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放課後になると、私とアティは研究室で様々な話をしていた。
「青の魔法を極めればたしかに氷を作り出すことができるけど、かなりの練度が必要になるし、魔道具でそれを実現するのは難しいと思うのよ」
「そうなんですよね。それに、前世の冷蔵庫って冷気を直接作っているわけじゃなかったはず。たしか、断熱材と気化熱を利用して空気を冷やしているんじゃなかったです?」
「!! コンプレッサーね! ってことは、空気を操る緑の魔力を使ったほうがいいのか」
やっぱり同じ転生者だけあって話が合う。前世にあった電化製品をこちらでも再現できないかと話しているけど、アティは私にない知識でいろいろ提案してくれるのだ。
「そうね。緑の魔力を操るなら、発掘された魔道具でもなんとかなるし、それを解析すれば自分たちでエアコンを作れるのかも!!」
「いいですよね、エアコン! こっちも暑い季節はありますし、夏でも快適なんて最高ですよね!!」
「っておい! 2人だけで納得してんじゃねえ! それに、今何時だと思っているんだ! もう学園が閉まる時間だろうが!」
興が乗ってきたというのに、私たちの会話を止める声が上がった。義弟のオーガストだ。オーガストが、エアコンを作ろうとする私たちの会話に割って入った。
「オーガスト! 邪魔しないで! 今いいところなのに! アティから知識を引き出しているところなの!」
「いや止めるわ! 何時間話し続けるんだ! 伯母さんも伯父さんも心配するだろうが! まったく、興味が出れば一直線なのは相変わらずだな!」
オーガストの抗議に憮然として頬を膨らませた。そんな私に、隣から笑い声が上がった。
「ふふふふ。ごめんなさいね。でもちょっと心配していたんですよ。ベアトリクス様、学園に入学したら元気がなくなっていたから。アティさんと話すようになって前のような感じになってくれて安心してたんです」
「うっ。フィロメア。あなたにまで心配かけてたのね。ごめんなさい」
私は慌てて頭を下げた。学園に入ってオーガストたちのような成績を上げられずに落ち込んでいたけど、その態度は友人のフィロメアに心配をかけていたみたいだった。
「いやオレと態度が全然違うんだけど! オレも心配していたんだけど! むしろオレのほうがいろいろフォローしていたんだけど!」
オーガストが指を突き付けてくるが、私は胡散臭げな眼で睨み返した。いや、心配かけているのは分かるけど、今いいところなのよ?
「オーガスト様。親友のベアトリクスに代わって謝罪します。彼女は悪気はないのです。ただちょっと、集中すると周りが見えなくなってしまうので」
「い、いや、フィロメアさんが謝ることじゃないっすよ! 悪いのは姉上であって、フィロメアさんが頭を下げる必要は・・・」
たじたじになったオーガストに、ちょっとだけ笑ってしまう。
オーガストって、フィロメアのことを意識しているようなのよね。フィロメアは頭もいいし、実はボンキュッボンの素晴らしいスタイルをしている。ひそかに彼女の体を見て顔を赤くしてんの、みんな気づいているんだからね!
「オオオオオオーガスト様。もももも申し訳ないです。わわわ私が、話を盛り上げたばっかりに!」
「いやなんでオレにだけどもるんだよ! 姉上やフィロメアさんに話す時は普通なのに! ブレヒトにもその症状出ないよな? みんなで話すようになってしばらく経つのに、俺だけ疎外感があるんだけど!」
言い募るオーガストにあきれてしまう。心配してくれるのは分かるけど、この子はいつもおおげさに話したりするのよね。
「オーガスト! あんたがすぐ大声で叫ぶからアティは緊張してしまうのよ。もっと普通に話すことができないの?」
「いや誰のせいで大声上げてると思ってんだよ! 姉上が非常識なことばっかりしているからだろ!」
私とオーガストがああだこうだと言い合っていると、ふいに研究室の扉が開かれた。この研究室の主であるカタリーナ先生があきれた顔で入ってきたのだ。
「議論に熱中するのが分かるが、そろそろ時間だ。今日は帰りなさい」
「あ、そう言えばもうこんな時間なんですね。すみません」
私は慌てて帰り支度を始めた。
オーガストは学年一の成績を誇り、フィロメアはそれに続いている。アティは成績が高い上に光魔法の資質もある。なにより、幼いころからカタリーナ先生に学んだ秘蔵っ子だ。一方で、私は成績もパッとしないし、過去には化粧品を開発した実績はあるけれど、今は何も開発していない。
他の3人と比べて実力不足も甚だしい気がするけど、カタリーナ先生の鶴の一声で私も研究室を使えるようになったのだ。なんでも私がいればアティが奇抜なアイデアを出してくれるかららしいけど、みんなと一緒に新しい魔道具作りにいそしむことになってちょっと張り切っている。
それもこれも、あの事件のあとにアティが私を推薦してくれたかららしいけど。
「そういえば、もう耳に入っているかもしれんな。エルンストとブロアーの処分が決まったぞ」
カタリーナ先生の言葉に、全員が振り返った。
「えっと、王族だから厳しい処分がなされないってうわさされていますけど?」
「本来ならそうなんだがな。だが、調べの結果、あいつがボーフォール侯爵令嬢らを焚きつけていたのが分かってな。義姉上は相当お冠で、かなり厳しく叱責されたらしい。兄上もああなった義姉上には逆らえなくて。相当の成果を上げないと王太子にはしないと本人に直接言ったとのことだ。ベアトリクスたちにも接触禁止になったしな」
おおう。そんなことになったのね。
確かに殿下は犯罪行為をしたわけではないけど、やったことは相当に悪質だ。アティが動いてくれなければ、私は盗人のレッテルを張られていたかもしれない。
「正直、あの程度でベアトリクスを盗人とすることはできんのだが、王族の言葉だ。影響力は計り知れない。何の根拠もなしに一人の貴族令嬢の評判を落としかねなかったから、厳しい処分は当然だな」
一度盗人の烙印を押されたら取り戻すのは難しい。王妃様に気に入られている私でも、相当なダメージを負って他の貴族からひそひそ言われ続けたかもしれないのだ。
「ブロアーのほうは、父親の騎士団長がかなり激怒していてな。平民とはいえ、女子生徒に手を上げるとは騎士の風上にも置けんと、鍛え直しになった。今頃騎士団の新人に交じって厳しい訓練にいそしんでいるそうだ」
ブロアーにも厳しい処罰が課されたのね。私はちらりとアティを盗み見た。ブロアーに攻撃されたから興味を持つのかと思ったが、彼女はあまり気にしていないようだった。
まあ、ブロアーもこれに懲りて乱暴なふるまいは控えるはずだ。つまり、ブロアーが同僚に怪我をさせるというフラグは折れたということになるかもしれない。聞くところによると騎士団長はかなり厳格な人らしいので、ブロアーを放置することはないと思う。
「しかし、殿下はなんのために私を陥れようとしたんですかね。私のことなんて無視すればいいと思うんですけど」
「それは!! いや、気づいてねえの?」
「ベアトリクス様はそんな感じですよね。まあそれがベアトリクス様のいいところかもしれませんが」
オーガストばかりかフィロメアまでがそんなことを言い出した。アティもあいまいに笑っているし、カタリーナ先生なんて肩を震わせて笑いをこらえている。
アティは戸惑ったように説明してくれた。
「えっと。殿下はベアトリクス様の気を引こうとしていたように思うんですけど? 教室でもたびたび声をかけていたみたいですし。その、私の勝手な印象ですけど」
「えー? それはないんじゃない? 好きならもっとやりようがあるでしょう? 毎日のように嫌味を言われて好感度ただ下がりなんですけど。あの態度で私の気を引こうなんて無理があると思うわ」
思い返してみても、私が殿下に好かれる要素なんてないと思うんだけど。初めて会った時も怒鳴りつけられてそっぽを向かれたし。
「えっと。殿下はどんな話題でもいいからベアトリクス様と話したかったのだと思いますよ。追いつめて、自分を頼りにさせたかったのかも。ベアトリクス様は王妃様からの信頼も厚いですからね。その嫉妬もあって、あんな態度になったんじゃなくて?」
「男の子にある、好きな子には意地悪したくなるってやつ? まさかそんな幼い行動、殿下がするわけはないじゃない。みんなの気のせいよ」
私はあきれたように言うけど、みんなは納得していない様子だった。カタリーナ先生なんか、大声で笑いだしている。
「はっはっは! 大方、周りの評価が高いアムスベルク公爵令嬢を振り向かせようとしたようだが、結果はこれだな! まあ、 自信過剰な甥っ子にはいい薬だったのかもしれんな。今日はこのくらいにして、もう帰りなさい。明日もまた頼むぞ」
カタリーナ先生に、私たちは慌てて帰り支度を続けるのだった。
◆◆◆◆
「えっと、すみません。なんだか私まで一緒に送ってもらって」
「まあいいんじゃね? 通り道だし、あんたには姉上が世話になっているからよ」
恐縮するアティに、オーガストが気だるげに答えた。
私たちは徒歩で帰ろうとしたアティを慌てて引き留めたのよね。一応、彼女の暮らす寮は私たちのタウンハウスの途中にあるし、ついでだからと一緒に馬車に乗って帰ることになったのだ。
「そんなに気にすることじゃないわよ。これくらいはさせて? あなたのおかげで私もカタリーナ先生の教室で学べることになったし」
「まあ、あんたと姉上が加わったことでいろんなアイデアが生まれるのは確かだしな。前世の記憶とやらを思い出すきっかけになっているようだし、姉上もなんか調子を取り戻したようだし。カタリーナ先生はご満悦みたいだからな」
確かにそうなのよね。私とアティ、2人の転生者が話すことで新しいアイデアが次々と生まれている。学力の差はあれど、私の言葉がカギになることも多く、前世の家電を作るための方法を見つけ出しているのだ。
「ふふふ。悪役令嬢とヒロインが協力することでこの国の魔道具が発展するとは皮肉なものよね」
「悪役令嬢とかヒロインとかはあんまり関係ないですよ。私たちはゲームの登場人物である以前に、この世界で生きる人間なんですから。確かにゲームの情報は役に立ちますが、それがすべてじゃないと思うんです。私はベアトリス様と実際に話して、協力できると思ったからカタリーナ先生に推薦したんです」
真剣に言うアティに私は感動していた。
そうなのよね。アティは転生者とか、公爵令嬢とか関係なく私を見てくれる。前世の知識を利用して評価されるのが後ろめたかった私にとってはそれが心地よい。彼女は私のしていることをきちんと見て、私の努力を評価くれたのだから。
「うう! アティ! いつもありがとー!」
「おっとそれまでだ。俺の前でいちゃつくんじゃねえよ! ったく。女同士で何しているんだよ」
アティに抱き着こうとする私を、オーガストがうんざりとしながら遮った。私はぎろりと睨むがオーガストはあきれた顔で私に問いかけた。
「姉上とその特待生はなんか変なんだよな。同じ前世の記憶持ちとは言え、仲良すぎね?」
「む! そんなことないわよ! でも、誰も知り合いがいないって思ってた世界で同郷の人がいたんだから、仲良くなるのは当然でしょ? 当たり前のことよ!」
私は即座に反論するが、
「ふざけんなよ! 姉上は、この前俺に言ったこと全部やってんの、気づいてんのか? 放課後に連れまわしたり、いつも一緒にいたり、好きだってささやき続けたり! オレに言ってた『ヒロインに落とされた場合の行動』そのまんまじゃねえか!」
即座に反論された。
そういえば、そんなことを言った気がする、乙女ゲームでカップルが成立したときのように行動しないようにと。自分の行動を振り返って何も言えなくなった。
「ま、まあまあ。私もいろいろベアトリクス様に助けてもらってますし、お互い様ですよ。それに、ベアトリクス様と私の知識を合わせれば、独自の魔道具を開発できるのは間違いないですから」
「アティー!!」
私は感動してアティの手を握り締めてしまった。オーガストはうんざりしながら溜息を吐いている。
悪役令嬢とヒロインが友情を築くのはお話としては破綻しているかもしれない。でも、私とアティなら、どんな困難も超えていける。そんなことを考えながら、私は更なる発展に期待を寄せるのだった。
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