【罪】
二〇〇メートルほど離れた場所に先刻の男たち。空堀に腰かけてスープをがつがつ平らげている。成田を〝おれのヴィカサ〟と呼んだ小麦色の髪の男が、一団の頭目らしい。クソ野郎、クソ野郎、クソ野郎――
給食の馬車の脇で、ヨヒト隊長が部下の一人と何やら話し込んでいる。アキラはヨヒト隊長を見、その隊長を顎で使ってのけた年長の友人を見る。
「リラン、頼みがある」
「ぼくにできることであれば」
「ナリタを助けられないか? もし可能なら、あいつを自由に――」
言い終える前に、リランが首を横に振る。
「じゃあ……なんて言ったっけ? 動かすのは? ぼくらの集団に。隊長にお願いして」
「移す」と正してから、リランが平坦な声で言う。「不可能だよ。隊長にはそのオウクディダムがない」
「オウクディダムって?」
「ある立場にいる者が命令できる範囲」
オウクディダム――権限や職権のことか。
「でも、集団が違うだけだろ? あっちとこっちで」
「大きな違いだ」
スープのお代わりをよそってもらい、給食の馬車から離れると、リランがアキラを肘で小突いて、もう一度、革の胸当ての警備兵たちをさり気なく顎で指し示す。
「見たまえ。先ほど軽く触れたが、彼らはハルドガルダ駐留部隊の兵士だ。つまり今やって来た者たちは、きみの友人を含めて、軍の管理下にある。一方、ぼくらを管理しているのは市だ。市の警備隊に所属するヨヒト隊長は当然、市から給金をもらっている。ここまで言えば、なぜ不可能かわかるだろう?」
「わかるよ。でもなんでナリタは軍に管理されてるんだ? ぼくは市なのに」
「さてね。ところで彼、言葉のほうは?」
「さあ? たぶん、できても片言だと思う。この世界の言葉を一から教えてもらえるほど親切な扱いを受けているようには見えないよ」
リランはアキラの辛辣な口調にぴくりと片方の眉を上げたが、〝この世界〟という部分は聞き流したようだ。
「では、渦中の人とはいえ耳が聞こえないのと同じでは、本人から詳しい事情を聞くのは難しそうだね。口を利けるぐらい落ち着いたとしても」
「どんなジジョウが考えられる?」
「彼が重い罪を犯した、としか説明がつかない」
「いや、ぼくたちは――」〝何もやってない〟と続けかけて、アキラはあの二日間の出来事を思い出す。客観的には数ヵ月前だが、主観的には一〇年前に等しい。「ぼくと友人は、誰もいない村で勝手に家に入って、そこにあった食べ物を食べて、服と道具を借りた。ほかに方法がなかった。それが原因か? でもそれならドウ……ドウザイだろ?」
「法的判断はぼくにはできない。ただ――」と人さし指を立てる。「一つはっきりしているのは、軍が引き取るのは犯罪奴隷に限られる、という点だ。犯罪と言っても、パンを盗んだとか、酔って暴れたとか、その手のケチな連中じゃない。殺人、誘拐、強請、不敬または冒涜行為などに関わって奴隷に落とされた者たちだ」
「ぼくとナリタは違う。つまり、そういうことはやってない」
「きみの言葉を信じよう。続きだが、軍は滅多なことで自分たちの奴隷を解放しない。たとえ市議会が口を利いても効果はないだろうね」
「じゃあ、何も方法はない? あいつのためにしてやれることは一つも?」
「犯罪奴隷は市民権を半永久的に剥奪されている。素直に言って、彼らが娑婆に戻れる見込みはゼロだ。自然な寿命を迎えることもね。彼らは多くの場合、鉱山へ送られる。ときには――この工事のように――軍事活動を支える最底辺の労働力として使われ、ときには戦場に立たされ、ときには――特に悪質な者は――利用価値なしと見なされて処分される。残念だけれど……きみの友人にしてあげられることはないよ」
アキラは足元を睨みつける。
「しかし謎と言えば謎だ」リランが臭いものでも嗅いだような顔で言う。「きみは軍に捕まり、市に売られた。これは、身元の怪しい者への軍のヴィーラリスな対応だ」
「ヴィーラリス?」
「普通の。いつもの。一般的な」
ロフト軍、ひいてはこの会話で軍属と判明した冷たい男に対して――篠原を殺したやつらに対して――頭の芯が凍りつくような怒りが湧いたものの、いま気にすべき点はそこじゃない。
「じゃあ、なぜナリタは市に売られなかったんだ?」
「そこが謎だと言っている。きみの知らないところで彼が重罪を犯したか――」アキラが口を開く前に片手で押しとどめて、「落ち着きたまえ。あくまで仮定の話だ。こうも考えられる。きみの友人の何かが、軍の注意を強く引いた」
そんなもの、自分たちの特殊な出自ぐらいしか思い当たらない。人種的偏見の可能性も否定はできないが、だったらなぜぼくだけが市に売られた? 連中の小遣い稼ぎのため? それも否定はできない。でも靴のことがある。冷たい男の所有となった茶のローファー。成田も裸足だ。
「ぼくたちが別の世界から来たことに気づいて……駄目だ。辻褄が合わない」
「仮にそうだったとして、うん、辻褄が合わない。もしそれが原因なら、軍はきみを手放さなかったはずだ」
「売ったあとで気づいた?」
「なら、とっくにきみを買い戻しているだろうね。そもそもだ、別の世界云々では、きみの友人のナリタだけが軍に管理されている理由を説明できない」
「何かやったのかな、あいつ。ナリタは……ふざけてばかりいるから」
リランが空いているほうの手をひょいと振る。異世界人がよくやる仕草で、地球人の肩すくめに等しい。
「彼は軍にとって利用価値があるのではないか、とも思ったんだが、あの扱いを見るとどうも……」リランがスプーンの腹で唇を叩きながら考え込み、独り言のように続ける。「それとも見込み違いで今の扱いに……いや、これも矛盾か。軍が手元に置きたがるほどのメガスィなら、それこそ大事に教育されて……」
アキラはアキラで物思いに沈む。ナリのやつ、何か馬鹿をやって軍の連中を怒らせたんだろうか? ああ、やらかしてそうだ。不適切な言動はナリの十八番だ。
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