第5話 踏み潰されても、生き残った。(前半)
第5話
◆
――轟音。
まだマモノとの距離はあるが、それでもなお鼓膜と大地が震える。
巨大なマモノの前脚が、地面に“置かれる”だけ。
それだけで、東端のビルの一角が小さく波打つように揺れ、ネオンが一斉に明滅する。
「ここからだと、届かないか?」
波動銃を構えるガンナーに問いかける。
「届くは届くだろうが⋯。
これだけの距離だとダメージを与えられるとは思えない。」
「もう少し⋯近づくか。」
「だ、だが⋯!動きが遅いとは言え、あの巨体だ!一歩の幅はとんでもない!万が一逃げ遅れたら⋯!」
「俺が⋯止める。」
「⋯っ!」
俺の言葉に、ガンナーは何か言いたげだったが、出かけた言葉を一旦呑み込む。
「と、止められるのか?」
シーカーが問いかける。
「俺の能力は、どんな攻撃を受けても"死なずに耐える"能力だ。」
詳しい説明は省いた。とりあえず今は、不死とだけ伝えられれば良いと思ったからだ。
キーパーの言葉に一拍置いて、ガンナーが話す。
「それなら私も⋯」
「いや、ガンナーはここに居てくれ。」
そう言ってくると思った俺は、間髪入れずにガンナーの言葉を遮る。
「ガンナーは攻撃の要だし、遠距離型だ。わざわざ近づく必要は無い。」
「だが⋯!」
「僕が⋯行こう。」
シーカーが追って話す。
「僕はシーカー。"探求者"だ。もう少し近くで見れば、奴の弱点や特徴が分かるかもしれない。」
「探求⋯。」
「それならアタイも行くよ。私も攻撃力には自信がある。アンタが本当に一瞬でも止めてくれるなら、奴の足指1つ潰すくらいなら出来るかも。」
ハンマーが小柄な体に見合わない巨大な槌を構える。
「⋯分かった。私はもう少しだけ近くのビルに移動して、奴の脳天を狙う。
⋯無茶はしないでくれ。」
俺は黙って頷く。
デンジャーは、巨大なマモノを見つめながら、震えていた。
「デンジャー、お前はここで待っててくれ。もし、マモノがここまできたら、そのときは逃げろ。」
シーカーはデンジャーの肩を優しく叩きながら話す。
ここからは、別行動。即席のチームとして、俺とシーカー、ハンマーはビルの屋上ドアに駆ける。
俺達は急ぎビルを駆け下り、大通りを駆け抜けた。
マモノのあまりの巨大さ故に遠近感がバグっていたが、思った以上に奴が居る地点は遠いようだ。
そうこうしているうちに、マモノの地鳴り以外に、轟音が響き始めた。
爆発音や、金属音のような
明らかな戦闘による音。
「他の生存者たちがマモノへの攻撃を始めたんだろう。」
「⋯そうだな。俺達も急ごう。」
走るペースを一段階上げようとしたが、ハンマーが遅れていることに気づいた。
「はぁっ⋯はぁ。」
無理もない。
ビルの階段を駆け下り、地鳴りが響く中大通りを全速力で走り続けているのだ。
俺は、少しペースを落としてハンマーに近づく。
「⋯貸せ。」
ハンマーが重そうに持つ槌に手の平を差し出す。
「⋯はぁ⋯ハアっ。」
少し間をおいて、ハンマーは槌を渡してくれた。
本来なら、渡すわけが無い。殺し合う敵に、自らの武器を渡すなど。
それでもハンマーは、俺を信じてくれたのだろう。
「急ごう。」
俺達三人は、更にペースを上げ奔った。
◆
近づくにつれ、マモノの全体像が見えてくる。
赤みがかかった鱗肌。爬虫類のような体。足の付け根まででそこらへんのビル程の高さがある。
誰が指示するでもなく、生存者達の攻撃は右前脚に集中しているようだった。
恐らく、一点集中で攻撃し、まずは体勢を崩そうということだろう。
火花が散り、砲撃が弾け、爆発が興る。
だが、マモノの鱗は鋼のように硬いらしく、傷はほとんど入っていない。
「ナイトタウンから出た森の奥に、少し高い丘があった。まずそこに行こう。」
屋上で地形も見ていたのだろう。シーカーは視野が広い。
「分かった。」
丘に着くと、そこには六人の生存者が、既にマモノに向けて攻撃をしていた。
「ミサぁ〜イル⋯ランチャーーー!!」
「くらえっ!くらえっ!」
彼らの放つ砲撃や投擲は確かに命中している。だが、それでも身体に生える突起の一つを砕いた程度。
マモノは、まるで気にした様子もない。
「効いてねえぞ!」
「チクショウ!これって攻撃したって判定に入んのかな!?」
「馬鹿野郎!逃げる気か!」
「落ち着いて!関節を狙いましょう!」
シーカーの指示が飛ぶ。
突然の声に一瞬驚いた数人の生存者が、すぐに理解したように一斉に攻撃を開始する。
爆発。 投擲。
だが――
マモノは、止まらない。
前脚を振り上げ⋯そして振り下ろす。
轟音と共に、木々が呆気なく砕け散る。
破片が雨のように降り注ぎ、数人が吹き飛ばされた。
「くそ……!」
誰かの声が、震えている。
「遠くからちまちま攻撃してるようじゃキリがないよ⋯!」
巨大なバスターソードを携えた男が嘆く。
恐らく彼は本来近距離攻撃が得意なのだろう。だが近づけないから、仕方なく腕力だけで石を投げている。
「バッカお前!そんなん効くわけねーじゃーん!!アイツの足元行って斬ってこいよ!」
「そ、そんなこと言ったってぇ」
このままじゃ――
俺は、歯を食いしばった。
「……俺が、止める。」
誰に言うでもなく、走って前に出る。 振り下ろし地面を沈ませるマモノの足下に行き、車ほどの大きさの指一本を全身で掴む。
「このまま⋯!止めるッッッ!」
「キーパー!?」
シーカーが驚き叫ぶ。
「む、無謀だ!」
ズォオオォン
向こうの方で地鳴りと轟音が響く。恐らく反対側。左前脚を下ろした衝撃。
そして次、マモノは右前脚を上げようとする。
「止めるッッ!止める止める耐えろ耐えッッッ⋯ゥ゙ッッッ!!!!」
浮遊感が俺を襲う。
軽々と右前脚を持ち上げるマモノ。
俺は必死にマモノの指にしがみつくが、高く、高く持ち上げられる。それまで俺が居た森は小さく遠く遥か下。
遠目から見れば、鈍重な動きだった。だが実際に脚からの視点に立つと⋯滝のような猛スピードで振り下ろされた。
◆
「き、キーパー!!!!!!」
僕は全力で叫んだ。
「お、オイ!脚に引っ付いてた奴!潰されたぞ!!」
「ありゃ完全に死んだな⋯!」
周囲の奴らは口々に諦めの言葉を話す。
「嘘だろ⋯!キーパー⋯!キーパー⋯!!」
僕は地面を何度も拳で叩きつける。
(彼でも⋯ダメか。彼が走り出したときに⋯。僕が引き止めるべきだったッ!)
無音。そして、周囲が少しずつ騒がしくなる。
次の地鳴りが聞こえない。それより、周囲のどよめきが聞こえてくる。
「お⋯オイ。」
「嘘だろ⋯?」
「まじかよ⋯ちょっと浮いてるぞ⋯。」
僕は頭を上げる。マモノの脚を見る。よく見ると、マモノの右前脚が、"地面に接していない"。
「ま⋯まさか⋯!」
僕は丘から駆け降りる。マモノの足の裏まで、一直線に。
そこには、キーパーが右手を広げマモノの足の平を持ち、両肩と首で足の裏を支え、潰されまいと"耐える"姿があった。
「ヌォオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!」
「こ、これは⋯!!」
驚きと、胸の奥から込み上がる感動。マモノは脚が降ろせないため、動けない。
僕はふと我に返り周囲へ叫ぶ。
「い、今だ!!急げ!!今こそ攻撃するんだ!!」
呼応するように、多くの生存者達が右前脚に群がる。
「オリャァァ!」
「今だ今だ!!!!」
「斬れ斬れ斬れ!!!」
何も出来ていなかった近距離型の攻撃能力者達が、車程の大きさのマモノの脚指を切り、大木より大きい腱を裂き、鯨よりも巨大な筋肉を潰す。
「ちょっとそこどいてな!!」
ハンマーが全速力で丘を駆け下りる。助走をつけて、槌を振り上げ⋯
「喰らえええええエエェェ!!!」
マモノの足首。ぽっこりと出っ張っている部分に強烈な破壊槌を振り下ろす。
バキィッ!!!
鈍い、骨の砕ける音。
それまでどんな攻撃も無駄と言わんばかりだったマモノが、始めて口を大きく開ける。
「グボォォォオボボホォォォォ!!!!!!!!」
マモノの、あまりにも低く、あまりにも大きい強烈な悲鳴。
それでも生存者たちは怯むことなく、脚首の砕けた鱗と、飛び出た骨を集中的に攻撃する。
「キーパー!もう少しだ!もう少し⋯耐えてくれ!」
彼は顔を真っ赤にしながら、全身の力で耐えている。
膝がガクガクと震えている。それでも膝が地面につくことなく、しっかりとマモノの足を支えている。
「凄い⋯凄いよ⋯!キーパー!」
そのとき。僕は周囲の時間がゆっくりと過ぎる感覚に入った。
(⋯!)
無意識下で"探求者"としての能力が発動したのだ。
疑問や興味が引き金となり、過去の様々な体験、記憶、情報が整理される。
(キーパー⋯耐える⋯不死。無くした左手。
既に体中が壊れていてもおかしくない負荷。)
大量の情報や推察が生まれては整理され、結合される。
本来であれば、マモノの討伐に向けたかった能力だが、キーパーの姿を見て、そんなことはどうでもよくなってしまった。
その思考は、世界よりも先に進む。
そして"シーカー"としての能力により、僕は1つの"答え"を見つけた。
「そうか⋯これは、能力の"シン化"だ⋯!」
大勢の生存者たちが、マモノに一斉攻撃をする中
僕は独り、涙を流し"1つの探求"を終わらせた。
◆
「全員!今だ!!」
「キーパーが止めてるうちに、撃て!!」
銃声と怒号、金属音が夜の森を裂く。
何十人という能力者たちによる、集中砲火。
マモノが体勢を崩し倒れこむまで、それほど時間はかからなかった。




