002 もし、本当なら
ギアスは幼稚園に通っていた頃までは母子家庭だった。父親は物心ついた頃から行方が分からず、写真もなく、全く顔が分からない。
母親もある日突然姿を消してしまったが、彼女からは充分に可愛がってもらっていた。怒られたこともない。何か悪さをしても優しく言葉で正しい道へ導いてくれるような人だった。
ギアスは母親の失踪を最後に孤児となり、警察などの自治体によって孤児院へ預けられ、数年の間をそこで過ごしていた。
幼かったギアスにとって、母親は全てだった。思い出の詰まった家も失い、ガラリと環境が変わる。そんな一大事件が起きれば、無邪気な子供でも笑えたものではない。ギアスはずっと孤児院の窓から外の世界を眺めて、独りぼっち、友達を作ろうともせず、永遠に続きそうな時間を送った。
だが、明けない夜などないものだ。ギアスが10歳になった頃、彼の引き取り手が見つかったのである。
それはお金持ちの家だった。クララとハイジじゃあるまいに、その家は両親が海外勤めで子供は一人、日本にある家で雇い人や家庭教師と生活し、ギアスを引き取るのはその子供の友達になって欲しいからというのだった。
お金持ちというからにはどんな偉そうなヤツなのかと思っていれば、スカイ・ブルームという彼もギアスと同様に独りぼっちで寂しそうな少年だった。
彼とは次第に打ち解け、お互いに人生で初めての友達になった。
そうして、ブルーム家に引き取られて半年ほどが過ぎた頃、ブルーム夫妻はまた孤児院から子供を引き取った。やんちゃ坊主が二人もいては雇い人たちが可哀想だと思ったらしい。しっかり者の女の子、フィジー・レストレインがブルーム家の一員になった。
彼女は赤ん坊の頃には既に孤児院に預けられていた子だったという。孤児院ではお姉さん的な立場にいたらしく、ギアスとスカイは毎日のように怒られてはフィジーと追いかけっこになり、なんだかんだで親のいない三人は仲良く、一緒に大きくなったのであった。
今、ギアスがいるこの家もブルーム家のものである。もちろん、スカイもフィジーも同居しているのだから、いつ帰ってきてもおかしくない。けれど今回はタイミングが良くなかった。
「ただーいま〜! あ〜、涼しい〜!」
フィジーの透き通るような声がセミの鳴き声を無視して清々しく響く。
「あ、ギアス帰ってたんだ。今日は焼肉だよ! って……」
ドサッ。小柄なフィジーは重そうに抱っこしていた買い物袋を床に落としてしまう。彼女の黄緑色の瞳はシフォンを見つめて動かない。唖然としていた。
「あ、えああ、お、おかえりぃ〜」
「……。ギアス、あなた、とうとうやったのね。これはマズイ。早く警察に電話しないと! ……もしもし! 警察ですか!」
「お、おあおおおいっ! まてまてまてまてまてーっ!!」
110番なんてボタンを3つ押せばいいだけなのだからあっという間だった。ギアスはフィジーから端末を奪い取ろうとするが上手くいかず、スカイの家では昔からお馴染みの追いかけっこが始まった。
「いや! 触らないでよ変態! あんた、妙に女子に興味示さないと思ってたら、まさかロリコンだったなんて! 男はみんなケダモノっていうけど、ギアスだけは違うと思ってたのにぃ!」
「よせ、ちげぇって! これには深い訳があってだな!」
「深い訳ってナニ!? どんくらい深いのよ!」
「深海よりも深いわ! とにかくオレは、ロリコンじゃねぇから!」
「じゃあ同い年くらいが好みなの!? キャー! 私、暴漢に追いかけられてる! 助けて〜! おまわりさ〜ん!」
「あ、ああそうだよ。同い年くらいが好みだよ! だからとっとと端末よこさねぇと——」
「よこさないと?」
「……、うるせぇ!」
そんなこんなで小一時間後、ようやく二人の追いかけっこが収まった。当然と言えば当然だが、フィジーは通報したフリをしただけで本当は警察になど電話していなかった。
○○○○
シフォンが未来から来たタイムトラベラーであること、ギアスの娘であることを説明するのにまた小一時間。時刻は午後8時を回り、部屋の明かりをつけた。
フィジーは肩までの黄緑色の髪を揉むように軽く搔いて、シフォンの顔をよく見つめた。
「確かに、言われてみれば、似てるかも」
「だろ?」
「うん。ギアスもなんていうか、女の子みたいな割とキレイな顔してるから、見れば見るほど似てるような気がしてくるかも」
「おまけに髪の毛も目も同じ色してんだ。こりゃ、娘かどうかはともかく血の繋がりくらいは確かにありそうだ。それにシフォンも演技してるようには見えないし、未来から来たっていうのも、もしかしたら本当かもしれねぇ」
「本当だもん! ギアスはパパだもん!」
シフォンは両手をグーにしてまた声を大きくした。ただ、そう言われてもやはり証拠がないのでどうしようもない。
フィジーが言う。
「どちらにせよ、シフォンちゃんは帰る場所がないって言うんだし、しばらくここにいさせてあげよ。っていうか、こんな可愛い子にこんな格好させておくの、よくないんだから」
「ああ、そうだな。まずは保護が先か」
「そ。警察とかに渡すのも、可愛そうだし。ギアスなら分かるよね?」
「まあなぁ。シフォンも、オレらと一緒のほうがいいか? やっぱり」
シフォンはギアスが言い終わる前に大きく頷いていた。
フィジーが呟くように、
「そりゃそうだよ。他に誰も頼る人がいないんだし、シフォンちゃんからしたら知らない時代だし、心細いに決まってるんだから。ましてや、ギアスがお父さんなら余計だよ。未来のギアスはよっぽどいいパパだったんだろうねー」
「わ、私——」
シフォンの表情がまた暗くなる。
考えてみれば、シフォンの生い立ちがまだよく分からない。母親に会ったことがないと言っていたが、それくらいしかまだ聞いていなかった。
どうもそれを言おうとしているらしい。少し間が空いて、彼女は話し始めた。
「私、小さい頃に、ギアスとも離れ離れになった。ママのことは生まれたときから知らないし、私には、ギアスだけだった。でも、ギアスは一緒にいられなくなって、私はノエルっていう、ギアスの知り合いの優しいお姉さんに預けられて育ったの」
「……、そう、なのか」
ギアスは聞かなければ良かったと思った。
事情はよく分からないが、シフォンの話が本当なら、この先自分の娘に自分と同じような寂しい思いをさせることになるらしい。
しゅうぅ、ぅ、と風船の空気が抜けるように気分が落ち込む。
「ノエルっていう人はまだ知らないけど、そのうちその人に会うことがあれば、多分全部信じられるんだろうな。……辛い思い、させたみたいだな」
「ギアス……」
ギアスはイスから立ち上がり、リビングを出ていく。二人を置いて二階の自室を目指した。
ついさっきまでセミの声がうるさく聞こえていたが、もう聞こえていない。静かになった階段を、振り返らず上がっていった。
ギアスが席を外し、リビングにはフィジーとシフォンだけになった。シフォンが心配そうに階段を見上げていたのでフィジーがこう声をかけて振り向かせる。
「ギアスもね、小さいときお母さんと二人っきりだったらしいんだ——」
「……え」
「でも、ギアスのお母さんも、シフォンちゃんのときみたいにある日突然いなくなっちゃったみたいで、それからギアスは独りぼっちになったんだって。それでこの家に来るまでは孤児院っていう、そういう親のいない子供が生活するところに預けられてたの。私も同じ孤児院だったけど、ギアスはずっと一人でいたから、喋るようになったのはこの家に来てからだったんだ。結構辛かったみたいだし、ギアスはあんなんだけど正義感強いからさ、自分の子供に同じ思いさせたんだと、思ったのかも」
「……」
シフォンは階段を見上げる。何をすればいいか分からないといった顔だった。
その後、フィジーはギアスのことは気にすることないと言って、少し大きめだがシフォンも着れそうな自分のパジャマを探し、風呂に入れてやり、それが終われば夕食の準備に取り掛かった。
次回はまだ書いているので、お待ち下さい。
投稿初日からブクマいただき、あー、もう、めちゃくちゃ嬉しいです!(語彙力ふっとんだ)
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m




