第61話 どうすればクールガイになれるのか
「イズナ、マル対は裏路地に入ったぞ! 行き止まりまでそのまま追い込め。俺も後で追い付く!」
「了解!」
薄暗い裏路地へと駆けていく影、探偵であるマサト=オオシマとマサトに雇われの身である俺は素早い身のこなしでとある依頼のターゲットを追い詰めていく。
あらかじめ地図を見せられて覚えたこの裏路地の地形を把握している。行き止まりへと誘い込む為に俺は小石などを投げてターゲットの進行方向を誘導する。
そして狙った通りにターゲットは行き止まりの壁の前で足を止めた。
「へへ、随分と逃げ回ってくれたがここは行き止まりだ。もう逃げられないから観念しな」
「…………」
ターゲットはジリジリと近付く俺を凝視し、いつでも動けるように体制を整えている。
「オラッ!」
俺は素早く確保するためにターゲットへと飛び付く。捕った! そう確信するほどの出だし。しかしターゲットは俺の右でも左でも無く、あろうことか頭上を飛び越えたのだ!
ターゲットの表情は見えないが恐らく勝ち誇っているに違い無い。
急いで態勢を整え後ろを振り向くとそこには既にターゲットを確保したマサトの姿があった。恐らくターゲットの着地の瞬間に捕らえたのだろう。
「はい確保っと。お疲れ」
「うわー! また捕まえられなかった!」
服が汚れようとも気にしない。俺は四肢を投げ出して石畳に転がり悔しがる。
この仕事に就いてもう二週間、14日経ったのに俺は未だにうまく行って無かったのだ。
悔しげにマサトの方を見てみるとターゲットは大人しくマサトの腕に収まっていた。
「にゃー」
「おう良い子だ。さ、飼い主の所に戻ろうな。」
猫だ。毛むくじゃらで四足歩行。何処の村や町でも一匹は見かける愛玩動物だ。
あー、噂だけどそう言えばこの王都には喋る黒猫が居るらしい。
喋る人の形をした以外の生物なんて聞いた事が無い。眉唾物だが実際に見たら俺はとても驚く自信がある。一度喋るお面で死ぬほど驚いたし。
「ほらイズナ、悔しがって無いで依頼主の所に行くぞ」
「はーい……よっと!」
寝たまま両足を上げ上空を蹴る様に足を突き出し、全身のバネお勢いで数メートル離れたマサトの横まで立つ。
マサトは感心したように猫を片手に抱えて拍手をしてくれた。
「おー、跳ね起きでこんなに跳んでくるなんてやっぱり凄い身体能力だな」
「ははっ、猫も捕まえられないけどな……。俺はそれよりも簡単に猫を捕まえられるマサトの方が凄いと思うよ。全力を出せば俺も捕獲出来ると思うけどな確実に怪我を負わせそうだからなぁ」
「いやー猫の動きに合わせて並走出来る奴の方が俺的にはよっぽど凄いお思うね。少なくとも俺の故郷にはそんな人間は居なかったからな」
「狩人なら割りと居るよ? なんせ普段が魔物と戦っているからな。マサトはそう言う狩人の知り合いとか居ないのか?」
「狩人と仕事で関わる事は無かったからな。飲みの知り合い位なら居るが、身体能力を見たりって事は酒場の喧嘩位だからまともには無いな。お、依頼主の家に着いたな。イズナ、少し外で待っててくれるか?」
「ん、分かった」
話ながら歩いていると立派な邸宅の前へとたどり着いた。どうやらここがマサトの抱えてる猫の飼い主の家らしい。
マサトは門を開き中に入って姿が見えなくなった時、手持ち無沙汰に独り言ちる。
「聞こえるかタマモ?」
『私に用かイズナ?』
周りに人が居ないのに頭の中に響く少女のような声がする。これは俺が被っている狐の半面による精神感応だ。
今は周囲に人は居ないが、今の俺の姿は独り言をぶつぶつ話している変わり者だろう。
「なぁ、何で最近は静かなんだ? 俺が一人でも全然喋らないじゃん」
『少し思う所が有るのだ。良いか? くれぐれも』
「はいはい。王都ではタマモの事は話さない。 特にマサトには……だろ? 理由位教えてくれても良いのにさぁ」
喋るお面ことタマモは俺が鉄仮面と対峙し、母さんの手によって転移の魔方陣で俺を飛ばした先に存在した魔の森と呼ばれる場所に建っている一軒の家に置いてあった喋る謎の狐の半面だ。
殺生石とか呼ばれる摩訶不思議な素材で出来ており軽くてスベスベしているので着け心地は良い。
何でも昔々とある人間を怒らせてこんな姿になってしまったらしく、俺がタマモを封印から解放する手助けをする代わりに力を貸して貰っている。
例えば着けているだけで金髪になったり俺への印象を地味で残り難くする事が出来る。これは俺の事を狙っている鉄仮面対策だ。
もう一つは俺とタマモが体を入れ替える事で戦闘面でも助けて貰っている。以前戦ったスピーノとか言う魔人の能力【魂魄のすり替え】をらーにんぐ? だかかんにんぐ? をやって模倣して行っているらしい。
他にも訳分からない能力をいっぱい使っていたと仲間から聞いたが、そんなに沢山の能力を持っているのは少しずるいと俺は思う。
秘密主義者で謎ばかりだけども母さんと離ればなれになり、俺が一人になりかけた時も寄り添ってくれたいつの事が好きだ。だからこそ封印を解く手立ても探ってやりたい。
……結局王都の大きい図書館でもタマモの事に関してはさっぱり分からなかった。せめてどうやって封印されただけでも手掛かりになるのになぁ。
『分かれば良い。それはさておきイズナ、お前は大切な事を忘れてはいないか?』
「ん? あぁ、ライラに料理の調味料が足りなくなったから買ってきて欲しいって言われた事? バッチリ覚えてるよ」
『は?』
「え?」
俺にはその僅かな間を時が止まったように感じた。俺は何か間違えた事を言ったのだろうか? タマモは姿は存在しないがきっとピタリと固まっているだろうと簡単に想像出来た。
『いや、坊やとの勝負……』
「待たせたなイズナ。無事に猫のシャロンちゃんは依頼主に引き渡して来たぞ。」
「あ、マサト」
『はぁ……まぁ良い。手筈通り頼むぞイズナ』
はいはい、と心の中で返事をしてから声を掛けてきたマサトの方を向く。タマモは何て言おうとしたのか結局分からなかった。まぁ時間が有るときに聞いてみよう。
「よしイズナ、おやつ時でちょっと小腹空いたからカフェに行こうぜ」
「やった!俺もお腹が減った所だったよ」
仕事が予定より早く終わったので近くのカフェでお茶する事となった……マサトの奢りで。
「あそこのマダム20匹位猫を敷地内で放し飼いで飼っているんだがもうちょっと管理態勢どうにかならないのか? ウチとしては依頼が有るのは助かるが酷い時は週一で依頼来るぞ」
「ふーん、確かに先週もあの家に行ったな。自由でのびのびさせてあげたいんじゃない?」
「のびのびって言っても流石に限度ってもんがあるぜ」
マサトとカフェテラスでお茶を啜る。マサトはブラックコーヒーで俺はカモミールのハーブティー。薬を盛られたという少し嫌な思い出が有るが、味は好きだしパーティーの仲間であるルナとの出会いの一因となったのでネーベルの村を出た後もよく飲むようになった。
後ついでだけどブラックコーヒー。あれ不味くない? マサトは美味い美味い言って飲んでるから少し飲ませて貰ったけど苦いだけじゃないか。
それを言ったらマサトは笑ってイズナにはまだ早いか、なんて言われた。何だかむかつく。
「お待たせしました。ワッフルとダブル盛りイチゴパフェです」
「ワッフルが俺でパフェがこの子に」
「かしこまりました」
マサトにはカスタードクリームとジャムが乗せられ、フルーツが添えてられている出来立てで美味しそうなワッフル。
俺には縦長の容器に天高くそびえる生クリームやイチゴのジャムと果実が盛られているパフェだ。
普通のパフェの1.5倍の重量が有るこのパフェはダブル盛り。このお店にはまだメガ盛りとギガ盛りが有るらしい。ダブル盛りの時点で結構な質量なので流石に挑戦しようとは思えないが。
「おー来た来た。マサトご馳走になります。それじゃぁいただきます!」
「おう、たんと食え」
スプーンでパフェの登頂部の生クリームを一すくいし、口に運ぶ。
おぉ、美味しい! 生クリーム単体だけで見ても砂糖を気持ち控えめにすることによって飽きが来ないように工夫されている。
イチゴのジャムは若干酸味が有り、ジャムだけ食べれば口直し。生クリームと一緒に食べれば酸味と甘味の黄金比率を味あわせてくれる。
極めつけはイチゴの果実。これがまた堪らない。大粒な果実は大味と聞いた事が有るが、これには当てはまらない。種を覆うように膨れ上がっており、熟した事が一目瞭然な果実はイチゴ特有の酸味を一切感じさせずにただ上品な甘味を舌に訴えかけてくる。
ガラスの容器の中は生クリームとイチゴジャムやスポンジケーキで断層になっていて目にも楽しませる工夫がある。パフェを食べる時はこれをかき混ぜて食べるか層毎に食べるかいつも悩ませてくれる訳だ。
こんな美味しいスイーツはやっぱり大きい都市や王都でしか食べられないのだろう。
他の村や小さな街では牛乳は保存が利くプロセスチーズに加工される事が多かった。だから足が早い生クリームなんてまさに贅沢品。今のうちにたっぷり味わおう。
「幸せそうに食うな。仮面を着けてても口元と雰囲気だけで良く分かる」
「そ、そんなに顔に出てたか? まぁ、でも美味しいからな。でもルナと甘い物を食べると何だか生やさしい目で見られるから嫌なんだ」
「ま、気持ちは分かるな」
ふ、と軽く微笑みながらマサトはナイフとフォークで綺麗にワッフルを切り分けながら口に運んでいく。実に美味しそうだ。今度はワッフルも食べてみるか。
「しかも俺は男なのに可愛いとか言ってからかうからルナの前では食べたくないかな。俺はそう、カッコいい……そう、クールな男になりたいんだ」
「男、か」
「そう言えばマサトは俺の前世の話、笑わないんだな」
マサト会った日、俺は稀に夢で知らない男の子の視点になることを話をした。俺はこれを前世の記憶ではないか? と信じており、今まで何人かに話したことが有るが誰も信用してくれなかった。
だがその時ライラは首をかしげていたがマサトは静かに聞いていて何も疑問に思う素振りは無かった。
「魔法が能力者がいる世界なら前世の一つや二つ位信じるさ。それにお前は嘘をついていない。俺にはそれがよく分かる」
「何だそりゃ?」
マサトの言い方に何か妙な違和感を感じる。まるで嘘の判別が分かるかの様な言い方なので首を傾げる。
「ま、俺の特技みたいなもんだと思ってくれれば良いさ」
「ふーん、そっか。……そうだマサト! 猫の捕まえかたをそろそろ教えてくれよ! 手加減すると本気で捕まえられそうに無いんだよ」
はぐらかされたら理由を聞くのは躊躇ってしまう。いつか聞ければ良いだろう。俺は話題転換の意を含めて猫の捕まえかたを聞いてみる。
「捕まえかたかぁ。あー……そうだなぁ。イズナ、ここは猫の生態を少し教えてやろう」
「生態?」
「おう、猫のひげの話だ。まず何故猫が捕まえられないか? という事だ。猫の髭はなぁ、気流を感じると言われる程の敏感な感覚器官なんだ。これでイズナがどう突っ込んで来るのかを把握している。こいつの凄いところは暗闇で目が見えて無かろうが関係無く感知する事だ」
「あー、だから捕まえられなかったのか」
ただすばしっこいだけならもっと簡単に捕まえられるのに、動きを先読みするような事をされたら猫にとって逃げるのも容易いのだろう。
「他にも耳が良かったり色々有るけどひげが猫の一番のポイントだな。で、どうやって捕まえるかだけどな……」
「うんうん、それが聞きたかった」
「一つ目はフェイント。二つ目は猫の気持ちを考える事だな」
「なるほどフェイントに猫の気持ちか。……は? 猫の気持ち?」
唐突によく分からないワードが出て来て混乱してしまう。猫の気持ちとは一体何だろうか?
「嘘や冗談じゃあ無いぞ。例えば飼い主に普段の様子を聞いてどんな性格か? どういう食べ物を好むか? 普段何をして過ごすか? ……と、まぁそんな情報を得て猫の気持ちを考える訳だ。日光浴と遊びが好きな猫は人目に着きやすい明るい所に脱走している可能性が高い……てな感じでな。そして運動を良くするから逃げる時は全力で離れるから行き止まりへと誘導すると良い。って具合で猫の性格を利用してやるんだ」
そう言えば猫によっては捕まえ方が大分違った。基本的には行き止まりに追い詰めてから捕獲する事が多かったが、時にはおもちゃで気を引いたり食べ物で釣っていたりした。
俺はそれをマサトの気分か何かだと思っていたがどうやらそれは間違いのようだり
「……まさかいつもそれやってんの?」
「おうよ。探偵業では必要な事さ。相手の立場に立って考える。これは俺らと同じ人間の方が応用がよく利くしな。ちょっと意味は変わるがプロファイリングに近いな」
「ぷろふぁいりんぐ? 何だそれ?」
「簡単に言えば今まであった事柄でテンプレートを作り、沢山の情報から照らし合わせて対象の行動を弾き出すって方法だな」
「うーん? 要は経験から相手の行動を予測するって事か?」
「そんな所だな。俺はこれを資料にもまとめて仕事に使ってる。そうすりゃあ俺以外でも仕事を進める事が出来るからな」
「えー! 何でそれをもっと早く見せてくれなかったんだよ!」
そんな便利なものが有るなら最初から教えて欲しかった。そうしたらこんなに悩む必要が無いのだから
「いやー、俺は少しばかりズルをしてるからな。いきなり資料を見せてもイズナがペットを捕まえるのは難しい。だから先に猫と実際に追っ掛けっこをして欲しかったんだよ。そろそろ頃合いだと思っていたから帰ったら見せてやるよ」
「うーん、分かった。マサト、ご馳走さま」
「おう、良いってことよ」
マサトも俺も食べ終わったので席を立とうした瞬間に頼まれ事を思い出す。ライラにちょっとした食材と調味料を頼まれたんだった。
「そうだマサト、ライラに食材と調味料頼まれたからマーケット寄って行って良い?」
「ライラに頼まれた? あぁ、だったら俺は先に帰ってウチの所長様であるライラに完了報告してくるとしよう。イズナ、迷子になるなよ?」
マサトは分かってて茶化してくるから質が悪い。少し膨れて文句を言う。
「もう、馬鹿にするなよ」
「ははっ、冗談だ。じゃあ後でな」
「またなー」
会計を済ましたマサトはこちらを見ずに手をヒラヒラと振って探偵事務所の方へと歩いていく。
マサトはライラとさえ絡まなければ結構様になる気がする。
「取り敢えずコーヒーを飲めればカッコいい男になれるのか?」
俺はそんな事を呟いて人で大にぎわいを見せる市場へと歩み始めた。




