【転移と形式】
賛成三、反対一の多数決の結果、「何かの弾みで元の世界に帰れるかもしれない、下手にここから動かないほうがいい」と四人はその場に留まる。
実際のところ、何が起きたのか?
皆の疑問に、成田が自信満々に解答を提示する。
「異世界転移で確定でしょ、これ」
異世界もの。一昔前に消費し尽くされた当該ジャンルについて、アキラの知識は、小学生の頃に少年誌でなんかそんなのチラッと読んだな、という程度。漫画・アニメ・軽い読み物に無関心な篠原はそれ以下。スポーツを通して現実の苦楽を学んできた小林にしても、友人に勧められた某有名タイトルのアニメ化作品を半ばまで視聴した時点で、幼稚な願望成就、と投げ出している。
成田は違う。
異世界ものに耽溺している。駄作・凡作・傑作を問わず愛している。
そんな成田が、無知な三人に転移系の講釈を垂れる。
複数パターンある王道展開、手を変え品を変え踏襲されるプロット、定番ネタ、お約束……
たまりかねて篠原が口を挟む。
「フィクションから離れろ。この神隠しみてぇなのは現実の話だぞ」
「そうそれ、現実」成田がぴっと頭上を指さす。「地球のとは違う月っスわ。今や転移系はガチの現象と証明されたわけです。とっくに奇妙なことになってんだし、フィクションの知識が役に立つかもって思わん?」
「思わねえよ」篠原はにべもない。「てか気になってたんだけどさ、おまえさっきからなんでそんな楽しそうなわけ?」
「馬鹿、異世界だぞ! モノホンの異世界! 不可能が可能になる約束の地ですよ? いやもう、テンション爆上がりなんですけど」
つける薬がない、と言わんばかりに篠原が肩をすくめて、立ち上がる。
「ションベン?」小林が尋ねる。
「ションベン。あと、渋谷に帰れねえかもうちょい……〝出入り口〟みてえのを探してみる」
藪のほうへ歩み去る篠原の背中を見送ってから、成田が転移系の講義を再開する。アキラと小林は八割方聞き流しているが、〝テンション爆上がり〟の成田は二人の聴講態度など気にも留めていない。
聞くともなく聞くうちに、アキラは小さくかぶりを振る。役に立ちそうな情報が皆無というか、かなり馬鹿っぽく聞こえるというか……
テンプレ試してみ、と成田に促されたとき、アキラは露骨に顔をしかめる。
「〝ステータス〟ってやつ?」
成田がうなずく。
「ナリは? やったの?」
「やった。さっきうんちしに行ったとき」
「ほいで?」
「反応ナッシング。でももしかしたら、アッキーとコバっちはステータス画面、出るかも」
しつこく促されて、アキラは根負けする。
教えられた文言を念仏のように唱える。「ステータス。ステータスオープン。オプションメニュー。ステータスウィンドウ。メインメニュー。アドミニストレイター。ヘルプ。鑑定」
それを横目に小林が面白くもなさそうに言う。「まじウケる」
成田が尋ねる。「どう、なんか出た?」
アキラは首を振る。「なんも」
特に失望した様子もなく、成田が学者然とした表情でうなずく。
「ま……予想どおり。コバっちもやってみ? ほれ、念のために」
小林が文言を機械的に唱えて、なんも出ねえぞ、くだらねえ、と報告する。
成田がふたたびうなずき、転移系にはゲーム性を排した物語形式がある、と解説する。そういった物語には、個人の能力値をお手軽に参照できるステータス画面が存在せず、過度なご都合主義やハーレム要素もなく、主人公は知識の暗闇の中、体当たり精神でもって新たな人生を切り拓いていくのだ、と。
「海外の昔からある異世界ものはこういうのが主流。パターンは主に三つ。寓話的な児童文学、リアル路線、ユーモア・ファンタジー。俺TUEEE系の主人公はあんま出てこない。でも多かれ少なかれチート能力を持ってて、やっぱ無双に近いことするわけ。地球じゃフツーの特技が異世界だと特殊能力みたくなるとか、単純に異世界人より身体能力が高いとか、科学や会社経営の専門知識をフル活用して身を立てるとか――」
「何が言いてえの?」と小林。
「おれらのケースはこれに該当するくさいってこと。つまり、ワンチャンあるかも」
「何がワンチャンだよ。おれは帰る方法が知りてえよ」
成田が悪いニュースを告げる顔になる。「転移系はたいてい、行きっぱの片道切符なんスわ。帰る方法があったとしても一時的で、恒久的なのはありゃしまへん」
小林が鼻を鳴らす。それを潮に雑談に流れる。受け損なった試験、ひたすら鬱陶しい熱血体育教師、B組の前髪ぱっつん大和撫子ちゃん、SNSでバズっているネタ……当然ながら、まったく盛り上がらない。
アキラがふと見ると、〝出入り口〟を探し続けていた篠原が、いつのまにか近くに腰を下ろして、むっつりと黙り込んでいる。アキラも次第に喋る意欲をなくす。普段はマッチョな体育会系を気取っている小林が最も不安定な心理状態に陥り、宇宙人によるアブダクション説をタガがはずれたように喋り散らす。
やがて空が白みだす。
美しい夜明けだ。
四人はしばしのあいだ現実を忘れて、曙光がピンク色の指を伸ばす様を眺める。
とうとう太陽が顔を覗かせる。
見慣れたサイズと輝き。特段、おかしなところはない。
その朝陽に暴かれた景色は……フツーだ。
地表を覆う植生は対称かつ放射状で、草や葉は緑色、幹や枝は茶色。そう、フツーだ。遠くの山も、抜けるような蒼い空も、緑なす大地も、何もかも。まったく違和感を覚えないほどに。北海道の牧草地や長野の高原だと言われたら、あっさり信じてしまうほどに。
もし面白いと思ったら、とても励みになりますので、ブックマークと評価をよろしくお願いいたします。




