第60話 何故彼女が王都にいるのか
「アンタみたいな人物がなんでこんな所にいるワケ? その姿、訪問で来たワケじゃないでしょ?」
着古した旅用のローブと度重なる戦闘でボロボロになった杖を背負う僕は言い訳出来ないと観念して彼女、カミア前で格好を正す。
ウィルさんやイズナさん、ルナリアさん達には言えるはずも無い秘密を抱えた僕の正体を知る人である彼女は目を見開いて僕の事を見ている。
「……お久しぶりですねカミア。でもそのセリフはそっくりそのままお返ししますよ」
「いや、私も大概だけどアンタは本気で洒落にならないってワケ」
「うっ……!」
ちょっとそれらしく言っておけば少しは誤魔化せると思ったが、カミアはそれ位で意識を逸らされるほど単純では無い。いつも一緒にいる彼女ならば恐らく通じていただろう。
「それにアルって名前……。ふーん、私と同じような理由って所かしらね」
同じような理由? カミアも何か事情が有るのだろうか。そうでなければここには居ないはずだ。何故なら僕とカミアの故郷はこの王都から遠く離れているからだ。
「まぁ良いわ、アンタの話が聞きたいけどこんな所じゃ話せないから着いてきなさい。後ろの丸太抱えたアンタもよ」
「俺は構わない」
「分かりましたカミア。付いて行きます。……それで、一体何処へ?」
「私の家よ。……そして後ろのアンタ、丸太は置いて行きなさい」
「む……、なかなかの丸太だったのだが……」
「ウィルさん、それは窃盗ですよ。お金が出来たら買いましょう」
「それもそうだな、丸太の持ち主返してこよう」
「……そう言う理由じゃないでしょ」
「ただいまトリエリ。客も一緒よ」
「もう、遅かったじゃないカミア。一体何をしてって、男の子〜! やるじゃなっ……あ、貴方はもしかして……?」
招かれた広いカミアの家の中に入ると妙齢の女性の声がする。
しかし、周囲には人が居なく、乱雑に本が置かれた机の上に一匹の黒猫が座っているだけだ。
そう、その黒猫が僕達と同じ言語を発し、カミアさんと会話をしているのだ。
「喋る黒猫……使い魔か?」
「ウィルさんも使い魔の事をご存知なんですね」
「使い魔を使役する人物を一人知っているのでな」
使い魔、それは高い知性を持ち、契約によって人と強く結びつき共に生きる魔物の事だ。
魔物と共に戦闘するものはテイマーと呼ばれ、かなりの実力者が多い。
ただし、言語を解する程の知性を持つ魔物は非常に貴重な存在で、滅多に見ることはない。
故にそれほどの魔物と契約している人物はただ者ではないと簡単に見分けがつくのだ。
「イシュタール家の使い魔の黒猫、シャンタッカーの娘、トリエリでしたか? お会いするのは初めてのはずですが、僕を知っているのですね」
「お、お母様ならともかく、よ、よく私までご存知ですね……。も、もしかしてですけど~……そのぉ、カミアを連れ帰りに?」
「いや、そう言う訳では無いですが……? カミア、どういう訳ですか?」
「お茶位出すから待ってなさい。話はその後よ」
カミアの事情を早速聞こうとしたところを制止される。
連れ帰りに? ……彼女は何らかの理由で家を出たのであろうか。
そんな事を考えているとき、トリエリはおろおろしながらカミアへと問う。
「カミア、大丈夫なの?」
「フフン、このカミア様に任せなさい!」
……何故だろうか? トリエリの様子に僕は不穏な空気を察してしまう。
そう言えば部屋は大量の本が散らばり片付けが出来ていない。
まさか彼女は……?
「ほら飲みなさい。カミア様が特別な配合をしたお茶よ」
思ったより早く戻ってきたカミアから配られたお茶が入ったティーカップを覗き見て、匂いを嗅いでみる。 嫌な想像と違い普通の色と匂いがする。
トリエリの反応を見るにお茶を満足に淹れられないのでは? と僕は早とちりしたが、そんな事は無かったようだ。僕は早速お茶を飲んでみることにした。
「いただきます。……ブブッー!! げほっ、ごほっ!?」
味の反体制運動。
一言で表すならそうであろう未知の味であり、体が飲むことを拒否してしまった。
隣を見ると眉間に目一杯皺を寄せたウィルさんと空のティーカップが置いてあった。
コレを飲んだと言うのか……!? これを飲むなら毒を飲んだ方が幾分ましな味だと言うのに。
「……反吐が出そうな位甘いのに後味が苦くて、口内を突き刺すような刺激? そして胃腸の中で暴れて……? これは……毒か? あまり毒が効かない俺だが、味だけで頭がクラクラしてきたぞ」
「失礼ね! 紅茶よ!」
「ああぁ、カミアがぁ……カミアがぁ……! 帰ったらお母様に殺されてしまうぅ……」
「トリエリ、うるさいわよ! 私はちゃんと紅茶を作ったわ!」
あの一切表情を変えないウィルさんがこの状態だ。僕なんか飲めるわけが無い。
意外と繊細な舌を持つイズナさんならもっと酷いリアクションをするだろう。
「か、カミア、この紅茶には何を入れましたか?」
「え? アンタ達が疲れてそうだから疲労回復でマンドラゴラ。体力増強のチカラタケ。色付けにキラービーの体液とアカイウオの涙。そして匂いがキツくなったから匂い消しにアロキエール草を入れて、最後に紅茶の匂いを再現して作った香料を入れたわ! 完璧でしょ?」
聞いているだけで頭が痛くなってきた……僕の知っている紅茶の作り方とは何から何まで違う。予想通り彼女はいわゆる家事ができない人なんだろう。それにしてもこの惨状は酷すぎるが……。
「ぼ、僕がお茶を淹れるのでキッチンを貸していただけますか?」
「え? 良いわよ?」
すぐにお湯を沸かし、普通の紅茶を作り皆に差し出すとカミアは恐る恐る飲む。いや、貴女がそんな反応をするんですかとツッコミを入れたくなる気持ちを抑え、一言だけ添える。
「良いですかカミア。これが普通のお茶です」
「……悔しいけど美味しいじゃない。お茶は淹れられない方がフツーよ、フツー……」
「いつもの数倍美味く感じるな……しかし無人島に暮らしていた時に食べた、毒を持った魔物が美味く感じるとはな。世界は広いな」
「アンタはアンタで失礼な男ね……」
紅茶を飲み、一息ついたところで本題に切り出す。お互いに気になっている事を聞くためにここに来たのだ。お茶を飲みに来たわけでは無い。
「僕も正直に話します。だからカミア、教えてくれませんか? 何故貴女がここにいるのかを」
カミアは腕を組み胸を張り、ふんぞり返る。これは彼女が話をするときの癖で、幼い頃から変わっていない。偉そうな態度に懐かしさを覚え、ふと笑みが溢れる。
「良いわ、聞かせてあげる……。私は家出したのよ! あの家は私を落ちこぼれ扱いするから頭に来たのよ! 理由はアンタの兄よ」
「……兄上が?」
僕には二人の兄と一人の妹がいる。あまり二人の兄とは仲が良くないが、僕の身内が関わっているとなると……家同士の関係か?
「ほら、私の家系って本来は火属性の魔術師家系じゃない? それでアンタの一番上の兄貴も生粋の火属性。だから私とアンタの兄貴が婚約するのを家は期待していたのよ」
「兄上と……? ですがカミアとは歳が10以上離れていませんか?」
覚えが正しければカミアは12歳で、僕の一番上の兄上は25歳と2倍の差がある。結構な年齢差だ。
僕の故郷では16歳で成人として扱われ結婚も出来るが、兄上は何でも「俺が気に入る女が居ないから結婚はしない」と言って僕が家を出る3年前まで婚約者の一人も居なかった。
それで、カミアを兄上の結婚相手にしようとカミアの家が動いたのか。
「私達の世界で年齢なんて飾りみたいなモノでしょ? 要は世継ぎを産めれば良いんだから、家からしたら私と50歳の男でも問題無いワケ。で、属性検査の結果私の魔力属性は水・風・土の三つで御家の計画は頓挫。非常に優秀な魔術師になる素質をガン無視して周囲は落ちこぼれ扱い。なぁ~にが緋星の瞳じゃなくて似非の瞳よ。その言葉にムカついたから魔法の知識を持っているトリエリを拐ってこの王都ストックまで来たってワケ」
彼女は握り拳を胸の前に持ってきて怒りを表現している。どうやら思い出すだけで相当頭に来ているようだ。
「魔法を教えなさい! って言って無理矢理私はカミアに連れてこられたのよ。ご丁寧に使い魔として専属契約まで結ばれてね」
「何よ、その代わり良いもの食べさせてるじゃない」
「それはそうなんだけどこっちには良い男が居なくて退屈なの。 王都には優しいけどワイルドさが足りないのよ! 良い恋愛は美の秘訣よぉ!」
「トリエリの男の好みは知らないわ。それで、晴れて私は家出して一年でこの王都上位の狩人になったってワケ。さぁ、私の事情は話したわ。アンタは何でここに居るのよ?」
自由な彼女らしい理由で王都に来ていた。僕と変わらない位自分勝手で我が儘な理由で、なんだか気が楽になった気がした。ならば僕も身勝手で自分本位な身の上話を話そう。
「アル、俺がいて話しづらいと言うのなら席を外すが?」
「いいえ、結構です……ウィルさんには話しておきましょう。ただし、他言無用でお願いします。実は僕は――――」
僕の事情、そしてこれまで旅路の簡単な話、そして現状お金を盗まれた後にイズナさんと何故か稼ぎの勝負する事となったことをカミアに話す。魔人と戦った事も話すと彼女は少し驚いたように目を見開いたが、それ以上の反応は特に無かった。
「ふーん呪いを解くために旅をねぇ? あそこの偉ぶった輩はは陰湿な奴が多いから納得だわ。ねぇトリエリ、呪いについて何か知らないの」
「知ってるわよ。でも大方アートス様が言っている情報と被っているけどね」
「その、アートス様じゃなくてアル、って呼んでいただけますか? 他の仲間には僕の事を知られたく無いので……」
トリエリは呪いの事を知っている。
やはり僕の故郷の方でこそ知られているものだったのか。
こっちに来てから調べ初めても一切見つからないものだから怪しいと思っていたが……。
「分かりましたわぁ。ただ不明な点が二つ。呪いとは怨み等の意識を向けられた本人がかかるものです。赤子からかかっているなど、私は聞いたことがありませんわぁ。声が聞こえると言うのも聞いたことが無いです。それに呪いとは一つでも致命的なものなのに、それをいくつも飼い慣らしているとなると、アル様の魔力はとんでもない容量と言う事になるのですが……?」
「そう言えばアンタも杖を持ってるって事は魔術師なのよね? 属性適性いくつあるのよ?」
「……火・水・風・土です」
カミアは驚いて席を立ち上がる。その表情は怒りを含んでいる。彼女が怒っている理由はなんとなく察した。
「はぁ!? 何それ、私より多いなんて信じられない! アンタ、呪いがかかって丁度良いくらいじゃない!」
「カミア!」
トリエリがカミアを非難するように叫ぶとカミアはハッと我に返る。そして済まなそうに俯いて再び椅子へと座り込む。
「……ごめんなさい。私と同じ3属性に加えて火属性まで持っている事に対して正直妬んだのかもしれない。……その、言い過ぎたわ」
「いえ、気にしないで下さい。もしかしたら呪いが沢山かかったお陰で魔力の総量が増えたかもしれませんからね。それに、この呪いも半分位は解けた感覚がします。完全に解くため、僕はまだまだ精進するつもりですよ」
まぁあくまでも感覚なので一体どれだけの呪いがこの身にふりかかっているかは僕には分からない。だがアルストにたどり着き僕の運命は大きく動き始めている。それだけは確かな事だ。
「あっ、私呪いを解く方法を一つ知っていますわぁ!」
「本当ですか? 宜しかったら教えて下さいトリエリ」
「ロマンス小説にかかれてたわ! キスよ! 真実の愛が呪いを解く鍵なのよぉ! アル様、誰か特定のお相手とか、想い人とか居ませんの!? キャー!」
僕はそんな答えに驚きや呆れなど多分に含んだ表情をしているだろう。カミアが呆れた表情でトリエリをたしなめる。
「トリエリ、アルが凄い顔をしてるからもう止しなさい。この万年恋愛脳猫!」
「ご、ゴホン、取り乱して申し訳ありませんわぁ…… そ、その命と去勢だけはお許しを!」
「貴女は貴女で僕を何だと思っているのですか……?」
いや、もしかしたらトリエリはこの少し重くなった空気を変えるために話題転換をしたのかもしれない。彼女の母猫であるシャンタッカーは思慮深く、気取らせない使い魔だと聞いた事がある。
「キスならイズナに頼んだらどうだ? 勝負に勝ったらキスをしてくれとな。いや、呪いを解くためと言えばイズナは普通に協力してくれと思うぞ?」
「ちょっとウィルさん、いきなり何を言い出すんですか?」
勘弁してくれ。僕が何の恨みを買ったのかウィルさんは唐突に爆弾発言をぶっこむ。よく見てみるとウィルさんの焦点は定まっておらず、明らかに先程の紅茶でやられているようだ。 ……自白剤でも混入したのであろうか。
「へぇ~、イズナって行き倒れてたアンタを拾った娘よね? ふーん、へへぇー? 面白い事を聞いちゃったかしらー? んー?」
「恋バナ!? 私、恋バナ大好物よ! カミアったら浮いた話の一つも無いから詰まらないのよ! 態度が滅茶苦茶大きいから!」
「トリエリ、アンタは後で覚えておきなさいよ……」
僕はため息をつき、どう弁明しようとした矢先、ウィルさんがまた口を開く。
「風呂も水浴びもまるで示しを合わせたようによくイズナと一緒になるから、俺はそう言う事だと思っていたが?」
「あ、アンタ……救いようの無い変態なのね……」
カミアは僕を汚物を見るような目で睨みながら自らの体をかき抱いている。勘違いだからそんな目で見てくるのは止して欲しい。
それにウィルさんはイズナさんと風呂や水浴びのタイミングが被るのを知ってて何故黙っていたの事と、僕は新事実が次々と発覚して驚くが、先に皆に訂正することを優先した。
「違います、これも呪いのせいで故意じゃないんです。本当です」
「呪いのせいにするなんて最っ低……」
「はぁ……もうそれで良いですよ」
カミアは思い込みが激しい性格なので僕の言うことを取り合わない。
あぁ疲れる。今日は皆に振り回されてくたくたになってしまった。少しで良いから僕の話を聞いて欲しい……そう思いこめかみに手を当て天を仰ぐ。
「そう……分かったわ。ま、そう言う事にしておいてあげるわ。よし、決めたわ。アンタ達! このカミア様がその勝負に一枚噛んであげようじゃない! しばらくウチで寝泊まりしても良いしパトロンにもなってあげようじゃないの!」
「僕達は助かりますが、何が狙いですか……?」
「決まってるじゃない。暇潰しとアンタに貸しを返せないくらい作って、困ったときに貸しを返して貰うからよ」
「カミア、アル様を助けたいからで良いじゃないの? そう素直じゃないから友達が出来ないのよぉ?」
キッ、とトリエリの方を睨み付けて怒りを露にするカミア。お互いに遠慮無いのは相当な信頼関係を築けている証拠だろうと、僕は少し微笑ましく思った。
「うるさいわよトリエリ! で、アンタ達はどうするワケ? こんな美味しい話は他にないわよ?」
素直じゃない彼女の事だから恐らくトリエリの言っていた事も理由なのであろう。それに色々と王都でやるにしても知り合いが居るのは凄いアドバンテージになる。
ここはお願いする他無いだろう。
「そうですね……。それじゃあ宜しくお願いしますカミア」
「世話になるカミア」
「ふふん、宜しくね。アンタ達!」
こうして僕とウィルさんはカミアと言う協力者を得て、王都に謎の魔道具ブローカーとして少し名が売れる事と、カミアの手料理を何度も食べて毒耐性がつく事はそれはまた別のお話。




