【罪悪感】
「カルナリー王国の俗称だ。ぼくはそこの西部を治めるアミピダス家の四男坊なのさ。父は毎年、カルナリーの現国王ネクトポンティ三世の狩りのお供を務める大物であり、教会の上層部とも強い結びつきがある。よって、ロフトが血迷ってぼくを陥れようと画策しても、確実に失敗する。もし根回しの手間を省いて暴挙に出ようものなら、ぼくの消息が途絶えた時点で、ネクトポンティ三世と教皇ラテッジの名の下に、つわもの揃いの猟犬がこの地に放たれる。
ほんの五年前に、似たような事件が起きているんだ。ピアネン王国の教区の一つで司教以下四名が失踪した。同地で急速に高まっていた外国人弾圧の告発を企図したくだんの司祭には懐柔策も賄賂も効かず、ピアネン国王自らが下知したわけさ――消せ、と。手抜かりと杜撰な仕事のおかげで、すべての罪が調査団に暴かれ、教皇はピアネン国王を破門し、南部連合は同盟破棄を宣言し、国王派と王子派で分裂したピアネンは現在、内戦で国土が荒れているのみならず、民が諸外国へ大量に流出して国力が急速に低下している。
要は、ぼくの身に何かあればピアネンの悪夢よふたたび、というわけだ。特にこのロフトは、大陸の病巣とも称されるエクサリオと国境を接し、常に不安を抱えている。現に戦争中だ。南部連合と教会の支援を失うのは誇張なしで致命傷になる」
リランがにっこりとして、アキラの背中をどやしつける。
「偏執狂にして不信の徒よ、恐れと不安を捨てよ」
「でもリラン、本当にきみに迷惑をかけたくな――」
「もう一度言うぞ。ロフト軍は、不正義でもって、ぼくに、手出し、できない。アキラ、秘書になれよ。きみの友人のためにも」
「本当の本当に、大丈夫なんだね?」アキラは念を押す。
「ぼくは三重に護られてる。貴族の血、司祭の地位、政治的損得勘定。さあ」
「ジィル。なるよ」
「よし」
「これからは〝はい、ご主人様〟って返事をしたほうがいいのかな?」
「絶対によせ。ではと、早速、きみを買い取る手筈を整えるとしよう。ぼくが自由市民に戻ってからでもいいんだが、こういうことは早いほうがいい。何が起こるかわからないからね。市のほうで植民地行きの話を進めてしまうとか」
「どれくらいかかりそうだい?」
「担当者の予定に左右されるが、来週まで持たされることはないはずだ。そして話がまとまり次第、正式な作法に則った主従契約を結ぶ。今後のことを考えると、無駄にできる時間はないな。きみの勉強に、助祭の資格に必要な内容も盛り込んでいくとしよう」
その宣言どおり、翌日から宗教の勉強が始まる。アキラは昼食のあいだ、異世界版の創世記を聞かされて、神々が知的遊戯を兼ねた実験の場としてこの宇宙とこの惑星を創造し、魂が遊び場として地上での生を選ぶとの説話に、開始五分で早くも頭が痛くなる。このぶんだと、助祭になるための勉強は大学受験の万倍、苦労させられそうだ。
「アキラ」と横から声をかけられる。
そっちを見る前にわかる。成田が五日ぶりに口を利いたのだ。
「ホッフ エスト ヒット?」囁くように尋ねてから、相手の目に浮かんだ戸惑いを見て、アキラは日本語で言い直す。「ナリ?」
「こっちの言葉……喋れるんだな」成田がしわがれ声で言う。
「うん、勉強したから」
「そっか。勉強か」成田が残念そうにつぶやく。
アキラの視線を受けて、リランが昼食の皿と共にその場を外す。アキラは成田に注意を戻す。
「ナリ……あー、調子は?」
成田が深皿に視線を落とし、小さく肩をすくめる。
アキラは自分の舌を噛みたくなる。心身ともに深く傷ついているやつに調子を尋ねてどうする? どこまで馬鹿なんだ、おまえは。
二人は無言のまま肉とパンを口に運ぶ。かけるべき言葉は見つからず、適切な振る舞いもわからず、ひとえに散文的な理由から、アキラは重い沈黙を破る。
「ナリ、教えてほしいことがある」
パンを千切る手が止まる。成田の横顔からは何も読み取れない。
「あの日、何があった? 畑に軍隊の連中が現れて、シノが矢で撃たれて、小林がシノのとこに走って……ぼくが憶えてるのはそこまでだ。なんでかわかんないけど、気を失ったから。後ろから殴られたのかな。ナリ、そのあと何が――」
成田が微かに首を振る。
「見てないの? 何も?」
「おれも、気絶した。同じくらいのタイミングで」横目でアキラを見、逸らし、ぼそぼそとした聞き取りにくい声で続ける。「おまえのほうが詳しそうじゃん。軍隊がどうとか。おれはずっと、警察みたいなやつらじゃないかって思ってた。今おまえに言われるまで、あいつらが軍隊なんて知らなかった」
「そんなに詳しいわけじゃないよ。とにかく、ぼくは目が覚めたら地下室にいた。たぶん軍の基地だ。二階建ての煉瓦の建物に囲まれた広場みたいなのがあった。サッカー場ぐらいの広さの。確認だけど、ナリが今いるのはそこ?」
「ああ」
「捕まった日、どうなった?」
視線が深皿に戻る。「おれも。おれも地下室にいた。石で出来た部屋で、あの赤毛のオッサンがいた」
「赤毛のオッサン?」
「御者。街に行く途中ですれ違った、馬車の」
アキラはたちどころに思い出す。
「あの人? ちょっと待って。あのオッサンも軍人だったってこと?」
「さあ? わかんねえけど、おれのこと指さして、すぐ出てった」
「ああ……そういうことか。たぶんわかった。赤毛のオッサンが、ぼくたちのことを軍に報せたんだ。この国は今、エクサリオって国と戦争してる。ぼくたちがこっちに来たときはまだ、休戦協定が結ばれてなかった。だから軍が飛んできて、もろ外国人で不審者のぼくたちを捕まえたんだ。ま、戦争のことがなくても、アジア人ってだけで捕まってたろうけど。
きっとあのオッサン、気絶してるぼくのことも指さしたんだろうな。ええ、こいつです、こいつで間違いありませんって」
成田と目が合う。〝ほら、おまえのほうが詳しいじゃねえか〟と責めるような目つきだ。アキラはその目つきに怯む。そして罪悪感を覚える。対比は残酷だ。ナリは無知のまま、言葉すらわからない状態でなぶりものとしての過酷な三ヶ月を過ごした。翻ってぼくの三ヶ月は、リランの権威に護られ、言葉を学び、知識を得た。ナリは終身刑同然の状態に置かれている。ぼくはあと少しで自由の身に――
「ぼくは一人で地下室に隔離されてた。ナリは? 小林、見なかった?」
「見てねえ。おれも一人だった」
「地下室から出たあとは?」
「いいや」
「そっか」
となると、小林の行方はリランの調査結果を待つしかない。あのとき篠原に駆け寄ったことで、小林も弓で射られたんだろうか? 最悪の可能性を覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。
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