↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/86

【首輪の男たち】




 気づいたときには、人通りのない、五、六階建ての建物に挟まれた広い通りに出ている。異国の街、という以上の印象を受けない。ポストカードになりそうな外国の街。クソったれ異世界の街。シノを殺した世界の街。ぼくは売られ、首輪をはめられ、そんな街を歩いてる。

 なんでこんな目に……

 客観的には半キロ、主観的には一千万マイルの一千万倍を歩いたのち、また路地へ。

 終着点だ。

 禿げ頭が手の平で扉をバンバン叩く音が路地に反響する。大人の目の高さにあるスリット状の覗き穴があく。次いで、扉それ自体がひらく。バスケットコートサイズの中庭、守衛風の男。禿げ頭は守衛風の男と短くやり取りしてから、表通りのほうへ姿を消す。鉄兜の三人組はアキラの腕を引いて中に入り、そのまま奥の建物へ連れて行く。

 その建物は二階建てで、大昔の木造校舎を思わせる。

 建物の中も、大昔の木造校舎を思わせる。

 灯されたランタンと共に地下へ導かれ、石造りの階段を下り、石造りの床に辿り着く。酒蔵に似ていなくもない広い空間だ。隅のほうに暗い戸口がぽっかり口をあけており、連行者の一人が戸の建付けを確かめ、閂の具合を試す。合図を受けて残りの二人がアキラを中に押し込み、手首の縛めをほどく。約六メートル四方の、天井の高い石の部屋だ。床の上の四つの人影と、鉄格子のはまった高窓。牢獄?

 それほど意外な展開ではなかったものの、アキラの胃がよじれる。

 連行者の一人が戸口から言う。「シセスト エ ネオス アン。フュイ ネススィアス」

 房内の人影の一つがもぐもぐと答える。「ジィル」

 背後で扉が閉められ、閂が下ろされる。その音が終末のラッパよろしく響く。

 実際のところ、終わったも同然だ。

 アキラは隅に座り込んで、膝を抱える。


 高い石壁に囲まれた中庭に、五〇人ぶんの雑音が満ちている。

 実際には五四人だ。首輪を嵌められた男たちが五〇人に、警備兵が四人。雑音の発生源は首輪の男たちで、銘々好きな場所で朝食を取り、賑やかに談笑している。警備兵のほうは壁際に佇み、その様子を見守っている。アキラは同房の若者と一緒に地べたに座って、具がたっぷり入ったスープを木のスプーンで口に運び、焼きたての赤パンをかじる。パンはそれなりで、スープはとても美味い。食欲なんてまったくないが、体のやつは栄養を欲している。

「タクステアリ、エズド ヒット?」と若者。「タクス」

「たくす」とアキラ。

 どういう意味なのかはさっぱりだが、相手がにこにこする。

 その丸顔の若者は、大きな灰色の目が印象的な人懐っこいタイプ。高窓から朝陽が挿しこんだとき、同房の男たちはアキラを警戒して距離を置いていたが、彼は、近所の顔見知りでも相手にしているかのように気安く声をかけてきた。そして扉が解放されて監房を出る段になると、見るからに世間知らずで不器用な(そして陰気な)新入りの世話を焼き始めた。言葉がまるで通じないと見るや、身振り手振りでああしろこうしろと指示し、おかげでアキラは、見当違いの行動で周囲の者――特に警備兵――の怒りを買うことなく、無事朝食にありつけた。若者が良くしてくれる理由は謎だ。連帯責任の罰則か何かを疎ましがってのことかもしれない。同年代くらいの若い仲間が出来て嬉しいのかもしれない。

 現に、中庭にいる男たちの中で二五歳より下に見えるのは彼とアキラの二人だけだ。首輪の男たちは若い部類で壮年といったところで、禿頭や白髪頭の老人もちらほら目につく。見たところ、平均年齢は四〇代後半。若者が年少の新入りを歓迎するのも無理はない。

 それとも単に、とアキラは胸の中でつぶやく。黄色人種を珍しがってのことか。

 人種となると、五四名の男たちの中でアジア人の特徴を持つ者はアキラ一人。中庭で朝食の列に並んだ際も、こうして朝食を取っている今も、不躾な視線の集中砲火にさらされている。動物園の珍獣というより、見世物小屋の呼び物といった扱いに近い。中庭に出たとき、険悪な声音で〝チェーシェン〟と呼びかける者もいれば、挑戦的な目つきで何か猥褻な意味合いがありそうなジェスチャーをする者もいた。好奇と嫌悪の比率は、二対一といったところか。この分では、概念の域を出なかった人種差別を実地体験する羽目になりそうだ。クソったれ異世界め。

 若者はというと、明白に好奇の側。眼差しから強い興味と関心が窺える。

 アキラは若者のことなど眼中にない。自分の今後にひたすら不安を覚え、小林と成田の行方にひたすら気をもむ。中庭の男たちの中に二人の姿はない。ひょっとして、シノを殺したあのろくでなしどもに……?

 篠原の無残な死が自動再生される。一晩中、幾度となく心の目に映じたように、フルカラー、バイノーラル音響で。

「エイ」

 若者の声でアキラは我に返る。

「ディスト リラン。ネススィアス ダネク メイトゥン ズュ」

 アキラはかぶりを振る。

「ディー、エスト、リラン」若者が手で自分を示して、「ディー、リラン。リラン」

「でぃー、リラン」

「ネー」と人さし指を振り、「リラン」

「リラン」

 若者がウィンクする。「ジィル」

 ジィル――肯定を意味する語らしい。

「ホッフェスト ズュオ ヌーメ?」とアキラを指さす。

 アキラはまたかぶりを振る。

 リランが思案するように宙を見、視線を戻す。「ディー」と自分を示し、「ズュ」とアキラを示す。正直なところ、異世界語の即席講座などクソくらえだが……頭を使っていれば、不安を忘れられるかもしれない。もう見たくない篠原の惨殺シーンを心から閉め出せるかもしれない。リランが「ディー」と「ズュ」から成る身振りを繰り返している。

 わたし、あなた――たぶん合ってるはずだ。

 アキラは「でぃー」と自分を指でさして、「ずゅ」とリランをさす。

 リランがうなずく。「ディー エスト リラン。ディム ヌーメ エスト リラン。ズュオ ヌーメ?」

 ディムとズュオは所有格だろう、とアキラは見当をつける。ヌーメは〝名前〟か?

「でぃむ ぬーめ、雨宮アキラ」と言ってみる。

「ホッフ? アマ……?」

「アキラ。でぃむ ぬーめ、アキラ」

「アァ、アキラ。ズュオ ヌーメ エスト アキラ」

「じぃる」

 エスト――使われ方を見るに、おそらくBE動詞と同じ働き。

「でぃむ ぬーめ えすと アキラ。ずゅお ぬーめ えすと リラン」

 リランが大きく笑い、大きくうなずく。「クホォト」

 クホォト――良し、または肯定の意。




もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると執筆の励みになります。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。