◎Playing Title:『世界を歩く』
創世暦元年 1月3日
サイト:World View ターゲット:Mephist スタイル:Standard
惑星:Gamer's World
空の青と海の蒼が織り交ざる飽和領域。そこに鳥々のシルエットなどは見られない。
世界はただ凛然と存在し与えたファクター以外は反映しない。信じる信じないの問題では無く、そこにはただ事実が存在する。創造主の創作物、それがこの世界の厳然たるルールで在り、そして全てである。
存在する実像が生々しいまでの質感を帯びているこの世界を仮想現実だと理解するまでには時間がかかる。その倒錯した感覚の中で主体者は自らの目的を思い出そうとしていた。
この世界に存在するメフィストは創造主のアバターだ。クリエーションモードで世界を創造し操っている創造主を実像とするならば、アバターはただの影に過ぎない。ならばその時得ている感覚は仮初めに過ぎないのか。答えは否、だからこそ世界の体験者は戸惑いを覚える。
手にすくった真白な星砂が指先から零れるその感覚が脳を刺激する。
絵に描いたような世界がリアルな質感を以て再現されている。だが一抹の違和感は拭えない。無駄な物が一切省かれた世界は完璧だからこその不完全さを秘めている。貝殻一つ落ちていない砂浜は確かに美しい。だがそれが違和感になる。猥雑なまでに溢れ返った現実の海辺との無意識の比較、それがこの世界を無機質と感じさせたのだ。
だが全ては杞憂。その意味を知る事が創造主としての第一歩となる。
青年は吹き流れる海風に両腕をかかげ背伸びをする。
降り注ぐ陽光の温かみを感じながら、胸一杯に空気を吸い込んで深呼吸する。磯の香りで満たされると思わず綻んだ口元から笑みが零れる。景色を堪能する事も程ほどに、島の景色に見惚れる事が当初の目的ではない。
求めてきたのは他に理由がある。
職務に忠実に、それが彼の信条だった。遊びで来ているわけではないのだ。
その点メフィストは冷静だった。迷わず当面の目的に返る。
百メートルほど離れた海岸線沿いに立つ藁小屋。そこは彼がこの世界に立てたGamer's Houseに他ならない。実体化した創造物に心が小躍りするのを感じながら彼は必至に抑えていた。
海風が運ぶ湿った藁の匂い。その香りの表現の仕方に悩むところではあったが強いて第一印象を言葉に表わすならば悪くはない。
独特の臭味は嫌悪感を催すような対象では無く、寧ろその香りで歓迎してくれているような優しい包容力がある。
開かれた扉を潜ると、中は薄暗い。
藁の隙間から漏れる陽光が僅かに照らす室内には何も無い。ただ藁が敷き詰められているだけである。
オブジェクト何も配置されていない。そこまで気が回らなかったことをメフィストは多少後悔していた。
内観もある程度は揃えて来るべきだったかと。
思わず寝転がりたくなるような柔からな藁地を見つめながらただ何をする訳でもなく入口に佇みその内観を瞳に焼き付ける。
プレイヤーとしての目的に身を埋めるならば事は容易い。だが彼は表現者である。
あらかじめ目的と定めた情報を、読者に伝える義務がある。
藁小屋の周りではモコモコと砂浜を転がる桃毛のラヴィたちがすり寄ってくる。
愛らしい彼らの挙動を見つめながらメフィストは葛藤する。
彼はふと腰元に手を当てると金属的な感触に視線を落とす。腰元に吊り下げられた鞘にはブロンズナイフが収められていた。それは獲物を狩る為の武器と呼称される代物だ。
深呼吸をして獲物に狙いを定める。だが何故だろうか。突き出す一手がどうにも伸びない。
おかしな心の風の吹き回しに、彼は気分転換にと波打ち際へと歩を向ける。
浅瀬では青白の殻を背負った陸蟹が鋏をかかげて来訪者を迎え入れてくれた。
シャメロットはその人物こそが彼らをこの世界に生み出してくれた創造主であると認識しているのだろうか。自らを覆う影を見上げながらただ微動だにせず。
そんな彼らを前にメフィストは再び腰元の短剣に手を掛ける。
眼前の小さき獲物は覚悟を決めたのか、それとも――掲げられていた小さな鋏が下ろされる。
少なくとも彼はメフィストの事を敵だとは認識していない。
葛藤の時は暫し続いた。だがやがては答えに辿り着く。それは予め決まっていた事のようにさえ思えた。
無抵抗なモノに刃を向けた事が酷く恥ずかしい。それは罪悪感。
仮にあのまま攻撃を加えていたらと思うと、メフィストは結果を恐れた。
何故狩る事ができなかったのか。その理由は当人でも説明に困惑するところだった。
詰まるところは、動機が不十分。狩れば資金と経験値が得られる。その最低限の理屈は分かっている。だが資金を溜める為、又は経験値を稼いで創造主としてレベルアップを図る為。果たしてそれが狩りの動機と為り得るのか、メフィストには疑問だったのだ。
狩る為には充分な動機が要る。それは体験から得た素直な感想だった。
世界に生み出された創造物に触れる。
それは創造するという行為の尊さを学ぶ事でもある。
神という立場に奢らず、神が創造した世界をアバターの視点を通して客観的に眺める。
そこで得られる経験値とはシステム的な値には留まらない。
実際にこの世界を歩いて初めて、彼はこのゲームの奥深さを感じていた。