【リラン】
リランがぽつりと言う。
「きみの友人だけれど」
「何?」
「彼を救う試みは、川の流れを反転させようとするようなものだ。でも……」
「でも?」と期待を込めて先を促す。
「いくらかの身の安全を確保してあげられるかもしれない」
「どうやって?」
「きみに理解できる言葉で言うと……そうだな……比較的大人しい犯罪奴隷の監房に、彼を移してもらう」
「できるのか?」
「五分五分かな。それにこれは、きみの友人をワイオの口からリョーシャンの口の中へ投げ込むだけかもしれない」
「何と何って?」
「どちらも怪物の名前だ。つまり――」
「いや、わかった。一つの危険から別の危険へ、だろ?」
「うむ。断っておくが、監房を移せるかどうかは約束できないぜ?」
「それでもいい。やってくれ、リラン」
「わかった。伝手に当たってみよう。あと、きみの友人がなぜ軍の管理下にあるのか、その辺りの事情も探ってみるよ。ぼくも気になる」
「頼む。あー、できれば、もう一人の友人の消息も調べてくれないか? 殺された友人がそのあとどうなったのかも」
「いいとも。友人たちの名前は?」
「生きているはずのほうがヒカル・コバヤシ。殺されたほうがミツル・シノハラ」
何度か口の中で繰り返してから、「ヒカル・コバヤシとミツル・シノハラ。憶えた」
「恩に着る。いつか必ず、何かの形でお礼を――」
リランが首を振る。「ぼくは毎日、きみの酒をもらってる。借りがあるのはぼくのほうだ」
「なんであれ、本当にありがとう」
「礼を言うのはまだ早いよ。軍のやり方に干渉するのも、内部を嗅ぎ回るのも、簡単な仕事じゃないんだ。さ、きみの友人のところへ戻ろう」
「その前に」
「うん?」
「きみは何者なんだ、リラン」
「前に話しただろう? 二度も」
「ああ、聞いたよ。プティントとかなんとかって」
「プティント? そりゃいったいどこの言葉だ?」
「二回ともそう聞こえたんだ。二回とも何も理解できなかった。ひと言も」
「ああ、きみがまだ言葉に不自由していた頃だっけ」スープを一口啜り、「ぼくはプライディケアーだ」
わかるかい、と尋ねるようにリランが見つめる。
アキラはうなずく。
今はその言葉の意味を知っている。本に出てくる聖者たちの多くが、人生のどこかの時点で精霊から啓示を得たり、自分の内側に神を見い出したりして、異世界の教会だか寺だか、とにかく宗教組織に入り、プライディケアーになるからだ。プライディケアー――放浪の辻説法師。または、教会だか寺だかの専属説教師。
「聖職者だったのか」
「意外かい?」
「いや、ナットキした。いろいろと」
「納得」リランが厳かに訂正する。
これまた聖者たちの物語によると、聖職者の社会的地位はとても高く、その社会的影響力はとても大きい。梯子の一番下にいる助祭でさえ、あらゆる場面で厚く遇されている。この度し難いほど後進的な世界において、聖職は立身出世の数少ない道であり、また、王族や大貴族ですら対応に気を遣う霊的・知的エリート集団らしかった。
一〇人単位の大部屋ではなく地下に小部屋をあてがわれたり、本を仕入れたり、ヨヒト隊長に口利きしたりと、リランの腕が長いのもナットキだ。
「でも、なぜ奴隷と一緒にいるんだ? 聖職者の資格を取られたのか?」
「それを言うなら〝取り上げる〟または〝剥奪〟。いいや、剥奪されていないよ」
「じゃあなぜ?」
リランが恥ずかしそうに笑う。「原因は、酒と決闘の悪しき組み合わせさ」
「ケットウ?」同音異義語の類かと思い、アキラはオウム返しに尋ねる。
「取り決めと作法に則った戦い。果し合い」リランが語義を説明する。
「一対一でやる、あの決闘?」
「そうだってば」
「きみが?」
いつも礼儀正しくいつも穏やかなリランが決闘をしている姿など想像できず、アキラは得心のいかぬまま相手を見つめる。
「ぼくだって決闘くらいするさ」
「でも、聖職者が?」
「きみは本当にものを知らないな。聖職者も決闘をするよ。宗派にもよるけどね。ぼくの宗派は、戦の女神メイジア=ウギ=アルマ=クフを奉じている。アルマ=クフ派の僧侶たちは日々の肉体鍛錬を義務付けられている。そしてアルマ=クフ派の僧侶たちは、売られた喧嘩は買うべしと戒律で定められている。
ぼくが新米司祭としてハルドガルダに赴任してからしばらく経った日のことだ。部下の助祭と酒場で飲んでいたら、アルマ=クフ派に物申したい輩がからんできた。受け流していたんだが、相手はしつこく、最後には決闘を宣言して短刀を抜いた。アルマ=クフ派の司祭として、挑まれたらやるしかない。うちの助祭と相手方の連れが立会人になり、その場で方法を取り決めて、空手だったぼくは酒場の主から肉切り包丁を借りた。どんな決闘も血が一滴流れたら終了だ。かすり傷一つでお互いに体面は守られる。ぼくはそうするつもりだった。でも酒が入っていたせいで、手元が狂った」
「つまり……殺したのか?」
「まさか。殺していたらとっくに縛り首だよ。相手の右手をうっかり斬り飛ばしたんだ。ま、それくらいなら通常はお咎めなしなんだが、今回は相手が悪かった。マーザフ派の司祭殿だったのさ。平服だったからそのときはわからなかったけれど。
事件のあと、アルマ=クフ派とマーザフ派の上のほうで話し合いが持たれて、ぼくが半年間の社会奉仕活動に従事することで落ち着いた。平たく言うと、強制労働だ」
「それでここに?」
「然り」
なんとまあ。
「残りの時間……あー、どれだけ残っているんだい?」
「期間。あと三分のひと月ってところかな」
まだリュシナリア語の言い回しと暦に慣れていないため、ほんの一瞬、アキラは考える。
三分のひと月――この世界の一週間。一二日。
「じゃあ……きみはもうすぐ出ていくんだね」アキラはしょげた顔で言い、形ばかりの祝辞を口にする。「おめでとう」
リランが微笑み、肉の塊を口に放り込む。
「ところで、チェーシェンってどういう意味だい?」
微笑が消える。「公の場で使うと品性を疑われる言葉だ。きみはそれ以上知るべきじゃないし、ぼくは絶対に教えない」
チェーシェン――タブー。了解。
もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると執筆の励みになります。




