幕間 アルは秘湯へと行く
これはイズナさんが目覚めた後の休暇中の話だ。
「知ってるかアル? ストラーナを出てから一時間程度離れた場所に良い秘湯が存在するらしい。 何でも温度はそれほど高く無いが、泉質が非常良いらしくて魔力回復にも効くそうだ」
「そうなんですかウィルさん? それは一度行ってみたいですね……」
実は先日の魔人との戦いで、僕も魔力切れ瀬戸際の状態になった。
魔力切れ、または限界まで魔力を使用すると、昏睡、体力の低下、魔力回復の速度の鈍化など様々な症状が出るのだが、僕の場合は魔力回復速度の鈍化が顕著に現れた。
未だに魔力が全快と言えず、常に疲労感の様なものがのし掛かった状態であり、いくら寝ても食べても回復しないので、僕には疲れの顔付きが色濃く出ている状態だ。
「あぁ、もう見てられないからその秘湯に行くと良い。それとも俺も共に行こうか?」
「いいえ、大丈夫です……僕一人で行けますから……」
「そうか、魔人が復活してから魔物が村の付近に現れるようになったと聞いたので気を付けると良い」
「はい……それでは行ってきます」
そう、魔人を倒してから、以前より近場に魔物が発見されるようになったらしいと、僕も風の噂で聞いた事がある。
魔人スピーノの魔力か、気配のようなものが恐らく魔物避けの効果を発生させていたのだろう。
それが消えた今、このストラーナでは急ピッチで狩人の収集と、村の周囲の防護柵で覆う作業を行っているのだ。
「なぁ聞いたか? 美少女の狩人が今この村に来てるらしいぜ?」
「聞いた聞いた! 何でも村の近くに出た魔物を一撃で倒して過ぎ去っていったみたいだぜ? 商人のマハトが言ってたぜ! この村の浴衣を着てるんだってな。」
村の若い男達が、そんな話をしていて自然と耳に入る。
美少女狩人……はは、イズナさんが居たら絶対探そうとするんだろうなぁ……彼女はそう言うの好きですし……と、少し重い頭で考えながら村を出る。
「結構険しいですね……」
山を歩くが、道が整えられていないので中々思ったように先に進めない。
こうして一人で歩くと何時ものように会話等が無いので自然と考え事が頭を巡る。
僕の呪いは一つ、また一つと順調に解けて行っているが、実は魔法の威力は上がっていないのだ。
なんとかウィルさんに隙を作ってもらって魔法を一つにかき集めて放った、大技の【束ねし炎槍】も魔人スピーノには通用していなかった所を見ると、僕の魔法はまだまだ弱いと言うことなのだろう。
「ここが秘湯……凄いですね……」
そんなネガティブな考え事をしているうちに僕は秘湯へとたどり着いた。
まさに自然が作り出した温泉と言った所だろうか? 岩や地面に囲まれた中に水温が高い湧水がこんこんと流れ出ており、水面からは僅かに湯気が立ち込めている。
湯の色は村のものは無色透明だったが、ここは乳白色で、確か硫黄泉と呼ばれるものだった気がする。
僕は服を全て脱いで、早速秘湯へとそろりと浸かる。
「ふー、湯温が低めで良いですね……」
村で涌き出る温泉は源泉の湯温が高く、水を混ぜる事で温度を丁度良くしているらしいが、逆にここの秘湯はそれほど温度が高くなく、体温より少し高い位の落ち着く温度だ。
源泉がボコボコと涌き出ている秘湯の中心ならもう少し温かいのかな? 僕はそう思ってゆっくりとしゃがみながら中心へと歩いていく。
「む? アルの坊やではないか」
「え?」
温泉の中にある岩の影から聞き覚えのある声がしたので思わず振り返るとそこにはタオルを頭に巻いた金髪の少女が温泉に浸かっていた。
「い、イズナさん!?」
「違うな。私はタマモだ」
確かにいつもの狐面を装着していないのに金髪と言うことは、魔人スピーノを倒し、狐面に封印されている、タマモさんと言う謎の存在だろう
だが見た目はイズナさんなので、僕は直ぐに背中を向けて謝る事にした。
「す、すみません! 先に入っているとは露知らず!」
「良い。大方道に迷って私の反対からこの秘湯に入ったのだろう。それとこちらを向け、どうせ湯の色で何も見えやしないだろう?」
「う、分かりました」
僕はゆっくりと後ろを向くと金髪の少女は満足そうにする。
僕より先に浸かっていたのだろうか、乳白色の温泉から出ている肩より上が、いつもの荒っぽさや雑な所と言った七癖を隠すほどの色の白さが際立つ肌がうっすらとピンク色に紅潮させている。
見た目は髪の色しか変わらないが、大人びた雰囲気とでも言うのだろうか? 落ち着いた様子で僕の目を見ている。
「あの、タマモさん? どうしてこの秘湯に……?」
「フフ、せっかく本物の肉体で温泉を味わえるようになったのだ。イズナに体を入れ換えて貰ったのだよ。坊やは大方その疲れた顔を治しに来たと言う所か?」
「はい、その通りです」
能力の再現など、聞いたこともないデタラメな事が出来るタマモさんはイズナさんと肉体を入れ替える事が出来るようだが、それならイズナさんは…?
「イズナか? そこに荷物と共に置いてあるのさ」
「……顔に出てましたか?」
「フフ、何となく分かっただけだ」
先ほどから、考えていた事が当てられて思わずドキッとしてしまう。
「坊や、私はお前に頼み事があるのだ」
「何でしょうか……?」
「私の封印を解く手伝いをしてくれないか?」
僕は正直この人をまだ信用していない。
何故なら目的、未来に何を見据えているか未だに分からないからだ。
あれほど凄まじい力を持った人物が、理由も分からなく封印を解きたがっている……警戒するには十分過ぎる程だ。
「フフ、無論ただでは手伝えとは言わない。封印が解けたら坊やにこの体を好きにさせてやろう。イズナの事、嫌いでは無いだろう?」
「……僕を馬鹿にしているのですか?」
僕とタマモさんの間に僅かに緊張が走るのを感じた……いや、タマモさんは何とも思っていない様子だ。
僕がいつでも動き出せるように体に力を入れようとすると、タマモさんは突然湯から立ち上がる。
「なっ……!」
「なーんてな。フフ、済まない、私は人をからかってしまう性分なんだ、許してくれ。なんだその顔は? もしかして期待してたのか? フフフ」
タマモさんの体の周りには何故か濃い湯気や一筋の光が差し、体の大切な部分を隠すようにしている。
か、からかわれたのか……
「ま、協力はおいおいしてくれる事に期待しよう。これはそのちょっとしたサービスだ、期待に応えてあげようではないか」
「狐面? いつの間に……?」
タマモさんの手には狐面が握られており、それを一瞬装着すると直ぐ様近くの岩場に投げる。
カランと音を立てて狐面が落ちる様を見ていると前方から声が掛かる。
「……あれ? アルじゃん。お前も秘湯に来てたのか? いやー、タマモがどうしても温泉に浸かりたいって言ってたから、俺と変わってやってたんだよー」
「あぁ、イズナさんに戻っ……ぶっ!」
目の前のイズナさんには先程まで纏っていた湯気や光が一切無い状態だった。
それはつまり、生まれたままの姿と言うことだが、あえて一言で表すならまっさら、である。
やっぱりイズナさんは自分を男と思っているので、自分の裸を僕に見られても何も気にしてもいないようだ。
「お、おいアル! お前鼻血出てるけど大丈夫か!?」
「そ、それ以上。ち、近づかないで下さい……」
ばしゃばしゃと音を立ててこちらに歩み寄るイズナさんだが、本当に勘弁して欲しい……!
イズナさんはよりにもよって僕の顔を掴んで鼻血の様子を見る。
そんな僕を心配そうに覗く、真っ黒な瞳に吸い込まれるように僕は気絶した。
「うーん……」
「あ、起きた? どうやら逆上せたみたいだな」
「あれ? い、イズナさん、何で膝枕なんですか……?」
僕が目覚めると、寝転がった後頭部には柔らかい感触があり、目線には狐面を被ったイズナさんの顔があった。
「ん? なんかティティが言ってたんだよ〝サドッ……知り合いのオジサンが言ってたよ! 逆上せた人がいたらこうすると効果的らしいよ!〟ってな。俺も温泉で逆上せた時にティティにやって貰ったからな。どうだ? 効いたか?」
「え、ええ! 本当にありがとうございます! あれ? 僕、ふ、服を着てる……! イズナさん……?」
ま、まさか……
「ああ、俺が着せてやったぜ。 いやー、俺とは全然様子が違うなと思ったぜ!」
「あ、あぁ……そんなぁ……」
イズナさんに全部見られた……その時、僕はよく分からない喪失感に襲われたのだった。
「何だかよく分からないけどへこむなってアル。そんなに逆上せた事って傷付く事なのか?」
「はは……そう言う事でお願いします……」
僕達は二人でストラーナの村へと帰還すると、一人の商人らしき若い男と女性が歩きながら話しながらすれ違っていった。
「ええ、僕が魔物に襲われていたところに魔物に触れずにぶっ飛ばした謎の狩人の娘が多分この村に居るんですよ! 金髪で色白な美少女でした! ほら、あの女の子みたいな金髪ですよ」
「へー、そうなのマハト。んー? 何だかパッとしない子ね」
あれが村を出る前に話をしていた若い男達が言っていた商人のマハトと言う人物か。
タマモさんの認識阻害でイズナさんの印象を上手く捉えられないのだろう。
……待てよ? 手で触れずに魔物をぶっ飛ばした? 僕はそんな能力を知っている、と言うか見た……つい先日【尾】と言う名称を聞いたばかりだ。
「おい聞いたかアル! 金髪で謎の美少女の狩人が村にいるんだってよ! 一緒に探しに行こうぜ!」
そんな僕の隣には金髪で浴衣を着た、狐面の少女が隣に居たのだった。




