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騎士と悪魔の輝ける日々  作者: 玲島和哲
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ティクス・リ・ルス

「──調子はどうだい? リベジアン」


 昼食を終えてしばらく経った後、部屋に戻るために廊下を歩いていた二人を、途中の曲がり角から現れた男が、その背中に向けて言った。二人は振り返る。


「ティクスさん」


 近付いてくる男を、リベジアンはそう呼んだ。黒い髪の毛は風に軽く煽られた波のようにウェーブがかっており、切れ長の目に、全体的なその細身は、どことなく女性と見紛うようであった。その微笑みには、柔和な優しさと微かな憂いを帯びたような、要するに深みのある、絵になる可憐さがあった。


 イエーグナは相も変わらぬ、敵意と捉えられかねない興味の無さそうな目付きでティクスを見る。


「君が……確かイエーグナ」


 イエーグナは肩を軽く竦めて、一応の肯定を示す。


「ティクス・リ・ルスと言うんだ。よろしく」


 ティクスは手を差し出す……が、イエーグナはチラッとそちらに目を向けるだけで、握り返すことはなかった。様子を察したティクスは、苦笑しつつ手を引っ込める。リベジアンは少し緊張した面持ちで二人を見比べる。


「話に聞いた通りだ」


「ろくでもない話でしょ」


 笑顔で爽やかなティクスに対し、イエーグナは飽くまで無愛想だった。その一方、彼の態度が、決して上っ面でないことは、なんとなく察していた。


「用があんのはリベジアンにでしょ?」


「あぁ、そうだな」ティクスはリベジアンの方を向く。「身体の調子はどうかな?ここ最近、稽古場に来ていないだろ?」


「そうですね。体調はすこぶる良いです。診断してくれた先生方は、もう剣を振るうのも問題無いと」


「そうか……その……目の方は?」


「目? あぁ……」


 少し言いにくそうに、傷口を刺激せぬように慎重にといった様子で尋ねるティクスに対し、リベジアンは飄々と、眼帯を着けた片目に手を近付ける。


「もう慣れましたよ。言われるまで気付きませんでした」


 リベジアンは軽く笑いながら言った。


「そうか」ティクスは真面目な様子で答えた。「ならもし良ければ、私と一本勝負しないか?」


「えっ?」


「君と一本交えたくてね。今まで君が本調子で無かったことと、私自身も忙しかったからね。今日ならそのチャンスと思って」


「そうですね……」


 リベジアンは、イエーグナの方を向く。


「良いんじゃない? 別に」イエーグナはリベジアンに目を向ける。「あんたが強いのか、見れるし」


 イエーグナのその目付きに、興味が湧いているのが分かった。リベジアンに取って、こうした目を向けられるのは初めてな様な気がした。


「分かりました。お付き合いさせていただきます」


「私が君に付き合わせるのさ。さぁ行こう」


 ──稽古場へ向けて、ティクスの後ろについて歩いていく間、リベジアンは、彼が如何なる意図を持って自らとの一騎討ちを望んだのかが気になり出した。単純にそうしたいだけなのか。

あるいは、隣にいるイエーグナに対する牽制を意味しているのか。すなわち、自分や彼の力を見せつけることである。


 彼自身は、その微笑み同様、柔和な優男であるである。それでも時折、歴戦の謀略家の様な、鋭い抜け目なさを発揮したりする。先程のやり取りの中から、特別気になる程の反応はなかった。実際、特別な意図など無い可能性の方が高いだろう。


 問題は、自らが抱くような懸念を、イエーグナが抱くことであった。リベジアンに戦いを挑んだ彼に対し、彼女が何か意図を感じたりはしないか、それが僅かながら懸念材料だった。


 彼女には、極力不要なストレスを与えたくなかったし、周りとの間に、軋轢を残したくなかった。

リベジアンは目だけ、隣のイエーグナの方に向ける。


 彼女の顔から、その内心を読み解くのは難しい。終始一貫して、警戒するような険しさが、セメントで固められたようにその顔に張り付いているからである。少なくとも、特別不快感を抱いているということは無さそうである。リベジアンは目を前に戻す。


「……何か、言いたいことでもあるの?」


 一瞬、身体をピクッと緊張させたリベジアンは、イエーグナに目を向ける。イエーグナは前を向いたままだった。彼女の察しの良さを考えると、その反応は、半ば予期されたものであった。


「いや、なんでも無いんだ。すまない」


「ふん」イエーグナは鼻を鳴らす。「あんたは強いの? ティクス」


「ん?」


 先程から微妙に後が気になっていたティクスは、ぶっきらぼうに問われて返事を返した。


「二人で戦って、リベジアンがどれくらい強いかを見せつけて、ビビらせるつもりだったりしてね」


 その皮肉な調子の問い掛けには、ティクスよりもリベジアンの方が半ば驚いた。やはり彼女の、自分と似たことを考えていたようだった。


「……そこまでは考えてなかったかな」ティクスはそう答えつつ、「もちろん、そういう懸念を抱くのは当然かもしれないね。残念なことに、私には君の指摘を否定する材料がない」


 イエーグナは胡散臭そうな目付きになって、ティクスの背中を見る。


「……ま、それなりに楽しませてよ。少しは期待してるから」


 イエーグナはそう言いながら、多分に含みを持たせた目をリベジアンに向けた。リベジアンは戸惑いながらも、微笑みを持ってそれに答えた。虎の群れに落ちた翼のない鳥は、思った以上に強かった。






 稽古場には、ティクスとリベジアンとの久し振りの一騎討ちをということで、多くの生徒が入り乱れていた。初めてイエーグナが稽古場に姿を現した時、ほとんどの者が水を打たれたように押し黙ったのが嘘のようである。


 指導担当が、騒がしい生徒達を大声で整列させようとしていた。その場において、一番担当者の理想を体現していたのは、イエーグナ一人だった。誰かと話すわけでもなく、騒がしい訳でもなく、担当者のいうことも、押し黙りつつ従った。


 稽古場の中央には、審判を中に挟んで、リベジアンとティクスが立っていた。二人とも、頭から爪先までを、審判からの形式的な忠告を受けて、少し膨らみのある白い服とズボンとヘッドギアで包み込んでいた。


 目の部分が横に小さく、透明のシールドのような物が張られている。あれで視界が利くのか、そもそもそれで動けるのかと、着替えの時にイエーグナがリベジアンに聞いたところ、身体も動かしやすく邪魔になることはないこと、服の中からでは視界はいつも通り開けて見えることを教えられた。


「着てみると早いよ。試合の後、着てみるかい?」


「……機会があればね」


 リベジアンの、妙に緊張感の無いことにため息をつきつつ、イエーグナは答えた。


 ──それぞれ頷いた後、二人は互いに離れて、白い線の引かれた所定の位置まで進んで、そこにいる魔術師に、それぞれの剣の柄を向けて渡す。


 二人がこれから行う模擬試合の形式は『命奪戦』と呼ばれるものである。通常の稽古試合は、今二人が着ている様な服と竹刀に魔術を施し、互いに打ち付け合い、打たれた場所の得点などによって、勝敗が決まる。


 命奪戦は、竹刀を真剣に持ち替え、擬似的に斬り合いを行う形式を取っている。文字通り相手に斬りかかり、竹刀のように当たるだけでは済まされず、実際に斬りつけることも貫通することもある。


 無論斬られたとしても、魔術によって刃が身体に貫通することは無く、如何なる傷を受けることもないのだが、特に深々と斬られるのを目にする瞬間には、見る者に大きな動揺を与える。


 斬った場所やその数による得点の総数によって勝敗が決まるのは、通常試合と何ら変わらない。しかし、その勝敗の決し方は他にもある。


 斬られた場所が致命傷であった場合、例えば心臓へと貫通や頭部や首の深傷が確認された場合、また斬りつけられた場所から予測される出血量によって、ある一定の時間が経過すると、大量出血と判断され、その時点で敗退が決まる。


 ちなみに、当然痛みは無いのだが、実際に斬られた際の痛みが、肉体の反応にどのような影響を与えるかも、魔術によって計られており、それ故身体が動かなくなったりする。すなわち、痛みのあまり、体を動かせなくなるという事が再現されるのである。


 故に、捨て身で斬りかかろうとして、腕一本を斬り落とされるようなことを行っても、身体を動かせずに敗退するという事も、充分あり得た。


 これら、高度な試合を可能にするのは、徹底した安全管理と、専属の魔術師達の高度な技量によるものである。要求される魔術の技術の高さと魔力の膨大さから、一日に一度しか行えず、魔術師の体調いかんによっては、そもそもできないということもある。


 試合時間も短く、五分しか行えない。故に対戦者は初めから全力で臨む者も多く、ほぼ一瞬のうちに試合が決することもある。


 また試合を行うことが出来る者も限られている。この城の中に限っていえば、歴代で両手の指の数を越えたことは無い。実力もそうだが、そもそも真剣を使い、文字通り斬り合いを行うという点にしり込みするものも多い。


 ただし、擬似命奪戦と呼ばれるものがあり、利用する刀が竹刀で、魔力自体もさして利用しないというものがあり、こちらは比較的多くの者が行える。


 ちなみに『命奪戦』という名称だが、現在こそそのようなことは無いが、かつてはその名の通り、命のやり取りを目的にしており、どちらかの絶命が確認されない限りは終わらなかった。故に、この名称を使うことに躊躇うものも少なからずおり、いくつかの別称で呼ばれることも少ないながらあった。


「──どちらが勝つと思う?」


 イエーグナの隣に座っていた、気の弱そうな少女が、少し緊張気味に、それでいて優しさを感じさせる調子で彼女に尋ねた。二人を含めた見学者は、ガヤガヤしながら試合場の回りに集って座っていた。


 イエーグナは興味もなさそうな一瞥を少女に向けるも、何一つ答えること無く前を向いた。緊張していた上に多少のショックを受けた少女は、オドオドとした目をして、やはり前を向いた。


「······リベジアン」


「えっ?」


 一瞬、聞き間違えか独り言か判別しかねた少女は、イエーグナの方を向いた。頭を心持ち少し上向けて、見下すような目を試合場の二人に向けていた。


「リベジアン」


 顔を向けぬまま、イエーグナはハッキリと言った。顔も口調も態度も尊大ではあったが、彼女の答えは、少女にある程度の勇気を与えた。


「あいつは私の父さんを殺した……」


「……」


 少女は、撃たれた球が頬を掠めた様な、ビクッとした様子で彼女の方を向いた。


「負けることは絶対に許さない」


 イエーグナは真剣な表情のまま、しかしまた、何の怨嗟も感じられない、ともすれば決然と、鼓舞しているようにも聞こえる口調で言った。

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