ギマルアール
昼食は、広い食堂でのバイキング方式になっていた。昼間は、あまりに雲の濃い日でもない限り、窓から注ぐ日光で室内が明るかったため、電灯は灯されていない。人でごった返しているにも拘らず、清潔な室内と服装の者達がほとんどだったので、何処と無く平穏なパーティーの様な様相であった。
「何か取らないのかい?」
周りからの一瞬の視線を気にせず、トレーに乗せた何枚かの皿に食べ物を入れていくリベジアンは、後ろから着いてくるイエーグナの方を振り向いて言った。その言葉通り、イエーグナの持ったトレーの皿には、ほとんど何も乗せられてなかった。
声を掛けられた彼女は興味無さげに見ていた料理から、視線をリベジアンに向ける。リベジアンは再度問い掛けるように横に首を傾げる。返事を返さず、少し背を伸ばしたイエーグナは、リベジアンが選んだメニューを覗くようにして見る。
カルボナーラにコーンを振りかけたサラダ、半分に切られた春巻きが四切れ、ソースのかかった半切れのハンバーグに、オニオンスープ、炊かれた白米が小さな器に入れられ、乗っていた。
「私は取り終えたぞ」
イエーグナはリベジアンに目を向ける。予想以上に、近くに顔があった。立たせた爪先を戻すと、イエーグナは踵を返して歩き出す。一歩一歩が自信に満ちたように速く、前に人がいようが気にしない素振りなので、彼女の通り道にいる者は、自ずとその場から後ろに引いた。
そのうち何人かは、彼女の背中を睨み付ける。無論、そうした視線にも気付いていたリベジアンは、イエーグナのその歩行のことも含め、内心ヒヤヒヤだった。
魚介類の食品が並んでいる所まで来ると、イエーグナはそこで立ち止まる。焼き魚にアサリのバター炒め、白や赤身の刺身がそれぞれ並んでいる。イエーグナは多少の興味を表す視線でじっくりと眺めていく。
何事においても、何らの感興を起こさなかった彼女が、初めて見せた興味である。そう思ったリベジアンだが、思わずじろじろ見ないよう、彼女と共に、調理された魚達を見ていた。
──と、
「用があんなら口に出せば?」
その場にまるで似つかわしくない、語気の強い大きな声を上げながら、イエーグナは振り返る。明らかに数人、その声にいすくめられたかのように、顔を背けるのが見えた。例え見ていない者にも、ある程度の緊張を誘発したようで、一瞬その場が、凍りついたように音がしなくなった。
やがて、気に食わんと言いたげに鼻を一つ鳴らすと、イエーグナは再び、魚の方を向いた。そしてポツポツ、再び話し声が上がり出した。しかし、再度彼女らの方を向こうとする勇気ある無礼者はいなかった。
「あんたも、こんなかから何か取るの?」
食堂の様子を振り返って見ていたリベジアンはそう声をかけられ、イエーグナの方を向いた。イエーグナの不満そうな顔つきを通じ、彼女が何を言わんとせんかが分かるようで、思わず苦笑する。
「いや、これ以上は乗せないよ」
「ふ~ん」イエーグナは言った。「じゃあ分かった」
イエーグナはトングを使って、焼き魚を一匹取り上げた──
イエーグナはフォークとスプーンと箸、とリベジアンはフォークとスプーンを取って、向かい合わせに座る。イエーグナのトレーの皿にはそれぞれ、先程の焼き魚、数切れの卵焼き、切られたソーセージ五本、ポテトサラダ、ソースのかかったハンバーグ、コッペパンが二つ乗っていた。リベジアンが取った物には、近づこうとすらしなかった。
飲み物になると、リベジアンは緑茶で、イエーグナは紅茶である。リベジアンが両手を合わせて小さく頭を下げて口で「いただきます」と小さく動かす時には、イエーグナは既にソーセージを一切れ食べていた。
二人は黙々と食べていた。リベジアンが一度、ちらっと彼女に目を向けたものの、彼女は特に何の反応も示さず小さく切ったコッペパンを、ハンバーグのソースに少しだけ着けて食べていた。リベジアンは視線を戻す。
「どうしてあんたが私の監視役に選ばれたの?」
突然声を掛けられたリベジアンは、再度イエーグナを見る。背筋を伸ばし、まっすぐ視線を据えるように、イエーグナが彼女に視線を向けていた。
「……そうだな」口の中の物を飲み込んで、リベジアンは答えた。「一応、あらゆる意味において、君に対抗出来るのが、私だけだからな」
「というと?」
「……そうだね」リベジアンは少し言いにくそうにする。「君のお父さんと戦う為に、この国の、魔術に関する最高の知性が総出で作り上げた魔術『ギマルアール』というものがある。その力を所有しているのが、私一人なんだ」
イエーグナはリベジアンを見ながら、卵焼きを一切れ食べる。
「君がもし、君のお父さんと同じ力を手にしたとして──まぁ、我々に取られた状態にある君に、この様な物言いは無礼かもしれないが──それに対抗出来るのが、私のその力だけなんだ」
「どういう魔法なの? 何か覚えたりすんの?」
イエーグナは、あっけらかんとした調子で問い掛ける。
「正直、仕組みそのものは私にもよく分からないんだ。所有者になるためには、その者の力量ではなく、相性によって決められる類いのものあるらしくてね。どうやって私に付与したかは不明だが、物心ついた時には、既に使えるようになっていた。力の使い方、利用の際の呪文について、特に覚えたということはない。まるで持って生まれたものの如く、知識として備わっていた。無論、利用するための特訓が必要ではあったがね」
「ふ~ん。つまり、私の父親を倒すために、子どもを兵器として育てたと」
イエーグナの言葉に、リベジアンは苦笑した。言葉だけ聞くととんでもない皮肉だが、彼女の物言いにはその意図があったのか測りかねる程淡々としたものだった。
「例えばさ、誰かに譲渡とか出来るの? 取られたりとかしちゃう?」
「う~ん、力を取り出して、相性の合う者にであれば、譲歩はできるそうだよ。ただ奪うのは難しいだろうな」リベジアンは背筋を伸ばして考える。「聞いた話では、かなり厳重な仕掛けがされているそうだ。無理に取り出そうとすると、略奪者の命を奪いかねないほどらしい。私自身も譲渡の方法も分からないし、奪うことも出来ないだろう」
「なるほどね」
イエーグナはそう言いながら腕を伸ばし、リベジアンの皿から春巻きを一切れ、フォークで刺して、そのまま口の中に運んだ。
「……」
リベジアンがポカンとした表情で視線を注ぐ中、イエーグナは気にする素振りもなく咀嚼を続け、やがて飲み込んだ。
「……私としても、ソーセージを一つ、食べたいかもしれないな……」
おどけつつ、リベジアンは少しばかり物欲しそうな視線をソーセージに送りつつ言った。イエーグナは何も返さず、淡々と焼き魚を一口食べる。少しおかしそうに微笑みつつをしつつ、リベジアンは箸とお椀を取って、白米を食べようとした。
すると、机に皿を置く音がした。見ると、トレーの前に置かれた春巻きの皿から、イエーグナが手を引くのが見えた。彼女は顔を別の方向に向けていた。別段、興味もなさそうな顔をして。
リベジアンは嬉しそうに笑って、箸でソーセージを取り上げた。




