第95話 狂科学者、ベルグバルト大連山にて①
ベントはオウギワシのコンロボに乗り込み、ベルグバルト大連山へと向かった。
コンロボはエネルギー消費が激しいが、エアバイク改では水上走行で川を突っ切ったとしても半日以上はかかってしまう。
忙しいベントにとっては費用よりも時間のほうが貴重だった。
移動が速いこと以外にも、オウギワシには大きな利点があった。
それは、上空からベルグバルト大連山を見下ろせること。
そしてそれが、凶獣たちがいっせいに山から下りてきた原因の早期究明につながった。
「オウギワシ、撮影モード起動。記録開始」
ベルグバルト大連山は寒冷地にあり、かつ標高が高い山の連なりなので、草木がほとんど生えていない部分も多い。
ゆえに生命活動を脅かすような異変があっても見つけにくそうなものだが、それでも明らかにおかしな部分があった。
ベルグバルト大連山のほぼ中央に位置する山が数峰、消し飛んでいた。
まるで隕石でも降ってきてクレーターを作ったかのように山脈が凹んでいる。
ベントは峰がなくなって低い台地と化した場所で高度を落とし、低空飛行で辺りの様子を観察した。
しばらく飛び回っていると、台地の端の辺りに木造の小屋を発見した。
即席で簡易的に作られた仮拠点のようだった。
ベントには察しがついていた。それくらいのものはあるだろうと。
大自然に喧嘩を売った犯人と目的を考えれば、驚くことはない。
ベントは小屋の近くに降下し、オウギワシから降りた。
試しに小屋の扉を開こうとするが、しっかりと鍵がかかっていた。
――ウィイイイイン、シュウウゥ。
その音はベントの背後から聞こえてきた。
音の正体はエアトラック。シエンス共和国の主な交通手段のひとつで、エアバイクの倍の速度で走行できる。
そのエアトラックから、白衣を着た男が降りてきた。
「ほう。やはり君だったか、ベント君。そしてあの日、突如としてシエンス領内に現れてウィルド王国の方へ飛び去った怪鳥はこれだったわけだな」
険しい顔でオウギワシを見上げるその男は、かつてのベントの上司、ネス・サイス科学省長官だった。
オールバックに混じる白髪の割合が少しだけ増えているが、ベントがいたころより白髪の増殖スピードは落ちているようだった。
サイス科学省長官がオウギワシから視線を外したところで、ベントは挨拶の言葉を投げた。
「お久しぶりです、サイス長官。ついに完成したようですね。テストはうまくいったのですか?」
「ああ。成功した。あとは同じものを作るだけだ」
「予備も作らず、できたそばからテストしたんですか。ずいぶんとせっかちですね」
向かい合うふたつの白衣。
そこにはただならぬ緊張感が生まれていた。
「ウィルド王国の状況は衛星から監視している。その国土をエアバイクが走っていると知らされたときは驚いたよ。君がそんなに活動的だから、行政府の面々の催促がうるさいのだ」
シエンス共和国はベントが投核弾への対抗策を用意するまえに仕掛けたいということだ。
このぶんだと投核弾をひとつ処理すれば次弾はないとみていい。
ベントにとってその情報は大きな収穫だった。
ただ、そこに喜びはない。
あるのはシエンスの高い殺意への腹立たしさだった。
「敵に私という塩を送っておいてその結果も予測できないとは、滑稽にも程があります」
ベントのポーカーフェイスが崩れることはないが、しかし語調には少なからず感情がにじみ出ていた。
「怒っているのか? 君の身に危険が及ぶからか? 君は投核弾のことを知っているのだから、首都や国境から離れた地方に避難していればいいだろう」
「私の頭にあるのは、未来のことではなく過去のことです。あなたが山を吹き飛ばしたから、大量の凶獣たちが降りてきたんですよ。ウィルド王国北部の広域に被害が出ています」
「君は中部の伯爵領にいるのだろう? 被害が出たのが北部なら君には関係ないだろう。なぜ君が怒る。まさか君が他人のために怒るまいし」
いくらシエンス共和国がウィルド王国への攻撃を企てているとはいえ、本来の目的とは関係ないところで被害を生む必要はないはずである。
だが、それがこちら側の言い分でしかないことはベントも自覚している。
リベールから聞いた話だと、シエンス共和国はウィルド王国の土地を手に入れるにあたって、人口も減らす思惑もあるようだった。
それが事実だとすると、今回のことはシエンス共和国にとって濡れ手に粟だ。
サイス科学省長官は、行政府からはむしろほめられてしかるべきなのだ。
そこまで考えが至ったとき、かつてのベントならば怒りの感情など雲散霧消していただろう。
しかし、いまのベントはむしろ逆だった。
「ええ、そうですよ。他人のためではなく自分のために怒っているんです。私の友が危険にさらされたので」
「君に友だと? 冗談はよしたまえ。特に合理主義のメンツがそろっていた科学省の中でも特に際立って他人に無頓着だった君の言う言葉ではない」
サイス科学省長官は一笑に付した。
彼はベントが先の言葉を本気で言ったとは欠片も思っていないようだった。
そんな彼の意識を正すことに意義はない。
ベントは話題を変えた。




