第16話 Sな姉 /怪しい怪談 ※イメージ有り
「ゆ、ユリ姉、他の人が居るから離れて欲しいんだけど……」
頬擦りしながら頭を撫でてくるユリ姉ことユリィさん。
半年前に俺に「いもっ、弟の様に接して!」と面の下の顔を見た後にお願い(脅迫)され、ユリ姉と呼ぶようになりタメ口を強制されるようになった。
普段は人目があるとここまでスキンシップは激しく無いのだが、何故か今日は一段とグイグイ来る。
嫌じゃないけど本当に恥ずかしい。
「あ、ごめんね。嵐が過ぎて朝から姿を見せなくて心配してたから。無事って分かって安心しちゃった」
「今日本当はお休みの予定だったから。ユリ姉も知ってるでしょ?」
「あ、そう言えばそうだったわね。忘れてたわ」
忘れてたって……もし今日来なかったら明日はタックルより酷い目に遭っていたかもしれない。
まぁ被害を抑えたってポジティブに考えよう。
「はは……用があるから離してよ」
「分かったわ。用って何かしら。遂にお姉さんの家に来ることを決めた?」
やっと俺はユリィさんに解放されたので、後ろの入り口前で表情は変わらないが唖然としているウィルを紹介する。
て言うかまだ俺を家に住ますことを諦めていないのか。
たまに家に泊めさせて貰っているからそれで満足していると思っていた。
「違うって。紹介したい人がいるんだよ。コイツはウィル。対魔ギルドに入って狩人になりたいって奴だ」
「……ウィリアム=マクスウェルだ。対魔ギルドに入りたい。宜しく頼む」
ユリィさんはウィルに気がついて無かったようで、ハッとした後立ち上がり、体に着いた埃を払い、何事も無かったように笑顔になる。
「ユリィ=サディストリです。対魔ギルドアルスト支部のの受付嬢を務めております。マクスウェルさんですね。今ギルドマスターをお呼び致しますので少々お待ち下さい」
踵を返し、カウンターの奥に向かうユリィさん。
凄い切り替えだ。まるでさっきは何も有りませんでしたけど? と言う勢いだ。
無かったことにする位ならもう少し周りの目を気にしてくれたら良いのに。
そう考えているとギルドマスターのガスト=ティーユさんが奥の部屋から現れた。
「ようこそ対魔ギルドへウィリアム=マクスウェル君。私は対魔ギルドのアルスト支部マスター、ガスト=ティーユだ。簡単な試験と面接があるから私の部屋まで来てくれたまえ。イズナ君は悪いが待機か、少しの間だけ出掛けてくれないか? 30分程で終わる」
へー、正規の手順で入るときは面接とかやるんだ。
知らなかったなぁ。30分間どうしようかな。
「イズナちゃん、30分間お姉さんとお話しましょう!」
ユリィさんが満面の笑みでそんな提案をしてきた。
特に他に予定は無いので素直に受ける。
「良いよユリ姉」
「そうか、イズナ君は悪いがユリィの世話をしていてくれ。ではマクスウェル君はこちらに来てくれ」
「ちょっ、マスター! お世話をするのは私ですよ!」
そんな会話をした後、ウィルがガストさんと奥に向かう。
その時ユリィさんがウィルに何か呟く。
「……私の可愛い妹に手を出したら許さないわよ」
「……問題ない。俺には約束した者がいる」
ユリィさんとウィルが一言会話をしていたが、非常に小さい声なので聞こえなかった。
何て言ったのだろうか?
「さぁイズナちゃん。お姉さんの膝に座って座って!」
椅子に座ったユリィさんはポンと膝を叩く。
これは断っても無駄で、仮に断ってもグイグイ来て最終的には俺が折れるはめになる。
この半年で学んだことだ。
俺は大人しくユリィさんの膝の上に座る。
そうするとユリィさんは俺の髪を弄りだし、会話を始める。
「イズナちゃん知ってる? 最近アルストの外壁の外で落とし穴が出来る事件があるの」
ユリィさんにサイドテールを留めるのに使っていた髪ゴムを取られ、髪型がストレートになる。
「あ、アルストに来るときに魔の森にも有ったよ。ジャンプして飛び越えたけど」
「あら本当?怪我が無くて良かったわ。実はここ一週間前位から北の街外れに頻出するようになったのよ。南では初めて聞いたわ」
何処からか取り出したのか、櫛を使って俺の髪を梳かす。
これに関しては以前から何度かやってもらっているので大人しく受ける。
「それでお父さんが最近調査に出かけるのだけど原因がまだ分かって無いみたいなの」
「魔物とかの可能性は無いの?」
「生まれてから殆どこの街に居るお父さんが見たこと無い現象らしいから、もしかしたらこの辺の魔物じゃないのかもね。それでね、一つだけ行商人さんに聞いた怖い話があるのよ」
ユリィさんは器用に俺の髪を自分とお揃いの太い三つ編みにしていく。
うぐぐ、サイドテールまでは許せたけど三つ編みは女の子らしすぎる。
俺が男って分かっているとユリィさんは言ってるのに何故こんな髪型にするんだろうか。
しかし何言っても取り合ってくれないだろうから今日1日はこの髪型決定だなぁ……
「肩から前に垂らしてっと。お揃いね! はい可愛い! ……ええっとそれで怖い話だけどね、知り合いの行商人さんが隣街からアルストに移動しているときに地面が揺れたらしいの。その時に遠くの方に居た馬車が1台急に消えたんだって」
「もしかして例の落とし穴に?」
「そうなの! でもこの話には続きがあってね。気にった行商人さんが近寄ってみると落とし穴が見えてきたから、もしかして落ちたのでは!? と思って穴に駆け寄ったんだって。そしたらね、居ないの。穴の中に馬車も人も痕跡すらも一つも無いの」
「お、落とし穴に落ちたのが見間違いとか?」
ユリィさんの声のトーンが落ちる。
そういうオチだよな? 落とし穴だけに……ね? そうだよね? べ、別に俺は男だからびびってはないけど?
「馬車の轍はそこで切れていたらしいわ……そう、あの落とし穴は稀にあの世と繋がってしまうのよ!」
「わっ! ビックリした……大声出さないでよユリ姉……」
急に大声出すから本当ビックリした。
あのときウィルから声を掛けられなければ俺はまさか……ごくり。
「イズナちゃんごめんね!怖がらせちゃったかしら~」
「び、びびってないし? 男の中の男だし?」
「ふふ、お面の下で涙目になっているのをお姉さんはお見通しよ。まぁ落とし穴には気をつけてね、と言う話よ。ほら、ちょうどマスター達が戻って着たわ」
ガストさんとカードを持ったウィルが帰って来た。
ん? あれはギルドカード?
あれはランクが9になってからじゃないと渡されない筈だ。
「なぁ、ウィル? お前のランクは10だよな?」
「いや、9だが?」
「イズナ君。正規の手続きで入れば試験と適性次第では上のランクからスタートになるのだよ」
え、マジか。
一気に俺と同じかぁ、何か少し悔しいな。
でもこれでパーティーさえ組めばいつでも渡りの狩人【放浪者】になれる訳だからここは素直に喜ぼう。
「悪いがイズナ君、彼には対魔ギルドのイロハを学んで貰うまではパーティーは組めない。後最低二月はこの街に残って貰うぞ」
え、聞いていない。何それ。
「研修期間と言う訳だ。良かったなユリィ。イズナ君はまだこの街に滞在する運びとなった」
「やったー! マスターナイスです! イズナちゃん、もう少しの間宜しくね! わーい!」
以前俺が放浪者になると言った時にユリィさんは凄く嫌がっていた。
そんなユリィさんには嬉しい事なのだろう。
後ろからぎゅっと抱き締められる。
ははっ……やっぱり柔らかいなぁ……
「アハ、アハハ……」
ウィルのランクが9だったので、早ければ数日以内にアルストを発つ予定が狂った俺は乾いた笑いしか出なかった。
※イズナ
Sな姉のSは少なくとも三つの意味があります。




