◎Playing 0/4/2 : 『雨桜』 God:Kojiro
創世暦元年 4月2日
サイト:World View ターゲット:Kojiro スタイル:Classic A
惑星:Monohosi
花下でささやかな余興をと。
広げた風呂敷に並べた料理と美酒を囲んで、華やかな会合を期待していた小次郎にとって若干の落胆を隠せない事は確かだった。
空を見上げれば、曇天が零す雨粒が桜の細枝を撓らせる。
残念だ、生憎の雨と来たか。
けれども桜が消えた訳ではない。風呂敷が広げられないのであれば、別にまた方法はあるだろう。
傍らで共に枝垂れた桜を見守る葵に向けて小次郎は一寸の時間をと場を離れる。
風情を楽しむ前に、必要な事は屋根だ。そう考えたのである。
創造主の世界へと消えた小次郎は半刻も経たぬ内に舞い戻ってきた。
彼が消えた数分後には農園を取り巻く桜並木の外れに、小さな藁小屋が忽然と現れた。生活を軸とされない建物の内には、ただ雑談用の肘掛けテーブルと対座の丸椅子が置かれているのみ。
神が齎したちぐはぐなその雨除けの中で待っていた葵は既にテーブルの上に、予めこさえてきた料理を並べていた。
「雨桜とは神様も粋な計らいをしてくれましたね」
「それは僕の事? いや、本当に神ならば天候くらい操れて一人前だろうね。残念ながら、その力はまだ持ち合わせてないよ。加えて言うならば、仮にそんな力を僕が持っていたならば、やはり晴天を望むけどね」
「まぁ」
春の到来を喜んでいるのだろうか。耳を澄ませば鶫が鳴いている。
桜に紛れて雨宿り。鳥も人も、春の元で一つとなっている。
「桜に合わせる鳥が見つからなくてね。苦労したよ」
「素敵な音色ですね」
「そういって貰えると嬉しいね」
創造主としての楽しみは、自由自在に世界を演出する事にある。
世界を褒められる事は自分の事のように喜ばしい。
この四ヶ月間の中で、小次郎にはある自覚が芽生えつつ在る。神としての創造活動は新たな叡智を与えてくれる。だが、それでも元を辿ればただの人なのだ。一個人に創れる成果などたかが知れている。たとえ神と奢る程の高慢さとより純粋な気持ちなどを持ち合わせていたのならば、世界観はより深まっていたのかもしれない。だがそれでも予め人が創れる物には限界がある。彼はそう思っていた。
自分はなんとちっぽけな世界しか生み出せないのだろう。その時、表わせる世界が彼の全てであると。だがそれも違う。
大切な事は円からはみ出さない事だ。はみ出した思考は何も生み出さない。想像を具現化するという事は思考を円の枠内に収める事だ。
それは枠外の発想を否定する事には為り得ない。何故ならば人の発想を司る円の輪は成長するのだから。今はまだ小さな枠かもしれない。だがそれでもいい。想像を創造とする力を願うならば、円は無限大に成長して行く。輪が広がれば自然と生み出せるものも大きくなる。
限界論にも無限論にも確たる根拠など返せない。これは信条に纏わるただの願いである。
結局は損得勘定に掛けてみて、どちらが幸せに生きられるか。ただそれだけの事なのだ。
しんしんと降り注がれる雨に紛れるように、軒先に舞い込んだ花弁が小次郎の手の甲にぽつりと落ちる。薄桃色の花弁に何を見たのか。手の中の握り飯を頬張りながら、ふと向いの葵に視線を流す。
その向いた視線を感じたのだろうか、瞳に少年のような純粋さを浮かべた真っ直ぐな小次郎の視線に思わず頬を紅潮させる葵。
「どうしたんですか? そんなに真っ直ぐに見つめられては恥かしいです」
「いや、なんか温かいなと思ってね。これも季節がそう感じさせるのかな」
「まだ肌寒いじゃありませんか。それに今日は生憎の雨ですし」
「確かに、言うとおりだ。どうかしてるのかもしれない」
含んだ言葉を呑み込んで、再び小次郎は雨に打たれる桜へと目を戻す。
春夏秋冬。季節は春。
始まりの春。目覚めの春。
だが見逃せばあっという間に過ぎてしまう。振り返る間など無いのだ。
瞳に映るこの桜はおろか、全ての出来事を魅力的に記憶に焼き付けようとするのは、やはり気持ちが浮ついている証拠に違いないと、小次郎は美酒に酔う。
こんな気分にさせるのもやはり春の魔力のせいだろうか。
雨はしんしんと降っている。
咲き乱される桜は変わらずそこに在る。