96話 研究所のX
ここはイギリスの山奥にある研究所。違法とされている薬物を開発、製造、人体実験など表沙汰にはできないことを毎日行っていた。研究所そのものは外から見えないように能力によって隠されており研究員とその関係者以外は入ることはおろか近くまで来ることはまず不可能であった。この山だけでなく周辺の地域にも山や森が多いのはここを隠すために能力で半ば強引に木や草を植えた成長させたからであった。これはイギリス政府と裏で取引し、表向きは政策の一部として行われた。イギリスを選んだことはテロ活動が少なく、警察や軍の腐敗、奴隷の死亡率が高いことも関係していた。
キル・コープス事件によって傷だらけの一人の少年が研究所のすぐ近くにいた。その少年は研究所には意図して入るつもりはなかった。満身創痍の傷だらけの体でただひたすらがむしゃらに歩き続けた結果、偶然にも研究所の近くまで来ていた。研究員が少年を見つけた時には少年は力尽きたかのように倒れていたが奇跡的に生きていた。
その研究員は戸惑った。この研究所は外部の人間に知られるわけにはいかない場所。目撃者の口封じはしなくてはいけなかった。
研究員「どうしてこんなところに少年が来ている?」
研究員は携帯している拳銃を出そうとしたが迷いを捨てきれない。少年はここに倒れているだけで研究所を目撃していないかも知れない、そんな甘い考えが彼にはあった。幸い彼一人しか少年を見ていない。どうにでもごまかしは効く。
とりあえず少年の顔を見たその瞬間、彼が今までの悩みが一瞬で吹き飛んだ感じだった。少年、いやその者の顔を彼は知っていた。言葉では表せないくらいの衝撃だった。間違いなく彼だけでない他の研究員も同じように思うだろう。
研究員として彼はある一つの行動に出た。その者(仮にXとする)を研究所の中に入れ人体実験の対象として使うことにした。他の非番の研究員も含めた全員の意見も一致し用意していた実験体を使わずにXを使うことになった。
実験前にさまざまな検査を行った結果、Xは常人とは比べものにならないくらい薬物の耐性があり、生命力は人間でないくらい異常に高かった。そのうえ投薬による後遺症は皆無という結果も出ていた。この結果は薬物の投与を行う研究所の実験体としては理想といえた。
実験体となる人間は安易に用意できないことから無駄遣いはできなかった。実験体に奴隷を使おうにもほとんどの者は薬物に耐性がないどころか育った環境のこともあり貧弱な者ばかり。資金を掛ければいくらでも使い捨ての奴隷は手に入るが、大量に購入すれば警察などに不審に思われる可能性もある。能力を持たない人間以外の生物での実験はほとんど意味を成さないため人間を使用することが必要不可欠だった。今までの実験では薬物の副作用などで使い物にならなくなるものが多くあまりデータは取れなかった。
しかし、Xを使用することにより複数の実験での使いまわしが可能になった。複数の実験により従来の方法とは異なる結果になることもあるが、それはそれで重要なデータとして使えた。薬物実験自体は最近送られてきたデータを参考にしたものだった。Xに耐性があったとはいえ薬の副作用により全身から血や激痛、幻覚、幻聴、吐き気など気が狂いそうなものであった。副作用の軽減の研究が主な目的として行われた。
その果てに新薬が誕生した。それは肉体と能力を強化する薬。X本人には副作用のみで本来の効果は全くなかったが副作用の改善に役立った。ただこの副作用の軽減は薬物耐性を持っている者のみに限られていた。
薬物の投与実験だけでなく能力の覚醒条件の実験もXに行われた。この実験は実験体によってかなりの個体差があった。体全体に激痛を与える、麻酔なしで手足を切断し再びつなぎ直す、飲まず食わずで極限状態まで放置をする、拷問など覚醒の可能性があることなら何でも行われた。それでもXは覚醒する兆しを一切見せなかった。この二つの実験を交互に行われ続けXの叫びが絶え間なく研究所内で響きわたった。Xにとっては死よりも恐ろしい壮絶な実験だったが研究員の誰一人Xに情けを掛けるものなどいなかった。当然ともいえた。
研究員A「これで何度目か。どれほど追い込んでも覚醒しないなんておかしいですね。」
研究員B「元々の能力も関係しているからな。Xの能力が情報通りなら覚醒しない可能性もある。それに覚醒する条件はいまだに未知の領域だ。今までの行いも覚醒と因果関係がないかも知れない。だが、覚醒が人為的に可能になれば世界の常識が覆る。」
研究員たちは実験が無駄にならないことを祈り実験を続けた。
その間、X以外の実験体としてここにいる人間たちは以前より実験回数が大幅に減少しておりただ生かされている状態に等しかった。彼らが受けるはずだった実験のほとんどがキルに行われたからだ。実験データは全て地下室の管理コンピューターに入力した。
それから一か月が経った。以前送られた極秘データと実験の成果もあり薬品の副作用のさらなる改善と効果が飛躍的に向上した。しかし、覚醒条件の研究は全く進展がなかった。
Xの実験も以前よりは回数が減り手足が縛られているが檻の中で過ごす時間が少しはできた。手が自由に使える時は食事の時のみ。Xは肉体的にも精神的にも実験で追いつめられているはずなのにいまだにはっきりと自我を保っており、それどころかは檻の中でここから抜け出すことを考えていた。
Xが来る前にいた実験体の何人かはXのことが気になっていた。最近は人間の実験体の補充は数回しかなく彼らが気になるのも必然だった。Xを除いたまともな肉体を持った実験対象の人間は今は七人だった。研究所設立時は数十人もいた。S16、S22、S25、S45、D34、D67、D109それが彼らに与えられた名前だった。Sが覚醒条件の実験体でDが薬物の実験体を表していた。彼らは一年以上前からここで実験体として生きてきた。十年近くも経っているもの、肉体のほとんどを破壊されただ生かされているモノもいた。彼らの生活は奴隷よりも悲惨で希望なんてなかった。一時期は自殺を考える者もいた。しかし、目の前で薬漬けになって発狂しながら死んでいった者を見て彼らの考えは変わった。それから彼らは死ぬのが嫌で必死に生きようとしていた。どんな過酷な実験にも耐え抜いてきた。生きてさえいれば助けは来ると信じる者もいれば、自らの能力でここを出ようと試みる者もいた。だが、今まで誰一人脱走できた者はいなかった。
実験体である彼らは食事を終え話始めた。
S16「ねえ、S45起きている?」
S45「こんな時に何のよう?」
S16とS45は檻が近く女性同士で年が近いということもあり仲が良かった。今は夜中で研究員も緊急時のために待機しているだけだった。
S16「Xのことだけど……おかしいと思わない?」
S45「おかしくないところがどこにある? 急に来てナンバーなしでX。それだけで変なのにあれだけの実験を受けて死んでないのがなによりもおかしい! あたしらだって色々されたけどあそこまでされちゃいない。あたしがXならもう十回以上は死んでいるよ。」
S45もXのことを不信に思っていた。それと同時に二人ともXがいて良かったと思っていた。
S16「でも、Xのおかげで私たちが実験に駆り出される回数が減ったよね。研究員も最近は機嫌いいし食事も前より少し豪華になった気がする。」
S45「それは間違いないね。あいつらの研究がうまいこといっているようだし。上の連中から褒美でも貰っているんだろう。いつの日かあたしも自由になりたいな。」
S45は無理だと分っているが願望を口にした。仮に研究所が封鎖されたら実験体である彼らは口封じも兼ねて殺処分される。警察や軍に保護されたとしてもまた同じように実験体になるかもしれない。
S16「今、外はどうなっているのかな?」
S45「Xなら知っているかもよ?」
S16はXと距離は離れていたが思い切って初めてXに話かける。
S16「Xさん?もし聞いていたなら答えてくれる?外のことを教えてほしい。」
Xからはしばらくして返事が返ってきた。
X「俺を呼んだのは誰だ?」
S16「Xさんよりも前からここにいるS16っていう実験体。」
X「S16? それが名前か?」
S16「そう。それが私の名前。」
X「そうか……。外の世界もここと似たようなものさ。俺が言うのもあれだが、ろくな人間なんていない。クズばっかりさ。だけど今はどうなっているだろうな? 今頃は案外減っているかもな。」
X(S16か。人間の名前じゃないな……。俺も似たようなものだな。しかし、このままでは使い潰されて死ぬだけだ。いつまでもこのままではいられない。いつか、きっといつか……俺は!)
S16にとってXの言っていることが分からなかった。案外減っているとはどういう意味なのか、いくら考えてもS16には分かるはずがなかった。
S16「話してくれてありがとう。」
X「別に感謝されることじゃないさ。もう俺は寝るぞ、おやすみ。」
S16「うん、おやすみ。」
Xはそう言ってすぐに目を閉じた。明日も実験の予定で休む暇はXにとって今しかなかった。明日は都合により研究員の人数が少ないためいつもよりは実験が早く終わるかもしれない。Xは僅かな希望を明日に抱いていた。
S16とS45はXに聞こえないように小さな声で話を続けていた。
S16「Xさんか。本名なんていうんだろう?」
S45「S16……分かっているはず。私たちはまともな名前で呼ばれることも呼ぶことももう二度とこない。いつこの中の誰が消えてもおかしくない。Xもあなたも私も。外がどうなっていてもここがあたしたちの現実。それは一番長くいるS16、あなたがよく知っているはずよ。」
S45の言っていることは何一つ間違っていない。希望を持っていても何の意味も持たない。現実という絶望に上書きされるだけ。
S16(分かっている。でも、だったら私たちは何のために生きているの? 死なないため? 今の私には分からない。)
S45(ここを出ることなんてできない。でも、本当は私も心のどこかで希望を抱いている? そうね、きっとそうでも思わないと生きていけないもの。)
悩んだところで現実は変わらないが、こうすることで生きている実感があった。実験体
として生きる彼らのある種の抵抗ともいえた。人間としての自覚を最期の時まで保つためにも必要であった。
朝が来て、監視のためにいた夜勤の研究員と交代したその内の一人がXの拘束が一部解かれ檻から出された。いつもならここから実験室に入るはずだった。Xに歩くように研究員が命令する。しかし、Xの動きが三歩くらいしか進まず止まった。Xは密かに周囲に他の研究員がいないか確認する。
研究員「さっさと進め。また痛い目に遭いたいのか!?」
X「痛い目に遭うのはお前らだ!」
Xは服の中に隠し入れていたフォークを取り出しそのまま研究員の眼球に突き刺した。
研究員「ああぁぁぁ!!!」
研究員は痛みに耐えきれず声を荒げた。今は近くに他の研究員はおらず彼のみであった。流れ作業に近くなっていたから研究員の警戒心も薄かった。
その時をずっとXは狙っていた。Xは手錠で不自由な手のままで鍵を奪い手錠を解除した。そして、すぐに研究員のもう一つの眼球をえぐり、首を全力で絞めに掛かった。研究員に能力を使わす暇も一切与えない。やらなければやられる、そんなことXは理解していたからこそ完全に息の根が止まるまで気を抜かない。少し時間が掛かったがXは研究員一人目を殺害した。Xは念には念を入れ絞めていた首から手を放し、今度は力の限りフォークを首に突き刺した。これで息を吹き返すことはないとXは思った。
一息ついたXは人を殺したのにも関わらず笑っていた。
X「ようやくだ! ようやくここから出られる!!」
Xは感情が高ぶっていた。自らの体をいじくり回した憎き研究員の一人を殺害できたこともあった。そして、Xはこのままここから脱走するつもりだった。普通の人間なら失敗に終わる。しかしXは普通の人間ではない。
Xこそが虐殺を行いこの世界を混乱に陥れた張本人、キル・コープスなのだから。こうしてこの世界に再び外道殺人鬼が蘇ることとなった。キルのこれからの行動は明白だった。
キル「さあ、惨殺を始めるとしよう!!」




