嘘泣き
ビーチにて。公開説教中。
部長はどうやらスイムのみで終えたらしい。
本大会のために体力温存だそう。
「済みません。お騒がせしまして」
部長が混乱を収めて群がった見物客を追い返す。
こうして波が引くように静かになった。
ついにアイミの存在がサマー部の皆に知られることに。
「では私もそろそろ…… 」
「ちょっと待ってくれ! あんたは誰から聞いたんだ?
一応俺は部長だから不審人物から部員を守る義務がある。責任があるんだよ」
男らしい部長。その肉体と相まって普段は感じられないほど魅力的に。
これが人前でなかったら抱き着いていたところ。それほど男気を感じる。
「部長…… こんな俺なんかのために…… 」
「いやそうじゃない。とりあえず紹介してくれないか」
こうしてアイミを部長たちに紹介する。
ただ紹介するにはあの苦々しい思い出も一緒に語らねばならない。
情けなくて仕方がないので細かいところは省略。補習仲間であるとだけ。
「そうか。隣のクラスの…… では俺たちの学校の生徒か。
なら応援してくれただけだったんだな。それは失礼なことをした」
誤解は解けたが何だか今度は俺が悪者にされかねない流れ。
ここはいっそのこと逃げるとしよう。それがトラブルを起こさない秘訣。
逃げ足だけは誰にも負けないぞ。
「それで彼に告白をされたの。だから…… だから…… 」
さっきまで散々キレて悪態をついていたのに途端に顔を抑える。
まさか感情が昂った? それとも嘘泣き?
うわ…… 勘弁しろよ。こっちが泣きたい気分だっての。
「お前何て酷い奴なんだ。しかも二股かけて取り合わせるなんて悪魔の所業。
この子が許しても俺が許さんぞ! 」
そう部長は単純で騙されやすい。しかも女の涙に弱い。
どんどん追い詰められる。俺が一体何をしたと言うんだ?
ただスイムを完走して希ちゃんとお喋りしてただけじゃないか。
それを邪魔したのはアイミの方だ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 」
頭が悪いくせにそう言うところだけは回転が異常に速い。
まだやってるよ。俺が泣いてやろうかな。
「どうせ嘘泣きですって。構うことはありませんよ。さあ行きましょう部長」
アイミの魂胆を見抜いて先へと促す。
これでは俺は物凄い冷徹人間になってしまう。
いやもしかしたら俺は自分では気づかずに熱を失っていたのかもしれないな。
ついつい心の中で格好つける。
「おい嘘泣きをやめろ! もう知らないからな! 」
そう言うと嘘泣きの涙が止まった。
そして満面の笑みを浮かべる。
あの物凄く怖いんですけど。
「お前さ。それだけかわいいんだからいくらだって男が言い寄って来るだろう?
そいつらと仲良くやってろよな。こっちは迷惑なんだよ」
つい強い口調になる。だがストーカーに甘くはできない。それに一応は褒めてる。
だから口調はともかく問題ないはずだ。
「いくら何でも言い過ぎだぞ。まあいいや。それより君はどうやってここに? 」
部員なら誰でも知ってるだろうが日時や場所はわざわざ調べないと分からない。
だからどうやって知り得たのかが気になって仕方ないと。
俺だってそうだ。たぶん希ちゃんだってきっとそうだ。
さっきから黙って見守ってるけど相当嫌がっていたもんなアイミのこと。
「それは秘密にしてくれって…… 」
アイミは意外にも律儀なんだろうか? きちんと相手を思いやっている。
「そう言ったのか? 」
部長は追及を緩めない。俺にはその犯人像が浮かんでいる。
「いえ言ってません! ただそう思うかなと」
馬鹿だがそれなりの想像力は働くんだろうな。
でもこれ以上馬鹿にすると足元をすくわれそう。
なぜなら俺と大差ないのだから。いや彼女の方が知能レベルは高い。
「おいおい。それで誰なんだ? 」
「はい名前は忘れましたがサマー部の…… 」
ここでストップ。時間稼ぎでもする気か?
「彼の親友で同じ補習仲間の…… そうあの人です」
アイミが指し示した方向から陸が走って来た。
「おーい俺の華麗なるバイクテクを見てくれたか? ハンドル捌きも」
すっかり忘れていたが奴の応援に行こうとしていたんだった。
そこでトラブルに発展。
部長にまで見られる失態。叱られるとはね。
「お前ふざけるな! 」
つい怒りから奴を突き飛ばす。
「おいおいフラフラなアスリートに何しやがる! 」
原因を作ったとは知らずにふざける困った奴。
「ああ…… アイミちゃんだ! 応援しに来てくれたんだ。
誘ったのに無視してたからてっきり…… 」
奴は手ごたえを感じてるようだ。
「お前な。勝手なことをするんじゃない! 」
「そんな部長…… 」
いきなり訳も分からずに説教を喰らう。ああ可哀想に。それでも自業自得。
サマー部の問題児で疫病神にまでレベルアップした奴はただそこにいるだけ。
こうして訳の分からない邂逅を終える。
これで一件落着なのかな?
「改めてサマー部の部長から正式にお願いする」
これはいい機会と取ったのかアイミを受け入れる態勢に。
「ちょと私は…… 」
「興味を持ってくれたんだろう? だったら入部してくれないか?
部員が少なくて困っていたんだよ。ぜひ頼む。この通り! 」
おかしな流れで勧誘。
果たしてアイミは誘いを受け入れるのか?
「悪いですがあの私…… 」
そう言ってこっちを見る。
うんうんと頷き断ることに賛成したつもりが逆に取ったのか折れる。
「分かりました。お世話になります部長! 」
アイミは部活には興味がなくその辺の問題はクリアしてるから障害はない。
嘘だろ? 何で?
もう言葉にもならない。
せっかく楽しく部活動に励んでいたのにアイミが来たら騒がしくて仕方がない。
続く