第43話 混沌の末
第43話
あの日の戦いから、数日が経っていた。
アンダルフから聞いた話は、気絶していたハンマーとスクラッパーには言わないことになった。
この話は、キーパーとレン、フィアーだけの中で留めている。
デイブレイクタウン裏西地区は、すでに動き出している。
抉れた地面は均され、崩れた建物は解体され、新たな骨組みが組み上がり始めていた。
人の声が戻り、足音が戻り、街は以前と同じように息を吹き返しつつある。
「そこ、支えろ!崩れるぞ!」
広場の中央で、スクラッパーが声を張る。
廃材を潰し、指示を飛ばし、誰よりも先に動く。
その背中に、迷いはない。
自然と人が集まり、自然と従っていた。
誰かが決めたわけでもない。
だが、もう分かっている。
この街は――スクラッパーが仕切っていくだろう。と
キーパーは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
(あいつがいれば、この街はもう大丈夫だろう)
それでいい。
この街には、この街の形がある。
自分たちが関わるべき領域では、もうない。
その日の夜。
簡素な建物の一室。
レンは、壁にもたれたまま黙って座っていた。
あの日以来、口数が減っている。
怒りが消えたわけではない。
むしろ、深く沈んだように見えた。
視線は落ちたまま、何かを考え続けているようだ。
キーパーは、その様子を一度だけ見てから口を開いた。
「……俺はそろそろ、この街を出る」
部屋の空気が、わずかに揺れる。
「シーカーを、探さないとな」
短く、それだけ。
スクラッパーが壁に寄りかかりながら、明るい口調で賛同する。
「俺も手伝ってやるよ!お前らには、いろいろ世話になったしな」
即答だった。
ハンマーも、顔を上げる。
「そうだね、また皆でーー」
キーパーは、首を振る。
「ダメだ」
はっきりと言い切る。
スクラッパーの視線が鋭くなる。
「えぇ?なんだよ」
「アンダルフは、もう居ない。」
「この街を"正しく"仕切っていくやつが必要だ」
迷いはない。
「今のデイブレイクタウンには、スクラッパーが必要だろう」
沈黙。
スクラッパーは何も言い返さない。
隣で座っていたメーカーも、深く頷く。
「そうだな」
キーパーは視線をハンマーへ移す。
「それに、ハンマー」
一拍。
「メーカーの手伝い、したいんじゃないか?」
「……え?」
一瞬、言葉が詰まる。
「この街に来てから、ずっとメーカーの仕事ぶりを見ていただろ?」
ハンマーは、無意識に視線を逸らす。
「……べ、別に!」
「それに」
キーパーは続ける。
「これ以上、危険な旅に連れていくつもりはない」
静かながら、明確な拒絶の意志。
「わ、私だって……」
言い淀んで、フィアーの幻覚で連れ去られたことや、西地区でアンダルフとの戦闘が脳裏に浮かぶ。
自分でも、分かっている。キーパーたちの足枷になっていると。
「でも……私も……」
「分かってくれ。」
「………」
ハンマーは無言で立ち上がり、部屋を出ていった。
「さ、さすがにひどいんじゃねーか?ここまでずっと一緒だったんだろ?」
スクラッパーはキーパーに言い放つ。
「アイツは優しいからな。これくらい言わないと、無理して着いてくるだろう」
「でもよ……」
キーパーはスクラッパーの目を見つめる。まっすぐと。そして頭を下げる。
「スクラッパー。ハンマーのこと、頼む。」
「え……」
「アイツは、メーカーの仕事を見て胸が高鳴っていたはずだ。自分の武器を作って、目をキラキラさせて……
この街で、少しでも幸せに過ごさせてやってくれ」
それ以上、スクラッパーは何も言わなかった。
そのままキーパーは、部屋の隅で膝を抱えて座っていたフィアーに視線を向ける。
「フィアーは、俺たちが連れて行く」
「え、え?」
フィアーが顔を上げる。
「な、なんで……」
「この街でフィアーは、恐怖の象徴になってしまってる」
フィアーの表情が固まる。
「……それは、お前の望みじゃないだろ」
沈黙。
「それに、守ると約束したからな。ついてきてくれ」
やがて、フィアーは小さく頷いた。
その間。
レンは、ずっと黙っていた。
そして。
ゆっくりと立ち上がる。
「……私は行くぞ」
短い一言。
それだけを残して、キーパーの横に並ぶ。
「なんと言われてもな」
キーパーは何も言わなかった。
◆
翌日、キーパーは大通りで振り返る。
今日も街が動いている。
スクラッパーが指示を飛ばし、ハンマーが笑い、メーカーが黙って手を動かす。
何も知らないまま。
それでも、確かに前に進んでいる。
(……あいつらなら、大丈夫だ)
キーパーは前を向き、歩き出す。
(たとえ、造られたデータだとしても。戦いのための人造知能だとしても)
幸せという感情がプログラミングされているのなら、それを享受する権利もあるはずだ。
そして自分たちは、進む。
まだ見つかっていない存在――シーカーを追って。
それに"クラッシャー"のこと。
アンダルフが殺したと言っていたが、その後街で話を聞く限り、時系列が合わない。
クラッシャーが西地区を仕切り、その後殺されたという話は、ずいぶん昔のことだという。
それならば、俺たちが出会ったクラッシャーは誰なのか。
データがリセットされ再投入されたウルティマなのか。
(ーーもしくは)
キーパーは歩き続ける。
この世界の奥へ。
◆
そんなキーパーたちの背中を追う、一つの影。
フードを目深に被り、機敏な動きで屋根をつたう。
「……キーパー様だ。やっと追いついた」
南地区のフィアーの館で、気絶したまま誰にも気づかれることなく置いていかれた哀れな少女。
南地区の方に一瞬だけ目を向け、すぐにキーパーへと視線を戻す。
門を出ていくキーパーを追いかける。
彼女がキーパーに向ける熱い視線に、気づかれぬまま。
(混沌三柱編 完)




