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エスキープ 耐え続けて生き残った。  作者: 土ノ子 ウナム
番外編・主要キャラクター紹介
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番外編 そしてストーカーになる

番外編


 その日のサンライズヴィレッジも、静かだった。

 風が木々を揺らし、住民の動きもゆっくりだ。

 この世界にしては、ここはまだマシだ。掟さえ守っていれば、そうそう“浄化”もされない。


(いざというときは、いつも通り逃げるだけだし)


 定位置は、大きな社の屋根の上。指示が無いときはここにいる。

 そうじゃないとウツロの万視ですら"私の動きを追いきれないから"。


 体を伏せて、ただじっと村全体を見渡していた。

 相変わらず日差しが強いので、もともと深く被っていたフードを更に被り直す。暑くても、口元まで上げたチャックは下げない。


「……緩衝森の方から、四……いや五人。お客人が来ます」

 背後から声がした。

 振り返る必要はない。

 誰かなんて、分かっている。

「今回も頼みますよ、"ストーカー"」


 ウツロは、私の後ろに立って森の方を見ている。正確に言うと目は瞑っているのだが……操る光を通して"視ている"。


「いつも通り、お客人の会話を聞いて報告してください」

「様子を見るに、流れ者というよりも何らかの目的を持って、こちらへ向かっているようです」


 指でこめかみを叩く。

 視線が私へ落ちる。

「了解……です」

 小さく返す。

 それだけだった。


 幹部を除く信奉者の多くは勘違いしている。

『ウツロ様は村内全てが見えていて聞こえている』と。

 だが実際は何も聞こえちゃいない。私が代わりに聞いているだけ。

 バレないのかって?それは私の能力"ストーカー"が役立ってくれる。


 だから私はウツロに重宝されている。多少失礼な態度をとっても、浄化の対象にされる可能性もほとんど無い。


「最近は、少し騒がしいでしょう」

 ウツロが続ける。

「そう……ですねえ」

 元Zooの連中が反乱を起こして以降、ウツロは警戒心を高めている。

「念のためです」

 そう言って、些細なことでも報告させられる。はっきり言ってめんどくさいが、こんな世界で、落ち着けるだけありがたい。

「村の外に、五人ですね」

 私はゆっくりと立ち上がり、屋根から飛び降りた。


「相変わらず……厄介な能力ですね」

 ウツロは"万視"ですら追いきれず、闇の中にかき消えていく小柄な少女の背中を見送りながら、一人呟いた。



 いくつかの声が森の中から聞こえてくる。

 私は声のする方へ素早く近づく。

 私から発する音は消える。

 ほとんどの音は消せてしまう。

 だから、枝を踏み折ろうが草をかき分けようが、気にしない。


 私は森の入口にある茂みで屈んで気配を消す。

 呼吸も、足音も、衣擦れも。

 すべてを消して距離を詰める。

 陰から観察する。

 集中すると、曖昧だった声が明瞭に聞こえてくる。盗み聴きも私の能力の一つ。どんな些細な声だろうと、はっきりと聞こえてくる。

 ――のだが。

 その"会話"は、能力など使う必要も無いほど騒がしかった。


「なにが“きっと大丈夫”だッ!!」

「キーパーは一人で残ったんだぞ!!」

「お前が居たところで何になるってんだ?あぁ!?」

「私が撃ち続けていればーー………」

「まぁ、落ち着ーー……」

「貴様ッ⋯落ち着ける」


…………


(……仲間割れ?)

 

 森から出てくるやいなや、激昂し言い争っている。

 黒髪の女性は金髪の男に銃を向け、今にも引き金を引きそうなほど怒気を漏らしている。


 仲間割れなんて、この世界じゃ珍しくもない。自分が生き残るためなら裏切りなんて当たり前。


 だけど、言い争いの内容には違和感があった。


 話を聞いていると、どうやら"キーパー"と呼ばれる仲間を一人森に置いてきたらしい。

 銃を持つ女性はそのことに怒っている。だが金髪の男も見捨てたというよりかは追いついてくると信じている。

 自分以外の誰かの為にここまで感情を露わにする者たちは、ストーカーにとって初めてだった。


(どうやら、目的はアンサーという人探しで、白夜教への害意は無さそうですね)

 そう判断する。あとは報告しに戻るだけ。

 だが、視線が離れない。

(……なんででしょうか)

 観察が続く。


 本来の範囲を、少し越えて。

 話題になっていた"キーパー"は遅れてやってきた。

 

「心配かけたな。」

 そう優しく仲間たちへ微笑んで、銃を持っていた女性が駆け寄る。

(!?)

 そのまま、抱きついた。

 他の仲間たちも、安堵の表情を浮かべて見守っている。


 キーパーと呼ばれる男に、それほどの求心力があるのか。

 彼はいったい何者なのか。

 私は彼から目を離せなくなっていた。

 理由は、分からない。



 その後はあっという間だった。

 パンサーの浄化決定、タイガーの裏切り。

 そしてクラッシャーと呼ばれていた男が異形の怪物になりながら、ウツロを追い詰めていく。

(…これはウツロ負けますかね)

 敗色を感じ取り、私は逃走の準備を始める。崩れゆく社の屋根から降りようとした。

 そのときーー

 タイミング悪く、ウツロが社の窓を突き破り外へ飛び出して広間に降り立つ。

 ウツロから漏れる熱に頬をチリチリと焼かれる。私は咄嗟に身を隠す。


『ワタシ…神……ノダ』


 石段の上に飛び降りたウツロは、何かをボソボソと呟きながら両手を高く掲げる。

 薄暗くなった村上空に小さな太陽が生まれる。光の束が家を焼き尽くす。燃え盛る炎が地面を伝う。

(あそこから出たら見つかるかな……)

 私は崩れゆく社と村を交互に見つめながら、逃げ出す経路を確認していた。

 そんなとき、四人の影が広場に上がってくる。

 

(あれは……)

 キーパーたち。

 なんの繋がりもない村人を守ろうと、戦闘が始まる。衝突。崩壊。


 完全開放したウツロは、四人を相手にしながら圧していく。


 何かを話し、ガンナーと呼ばれる女性が頭を抱えて倒れる。

 先ほどまで戦っていたクラッシャーという人は、いつまでも社から出てこない。

(クラッシャーは……何をしてるんですか!)

 いつの間にか私は、逃げることも忘れてキーパーたちを応援していた。だが、旗色が悪い。

 そしてキーパーは仲間を逃がし、一人残った。光と炎に押しつぶされ、照らされ、焼かれ、燃やされる。

 それでもキーパーは退かない。下がらない。

 自分のことを犠牲にして、見ず知らずの村人の為に、そして大事な仲間の為に、灼熱の光へ飛び込む姿。

(なんで……なぜ………)

 私は自然と涙が溢れていた。

(この世界に、そんな人がいたなんて……)


 だが、私の目から見てもキーパーは防戦一方危険。このままだと負ける。

 いつの間にか私は、逃げることを忘れて見つめていた。


 次の瞬間。

 四つの閃光がウツロを撃ち抜く。

 先ほどまで倒れていた女性が機敏な動きと銃撃で応戦し、勝負は互角にまで持ち込む。

 だが最後の最後。ウツロは自身の体すら巻き込み光の爆発を生み出した。

(しまっ……)

 戦いを見るのに夢中で、逃げるのを忘れていたことに今更気づく。

 村全体が、白に塗りつぶされていった。私はとにかく飛び降りた。



 熱い。体が、皮膚が、手が足が。

 焼けるように熱い。

 だけど、何故か意識はある。

 私は目を開けた。


 そこは真っ暗で、上から小さく光が差し込んでいる。どうやら、クラッシャーが開けた穴に偶然落ちたらしい。

 私は這い出る。必死に、しかし音は出さない。


 地上に出ると、そこには何も無い。

 残骸も、残火も。

 あったのは二つの影だけ。


 そしてキーパーが、レンと呼ばれる女性を当然のように覆い庇っていた。

 その場面を見て私は衝撃が走る。絶対絶命の場面でなお、熱と光が襲う場面でもなお、仲間を助けようと守る姿に。

(……キーパー………様!!)

 合理ではない。

 命令でもない。

(なんて……)

 むしろ非合理的。もはや異常性すら感じる。

 それでも、それでもその背中は。

(……かっこよすぎる)

 胸の奥が、静かに震えた。

 決まる。

(これが………)

 理由は十分。

(これこそが………!!)

 

 私は涙を流して胸の前で両手を握る。祈るように、称えるように。

(推し………!!!)



 村を去って歩いていくキーパー様の背中を見つめる。混乱の中で、私はすでに決めていた。

 推し活。

 追うべき対象ができた。

(この方を、もっと近くで見続けたい!!)

 気配も音も消したまま、キーパー様の背中を見つめる。

ときおり横顔を拝めたときは、そっと祈りを捧げた。


(見失いません)

 何故か、距離が離れてもキーパー様の居場所だけは分かるようになった。

(ずっと)

 これは能力の拡張?それとも信仰の賜物?

(ついていきます)

 それが当然であるかのように、キーパー様の追跡をする。


 私は火照る頬を伝う涙をそっと拭う。袖には血が付いていたが、どうでもよかった。

 この日、私は本当の意味で『ストーカー』になった。

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