従斧の主
「相馬玲志――最も従斧の主に相応しくない存在」
雨宮紬は苦笑する。
「だって、従斧を使わない方が強いんだもん」
――五年前。
「あれが従斧の主……」
紬の視線の先では、大男が巨大な従斧を振り回していた。
獣のような目。
従斧は精神力が弱ければ、闘争本能に呑まれてしまう武器だった。
討伐隊が次々と斬り伏せられていく。
血が飛び散り、悲鳴が響く。
紬は小さく肩を竦めた。
「流石に応援を呼ぶしかないかな」
通信機へ手を伸ばした、その時だった。
「ごめん、うるさい」
気だるそうな声が背後から聞こえる。
振り返ると、玲志が眠たそうな表情で立っていた。
「数少ない有給なんだからさ……」
従斧の主が玲志を睨む。
次の瞬間、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
玲志は静かに居合の構えを取る。
だが、その手には何も握られていない。
斧が振り下ろされる。
その瞬間。
玲志の膝蹴りが男の腹へ深々と突き刺さった。
勢いを殺さぬまま懐へ潜り込み、巨体へ身体を密着させる。
長柄の斧では攻撃できない距離。
玲志はそのまま体勢を崩し、大男を地面へ叩き伏せた。
男はすぐに立ち上がる。
玲志は再び居合の構えを取った。
立ち上がった瞬間。
後ろ蹴りが男の顔面へ炸裂する。
従斧の主はインスティンクトを発動した。
斧は羽のように軽くなる。
本来の「過重」とは真逆。
極限まで軽量化することで、凄まじい速度を得たのだ。
玲志はそれを見て、小さく息を吐く。
そして左手の親指をこめかみに当てた。
羽のように軽くなった従斧。
かつて最強と謳われた主。
それでも戦いは、一方的だった。
玲志の武器は恵まれた身体能力ではない。
居合の構えによる、間合いへ入った相手へのオートカウンター。
そして、こめかみに親指を当てることで思考を極限まで加速させる独自のルーティン。
本来なら戦闘では無駄になる動作。
だが、その無駄を積み重ねた先に、玲志だけの戦闘術があった。
やがて男の身体が崩れ落ちる。
朽ちるように、その肉体は力を失っていく。
従斧が主を見限ったのだ。
「あー、終わった」
玲志は興味を失ったように背を向ける。
その背中へ紬が声を掛けた。
「凄いね」
玲志は振り返りもせず答える。
「うるさいから、次から別の場所でやってくれ」
紬は楽しそうに笑った。
「ねぇ、私の部下にならない?」
玲志は面倒そうに眉をひそめる。
「初対面だよな?」
「良いじゃん」
「無理」
即答だった。
「はいはい」
紬は肩を竦める。
その後。
紬があらゆる手を回し、玲志が対策課へ所属するまで、それほど時間は掛からなかった。




