第99話 期待と自信の乖離②(リベールSide)
リベールは息を詰まらせていたが、セルフィートが咳払いをして注意を引いた。
「リベール。これは幻惑迷彩の対策品だったな?」
「あ、はい。目に映る像と実体の位置がズレている場合、ゴーグルから見える光景がサーモグラフに切り替わります。ベントが実際にいる位置が赤くなります。ゴーグルなのでスプレーから目を守ることもできます」
リベールは幻惑迷彩を持っていないので、効果を示すことはできない。
不安を口にされるまえに次の開発品紹介に移る。
「次……これは粘着物質剥離スプレーです。通称、剥離スプレー。粘着液の粘着性を奪います。これについてはウォルグのときと変わっていません」
「へぇー。これは花柄じゃないんだ」
マイネが手を背中側で組んで前傾し、まじまじと観察している。
無塗装の銀色が鏡面になっており、湾曲した鏡がマイネの顔を変形させている。
「スプレー缶はデザインを変えると識別が紛らわしいので」
「剥離スプレーって書けばよくない?」
「…………」
リベールは4つ目を手に取った。
「これは辛味微粒子吸着マスク。通称、防辛マスクです。マスクの両側に付いた吸収缶がオレオレシン・カプシカム・ガスを吸着して空気を清浄化します」
「これも花柄じゃないじゃん」
「吸収缶が使い捨てなので……。本体だけ花柄にすると変かと思いまして……」
マスクの両側には吸収缶というパーツが付いている。
これが着脱可能で、つまりは使い捨て品なのである。
「なるほど、面倒だったわけね」
「あっ、いやっ、そうでは……なくて、ですね……。消耗品の費用はできる限り抑えるべきでして、決して手間を惜しんだわけでは……」
「費用って、たかが知れてるでしょ。姉さんはランク1stなわけだし、実際、姉さんが投資した額からすれば、印刷費なんて微々たるものなんじゃないの?」
マイネが腕を組んで前傾し、リベールの顔を覗き込む。
普段の彼女はあっけらかんとしているが、理にかなっていないことばかりを言う者に相対すると、こうして不快を顔に出すことがある。
そんな珍しい一面をマイネから引き出してしまい、リベールは狼狽した。
だがそれは半分だけだった。
リベールはもう半分を言葉としてぶつける。
「マイネさん、俺のことを怠け者で嘘つき野郎だと疑っているんですか? 俺は最善を尽くしていますよ。いわれなき疑いを向けられるのは心外です! たいへん遺憾です!」
リベールが感情をむき出しにするのは、ギルド・ピオニールに来てからは初めてのことだった。
さすがのマイネも驚いたらしく、両手を前に出してリベールをなだめにかかる。
「そんなつもりはないよ。たしかに不信感を抱いたけど、それは怠け者とか嘘つきとかを疑ったわけじゃなくて、その、なんというか……科学者なのに、あんまり頭はよくないのかなって……」
その言葉を受けたリベールは、口を半開きにしたまま硬直してしまった。
それを見たマイネがハッとして気まずそうにする。
まるで「つい本音を言ってしまった」とでも言っているようだった。
そんなふたりを尻目に、セルフィートは防辛マスクを試着していた。
吸収缶の着脱方法も自分で見つけ出した。
ウォルグ用は犬のマズルのようだったため不興を買ったが、セルフィート用はシエンス人の科学者が着けている防毒マスクのイメージが浸透していることが功を奏し、不格好でも許された。
「これでじゅうぶんだ。文句はない。だからマイネ、余計なことを言うな。花柄は入っていないほうがいい」
「そうだよね。ごめん、姉さん」
リベールは口を閉じた。
口以外の筋肉は動かなかった。




