行けども近づいている気がしなかった。
「……?」
ふと、誰かにつけられているような、何者かの気配を感じた。足を止めて振り向くも、真っ白に太陽光をギラギラ反射する人気のない住宅街が広がるばかりで猫一匹いなかった。
だが、ギアスは確かに聞いた。誰かの足音を。
普通なら、なんだ誰もいなかったのか、と思ってまた何事もなかったように歩きはじめるだろうが、ギアスは違う。歩いてきたところを眺めたまま作戦を練りはじめる。
(誰だ? オレなんかつけてどうする気だよ。江戸時代じゃあるまいし、影武者なんかじゃないだろうな。……、フェイントでもかけてみるか)
「なんだ、誰もいなかったか。暑すぎて頭やられたんかなぁ〜、あっ!」
「うひゃあ!?」
諦めて歩き出すフリをして、すぐに振り向いてみるとまんまと引っかかった。背後の電信柱の陰から小さな子供が転げるような勢いで飛び出してきていた。
ギアスは自分の目を疑う。まさかこんなに可愛い生き物と出会う日が来るとは、と。電信柱の陰から飛び出してきたのは、足元まで茜色の髪を伸ばした少女だった。ただ、なぜかボロ雑巾みたいなみすぼらしい格好で非常にもったいない。
一体どうしてこんな格好なのかと気になるところだが、茜色の少女は勢いあまってフラフラするうち、とうとう転んでしまった。ケガでもしていたら大変だと、ギアスは暑さも忘れて慌てて駆け寄る。
「お、おい、大丈夫か?」
少女は頷きつつも、痛そうに両方の小さな手のひらを返した。残念ながら擦り傷を作っていた。
自分が意地悪にフェイントなんかかけなければ、と心の中で後悔する。女の子にとってケガは大変なことだ。しかもそれをこんな可愛らしい子に負わせてしまうとは……。
「わりい、悪気はなかったんだ。そうだ、と、とりあえず水で洗わねぇと……って——」
しゅうぅ、ぅ……。どうしたことか、少女の手のケガはみるみるうちに治っていき、もう跡形もなくすっかり元通りになってしまったではないか。
普通ならこのくらいの擦り傷、治るのには子供でも3日はかかるところだ。それがこのものの数秒の間に治るなど、到底ありえない。
けれどギアスは、この少女が異常な再生力を持っていることには驚いたが、異常な再生力そのものには見覚えがあった。
少女の茜色のつぶらな瞳がこちらを見上げる。初対面のはずだが、数年ぶりに再会したというように潤々した目をしていた。
「ねぇ、ギアス、だよね? ギアスも治るの早いでしょ?」
「お、おま、ちょ、な、何言ってんだよ。名前どころか、何で知ってんだそんなことまで」
ギアスは仰天した。
人には、他人に言えない悩みや秘密の一つや二つあるものだ。とはいえ、ギアスの場合はかなりマニアックなもの、それこそ再生力が異常に強く、ケガをしてもこの少女のように瞬時に治ってしまうというものだった。
ギアスはなぜか自分の秘密を知る者がいたということに恐怖する一方で、自分と同じ境遇にある者がいたということに少し安堵してしまう。
「ギアス!」
「え!?」
と、茜色の少女が不意にギアスに飛びついた。
「ギアス、ギアスなんだよね! そうなんだよね! やっと、やっと会えた。よかった、よかった……」
「待って!? なになになに!? 誰なんだよ、いとこか? はとこか? オレら初対面だよな!?」
どうも、茜色の少女のほうは本当に数年ぶりの再会である模様。ギアスの胸に頬ずりまでして懐かしんでくる。けれどもギアスには全く身に覚えがない。そもそも、ギアスは孤児院育ち。幼い頃に失踪した母親以外に血縁の顔を一人も知らないのだから、この少女が血縁であればなおさら初対面のはずである。
(やべっ、誰だよこの子。や、やめろ、頬ずりすんじゃねえ! 心臓の音聞こえちまう!)
今のギアスには血縁がどうのと言っている場合ではなかった。近寄ってやっと分かったが、外見が幼いというだけで歳は割と近いらしいのだ。それも、仔猫にも勝るほど可愛い。ギアスはたまらず、全身の血が全て顔に集まっているかのように顔が熱くなっていた。
○○○○
今、ギアスは心の中で「やっちまった」と呟いた。早速自宅にお持ち帰りしてしまったのである。もちろん誘拐などではなく、あくまで事情を聞くためだが。
キッチンでりんごジュースを注ぎ、リビングのダイニングテーブルへ持っていってやる。シフォンというらしい茜色の少女はちょん、とお人形のように大人しく座って待っていた。
そして今さらかもしれないが、壁一面の大きな窓のブラインドを全て締める。やましいことなど何もないはずだがそうしなければ落ち着かなかった。
シフォンのほうへ向き直ると彼女はこちらを眺めてきていた。
「さ、さっきは、いきなりゴメンナサイ」
「いいよ別に。それより、何者? 迷子とか? オレまだ高校生だから交番に連れてくくらいしかできねぇけど——」
「わ、私、ギアスに会いにきて、それで!」
ギアスもダイニングへ腰を落ち着けようとしながら話しているとシフォンは急に声を大きくした。
「お、おう。わかったわかった。落ち着け、怒るわけじゃないんだからさ。とりあえず、まずはオレに会いに来てくれたんだな。それで?」
ツッコミどころしかないが、ギアスはキリがないので全部話を聞いてやることにした。
シフォンは赤ん坊みたいな小さな手で、コップを強く両手で掴みながら話しだす。
「わ、私、み、未来から来た、ギアスの娘なの。最近14になった」
「うん。未来から来たオレの娘で、はるばる会いに来てくれたと。うんうん。……、エエーーッッ!?」
全部静かに聞いてやるつもりが、ほんの二、三言で失敗。驚いたギアスの声が壁を突き破りそうな勢いで広い部屋の中にうるさく反響した。
未来から来た、というところまでは案外おもしろかった。子供の冗談だとか、寝ぼけているだとか、そんなことだろうと思ってギアスは割と流せることだった。けれど自分の娘とは、何を言っているのやら……。
「む、娘っておい。未来からっておい。暑さでやられたんじゃねぇのか、って言いたいところだけど……、言われてみれば似てるよな? 確かに」
「うん、うん! 髪の毛の色とか、目の色とか同じなの、親子だからだよ。私、それでギアスがいる時代にタイムスリップしたんだって分かったもん。ギアスがギアスだっていうこともすぐ分かった」
シフォンは分かってくれたと喜んで興奮するが、ギアスは上の空だった。イスの背もたれに深く腰掛け、名探偵のようにあご先を撫でて眉間にシワを寄せていた。
この際、未来がどうということやタイムスリップがどうということなど、もうどうでもいい。問題はシフォンの母親、つまり自分の嫁が誰なのかということにギアスは夢中になっていた。
ギアスは取り調べ中の探偵のようにテーブルに身を乗り出し、シフォンの顔を見つめた。
「……なあ、シフォン。変なこと聞くけど、お母さんは? 誰か言える?」
「……」
ギアスはすぐに悟った。シフォンは母親のことを聞かれたら途端に表情を暗くした。
「会ったこと、ない」
「そう、なのか。なんか、悪いこと聞いちま——」
ガチャガチャ、ガチャ! 玄関の鍵を開ける音がギアスの声を遮った。
ギアスは青くなる。こんなタイミングで扉を開けられては、女の子を家に連れ込んでいるようにしか見えないに違いない。
だがしかし、シフォンをどこかへ隠そうにも、もう遅かった。




