第93話 謁見①
ベントはコミス伯爵とともにウィルド王城を訪れていた。
コミス伯爵が王家にエアバイク改を献上した折に、ウィルド王がベントに会って礼を述べたいと言ったため、コミス伯爵がその機会を調整したのだ。
ふたりは玉座の間の扉前で待っていた。
普段は白衣のベントだが、今日はさすがにスーツに身を固めている。
だがやはり色は白。
中に着るシャツとネクタイは黒だった。
しばらくすると、両開きの扉の片側が開いて内側から顔を出した近衛騎士が「入れ」と告げてきた。
そしてそのまま扉を大きく開く。
まずコミス伯爵が中に入っていく。
扉を押さえる全身を覆う甲冑姿の近衛騎士を一瞥し、ベントもコミス伯爵に続いた。
玉座の間は広く、そして明るかった。
部屋の片側には大窓が並び、中央の床には金縁の赤い絨毯が敷かれている。
それをたどった先には3段の小階段があり、その上に金色に縁取られた赤い玉座がある。
そして、そこに座っているのがウィルド王国の最高位、アグリオス・ウィルド第10代国王である。
ウィルド王を見たベントの第一印象は、気難しそうなじいさん、といったところだった。
少しほおがこけているが、瞳に宿す光は強く、白髪をきっちりと整えている。
彼がまとう黒い生地にはいたるところに金の装飾が入っており、その上から羽織る赤いマントにも同様に金の装飾が施されていた。
骨ばった指が年齢を感じさせるが、それに反して姿勢はよく、人生を2周くらいしていそうな貫禄があった。
ウィルド王の隣には側近らしき男がふたり立っており、壁際には甲冑を着た近衛騎士たちがズラリと並んでいる。
コミス伯爵は小階段の2mほど手前で止まり、片膝をついて頭を下げた。
ベントも斜め後方でコミス伯爵にならった。
「伯爵モーヴ・コミス、参上つかまつりました。先日、ウィルド王陛下が会ってみたいとおっしゃられていたベント・イニオンを連れて参りました。こちらがそのベント・イニオンにございます」
「お初にお目にかかります。ベント・イニオンと申します」
頭を下げたまま待っていると、玉座のほうから咳払いののちに「おもてを上げよ」とのお達しが届いた。
穏やかながらよく通る声だった。
「モーヴ卿、そしてベント殿、よくぞ参られた。このウィルド王国にエアバイクの技術をもたらしてくれたこと、深く感謝している」
ウィルド王はコミス伯爵のことをモーヴ卿と呼んだ。
それに関して、ベントは事前にコミス伯爵から説明を受けていた。
ウィルド王は爵位を持つ者のなかで親しき者の名前を卿付けで呼ぶ。
つまり、コミス伯爵はウィルド王にとって友とも呼べる存在なのだ。
いまではウィルド王が卿付けで呼ぶのはコミス伯爵だけということだった。
ウィルド王は側近ふたりと近衛騎士全員を退室させた。
ウィルド王が人払いをしたのは、コミス伯爵と友として話がしたいと思ったからだろうとベントは推察した。
最後のひとりが部屋を出て扉を閉めると、ウィルド王の表情が少しだけ柔らかくなった。
「モーヴ卿、それからベント殿。聞かせてはもらえぬか。これまでシエンスは技術的優位を手放すまいと頑なにエアバイクやエアトラックを輸出しなかったし、技術が漏洩せぬよう情報管理も徹底していた。それがなぜ技術者をウィルドに出したのだ?」
ベントはいまの段階でどこまで言っていいのかをはかりかねたので、コミス伯爵のほうに視線を向けて様子をうかがった。
コミス伯爵はベントの内心を察したようで、うなずいてみせた。
「ウィルド王、その経緯に付随して報告しなければならないことがあります。説明はベント殿からお聞きください。ベント殿、すべて話して構いません。それを可能とする状況をウィルド王が作ってくださったので」
どうやらウィルド王は融通が利く人で、頭の固い連中に聞かせることがはばかられる内容でも受けとめてくれる器の大きい人物らしい。
そう判断したベントは、コミス伯爵にうなずき返した。
「わかりました。まず私がウィルド王国に渡った理由ですが、私はシエンス共和国から追放されたのです」
「なんと!」
さすがにウィルド王もその両目を大きく見開いた。
前傾姿勢になり、椅子の肘置きの先端を握りしめている。
「我がウィルド王国はシエンス共和国からの追放者の受け入れはしていない。それはつまり、不法入国ということに……」
ウィルド王は目を閉じて眉間にしわを寄せた。
ベントを責めようという意思は感じられない。どちらかというと、部下の致命的なミスの報告を受けて対処に悩んでいる上司のような雰囲気だった。
そこへコミス伯爵がすかさずフォローを入れた。
「たしかにベント殿は不法入国していますが、それについては伯爵家の裁量において解決済みです。不法入国に関しては、もはや何も問題は残っておりません」
ウィルド王国では、王家が制定した法律に基づいて各地の領主が裁判をおこなう。
つまり、伯爵領においてはコミス伯爵が裁判長であり、彼が無罪と言えばベントの不法入国は罪たりえない。
「そうであろうな。よかった、よかった」
ウィルド王は顔に安堵の色を浮かべ、高い背もたれに体を預けて大きく息を吐いた。




