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EMILY  作者: 中根 愛
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Desperado

 エミリーへの伝言を頼まれたからって、僕にはそれを実行するつもりなどさらさらない。旅が終わったあの日、あれからあいつとは言葉なんて交わしていないのだから。科学のクラスでも席はいつも離れて座っているし、もう実験で同じグループになることもなかった。廊下やスクールバスで見掛けて一瞬視線が合ったとしても、お互い何事もなかったように通り過ぎるだけ。どちらからともなく、自然な流れでそうなっていった。

 夏休みに入ると、僕はほとんどの時間を家の自分の部屋で過ごしていた。友人から遊びに誘われることもなくなったし、この年の夏はとても暑かったから冷房の効いた部屋でギターを弾くことが多かった。たまに外に出掛けるといえば、弦などの消耗品を買いに行くぐらいだ。おかげでかなり上達したと思う。

 九月になり新年度が始まると、以前にも増してエミリーとは顔を合わせなくなった。それもそのはずだ。彼女は飛び級したんだ。元々勉強は出来たわけだが、多分理由はそれだけじゃないと思う。学校側は、一年でも早く厄介者を追い出したかったのだろう。

 エミリーが校長達とどんな話をしたのか僕は知らない。口裏合わせをさせないためだろう、面談は常に個別だった。それでも彼女が僕と同じように、奴らにロクなことを訊かれていないのは想像出来る。なぜなら一年後、エミリーは再び同じことをしたのだから。

 その時の相手は僕ではなく、市長の息子であるグレアムだった。四月のある日、終わったばかりのイースター祭の余韻が色濃く残り、町の皆が浮き足立っているさ中にエミリーとグレアムは忽然と姿を消したんだ。グレアムの愛車、サンダーバードと一緒に。


 それからの日々は僕にとってまさに最悪だった。だって、僕は皆から『エミリーに振られた男』として見られたんだから。まったく冗談じゃない。振られたってことは、僕があいつを好きだったって意味だろう。僕はエミリーなんて、ちっとも好きじゃない。好きになったことすらないのに。

 男子生徒からは同情とも嘲りともつかない目で見られ、女子生徒からは、憧れのグレアムをかっさらっていったエミリーへの怒りの矛先が僕に向けられた。

「このドジ、のろま。お前がしっかりしないからエミリーがグレアムに乗り換えたんだ」

はっきり言われなくとも、彼女達の僕に向けられた視線がそう語っていた。

「そんなの僕の知ったことじゃない」

実際このことと自分とは何の関わりあいもないわけだし、知らん振りを決め込もうとした僕だけど、周りがそれを許してはくれなかった。

 僕は学校や警察からエミリーの行き先について心当たりはあるかと何度となく訊かれる羽目になった。エミリーはともかく、グレアムもいなくなったのだ。市長の息子であり、この町で一番大きなプラスティック製品製造会社の跡取り。そしてフットボール部のスター選手であり、アイビーリーグへの推薦入学も期待されていた町の重要人物だ。そんなわけだから学校も警察も必死だったようだ。

 エミリーが前回僕と家出をした時にはマイアミで発見されたことから、学校や警察はそこではないかと推測をつけたらしい。でも僕には分かっていた。エミリーはもう二度とマイアミへは行かないだろうということを。自分と母親を捨てた父親の元へなど、プライドの高い彼女が行くはずはない。ではどこへ行ったのかと訊かれれば、皆目見当などつくはずもないのだけれど。

 最初はエミリーがグレアムを連れて行ったということに僕は少なからず驚いた。山道をヒッチハイクしながら歩いた時、二人で奴の悪口を言い合って笑ったのを思い出したからだ。エミリーがグレアムを好きだったとは考えられない。何故あいつと、という疑問と共に少しばかり裏切られたようにも感じた。言っておくけど、これは嫉妬とか、そういうものじゃない。断じて違うからな。

 そして僕と同じように、いや、僕以上かも知れないが最悪な日々を送っていたのがもう一人。グレアムの父、シェパードだ。なんせ跡取りである一人息子を奪われたのだから仕方ない。しかも、これまで自分が辱めていたフィンチャー家の娘に。

 ある日の夜、泥酔したシェパードはフィンチャーのあばら家に乗り込んだ。愛する息子を盗んだ憎いエミリーの母親ミシェルに「殺してやる」と叫びながら襲い掛かったらしい。慌てて逃げ出したミシェルを追って家から出てきたところを、僕の父さんが取り押さえ警察に引き渡した。

 それは父さんが仕事から帰る途中の出来事だった。もの凄い勢いで父さんの車を追い越していったリンカーンがいた。この町の人間なら、その車の持ち主が誰なのかは皆知っている。もちろん市長のシェパードだ。明らかに挙動のおかしいそのリンカーンの後を父さんは追っていった。そして着いた先がフィンチャー家だったというわけだ。

 盛大にサイレンを鳴らした警察車両がフィンチャー家の前に集まった。正気を失い暴れて抵抗するシェパードを警官が苦労しながら連行する頃には、その周りをたくさんの野次馬が取り囲んでいた。その中でシェパードは「フィンチャーの女は俺のものだ! 文句あるか!」と、唾を撒き散らしながら怒鳴ったらしい。シェパードはこの時に自滅したも同然だった。

 エミリーがグレアムを好きだったのかどうか、それは僕には分からない。どちらにしても、彼女がグレアムと一緒に消えたことでシェパードへの復讐は成功したわけだ。あの時、あの四つ辻でエミリーは本当に悪魔と何らかの契約を交わしたのかもしれない。そう思った僕は背筋が少しだけ寒くなった。

 そして父さんは僕との約束を守ってくれた。僕が言ったことを信じて気に留めてくれて、そして実行してくれたんだ。だけど全ては遅かった。だって、エミリーはもう二度とここへは戻ってこなかったんだから。



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