【木造】
そろそろ一時間か二時間の長い休憩を取ろうかというとき、ふたたび開けた場所に出る。しかし川幅が急激に狭くなり、丈高い植物が両岸に繁茂しているせいで、森の中と同じくらい見通しが悪い。青空が広くなったのがせめてもの救いだ。
「異世界のヒマワリ畑って感じスね。ていうか、トウモロコシ畑?」成田が手近の房をもぎ取り、濃緑色の皮を剥く。「トウモロコシかと思ったら、中身は赤いぶつぶつでした。食えんのかな、これ」
「試すなよ」と篠原。
成田が房を放り捨てる。「なーんかさあ……人の手が入ってません? ここ」
「だな」篠原が植物の根元を指さす。「茎が等間隔に並んでる、計ったみたいに。農地じゃないか?」
「おっとう、とうとう異世界人と接触ですか?」
「馬鹿、声を落とせ。何が起こるかわかんねえだろうが」
「へいへい」成田がぐっと背伸びして、緑の壁のように生い茂っている植物の向こう側を覗こうとする。「しっかし邪魔だな、このトウモロコシっぽいやつ。なんも見えねえ。コバっち、どう? なんか見える?」
長身の小林がその場で飛び跳ねて、三度めか四度めのジャンプの最中に「お!」と声を上げる。「家! 家があんぞ!」
篠原が小林の視線を追う。
「向こう岸か? あと、声を落とせ」
「悪い」と応じながらまた跳ねる。「結構遠いし、ちらっとしか見えねえけど、ゼッテーそう」
「どんな家?」
「なんか、フツーの木造? でも遠すぎて――ちょい待ち」小林がスマートフォンを取り出して電源を入れ、その腕を上に目いっぱい伸ばしたり、そのまま飛び跳ねたりして写真を何枚か撮る。一枚ずつ拡大表示しながら舌打ちする。「駄目だわ。畑がくっそ邪魔。あとは方向がずれてるか、ぼやけてる」
篠原が横から写真に一瞥をくれる。「家は一軒だけ?」
「いや、二、三軒あった」
「変わらず圏外か」
「んん」タッチパネルを見つめる小林の顔に、苦痛に似た色がよぎる。
「ゆうべの時点で、スマホが大活躍するパターンは消えとりますがな」と成田。
篠原は無視する。「小林、ちょっといいか?」
「何?」
「おまえ一番背が高いだろ? 雨宮を肩車してくれ。で、雨宮が問題の家と、ここら一帯の写真を撮る。迂闊に近づいてクソを踏まないように、できるだけ情報を集めたい」
小林がその頼みを吟味するように小刻みにうなずく。「あー、オッケ。アキラなら軽そうだし」
「それもあるけど、雨宮はかなり目がいい。もし住民が辺りにいたら、遠くでも見つけられる」
「用心しすぎじゃね?」と成田。
篠原がきっと睨む。「このふざけた状況で用心しなくてもいいもっともな理由を述べてみろ。小林、雨宮、やってくれ」
「よし、来い」小林がスポーツバッグを地面に下ろしてしゃがみ込み、アキラがその肩に跨ってから、ゆっくりと立ち上がる。「何気に重いな。バランス取るのムズ」
「雨宮、頭突き出すなよ」と篠原。
「わかってる」
小林の肩の上で、アキラは前屈みになる。そろそろと首を伸ばして、道先のほうから一渡り眺め、対岸に目を凝らす。小さな丘の手前に、確かに家がある。
「あった。家と……納屋? 倉庫かな。なんかそんな感じの割と大きな建物が二つ、家からちょっと離れたとこに並んでる」
「住民は?」篠原が小声で尋ねる。
「見える範囲には誰も」
「ほかに建物は?」
「ない。いま見てる三つだけ」
「ここから家までどんくらいある?」
「六五〇……はないな。六三五メートル」
「その数字、どっから出てきた?」股の下から小林が尋ねる。
「雨宮は距離がわかるんだ」篠原が代わりに答える。
「どうやって? アプリ?」
「じゃなくて、絶対音感の距離バージョン。脳がそんな風に出来てる」
「へえ?」
「特殊能力みたいでカッケエじゃん」と成田。
「こんなの、普段はまったく使いどころがないけどね」とアキラ。例えばゲームとか。二五インチのモニターに映るゲーム画面には目測がまったく働かず、射距離を把握するためにいちいちレーザー測距計で……
ともかく、アキラは携帯端末を構えて、最高画質、最大倍率で三つの建物を写真に収める。
「拡大したらぼやけるけど、雰囲気がわかる程度には撮れてる。ほら」
篠原が携帯端末を受け取り、写真がデジタルの印象派絵画と化すまで拡大する。「スマホのカメラじゃ限界があるか。雨宮、どんな感じの建物?」
「木に隠れてて見えにくいけど……三つとも木造。コンクリとかトタンじゃないのは確か。よくある外壁用のタイルも使われてない。左端の家は、なんかこう、子供の絵みたいに単純。箱型で、三角屋根があって、窓が幾つもある。結構デカい。倉庫っぽい二つも屋根が三角。でも窓が少ない」
「誰もいないんだな?」
「動いてるものは何も。家の周りにも、見える範囲にも」
「トラクターや車は? もろ車じゃなくても、それっぽいのは?」
「あー……ない。見当たらない」
篠原が携帯端末を返す。「ほかの場所を頼む」
アキラは自分の股座に声をかける。「小林、左のほうに九〇度回れる?」
「落ちるなよ」言いながら、小林が一歩ずつ回転する。
「ストップ」アキラは道先の写真を撮り、小声で情景を説明する。「川沿いにトウモロコシ的な畑がずっと続いてる。正面の……七五〇メートル先の低い丘の上まで。丘の右側の斜面に葡萄畑みたいのがある。境目がはっきりしてるし、直線的だから、自然の木立じゃない。丘のずっと左のほうは、一キロ先に森」
「建物は?」と篠原。
「ないね。人影も」アキラは左側に上半身をひねる。「川のこっち岸は畑ばっか。八〇〇メートル先に森。建物も人影もなし。畑の陰になってて見えないだけかも」
左岸も撮影してから、携帯端末をふたたび差し出す。
篠原が受け取りながら言う。「ほかにも家があるはずだ。ないとおかしい」
「広いからか?」と小林。
「そう。今わかってるだけでもざっと二五〇エーカー。原住民がどんな連中か知らねえけど、ひと家族で管理するには広すぎんだろこれ。川沿いにあるっていう丘の裏が怪しいな。町でもあるんじゃないか」
「じゃあ……町を探す感じ?」小林の声は気乗り薄だ。
「いや、今は無闇に動き回りたくない。アプローチの方法はともかく、おまえが最初に見つけた向こう岸の家が手ごろだ。悪い、二人とも。もういいぞ。ありがとう」




