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第6話 トラップ

「うわぁああああ! 何だよここは! どうなっちまったんだよー」地の底から野球男の声が聞こえる。違う世界から聞こえる叫びのようだ。


「ふぅ。上手くいった……のかな。トラップって聞いて、これしか思いつかなかったけど」ジュンヤは思わず、そう漏らした。


 目の前にできた大きな暗闇――落とし穴をのぞき込む。そこには、上を見る野球男の姿があった。ジュンヤはトラップへの想像力を働かせて、少しだけ明るい光を差し込ませてみた。上手くいったようだ。


 その灯りで坊主頭が見えるようになった。気がつくとライムも横に来て、その穴をのぞき込んでいる。


「勝負あったでしょ、これ。名前も知らないけど、野球男さん。まだ続けますか? このトラップは想像次第で、攻撃を追加できるから、例えばここに槍とかを降らすこともできるんですよ。どうしますー」ジュンヤが穴ぐらに向かって話しかける。


「分かった、分かった。俺の負けだ! 降参するから命だけは助けてくれ」野球男が五メートルほど下の、穴の底からお願いする。


 ジュンヤはライムを見た。判断に困り、どうしようと相談する目だ。ライムはその意図を推し量り、静かに首を振った。


「えっ? それって……殺せってこと?」


 彼女はその質問に答えなかった。ただ悲しげな瞳でジュンヤを見つめたままだった。意を決したように、ジュンヤが穴に向かって言う。


「それじゃあ、約束してもらえますか? 僕達の命を狙わないことと、それから……今持っている魔界石を全部渡してくれるって」


 しばしの間があった。やがて野球男が口を開いた。


「いいだろう。命には替えられないからな。それで手を打とう」


「よし、それで。じゃあ、悪いけど先に魔石の入った巾着袋をもらえますか?」


 ジュンヤの声に応えるように、穴の中から巾着が上空に放り投げられた。ジュンヤはタイミングを外してつかみ損ねたが、ライムが手を伸ばしてつかんだ。


 魔界石は――何と八個もあった。無色が七個と、青色が一個。その中の青色の石をジュンヤは手に取った。そして、思い出しかのようにライムに説明を始める。


「ライムさん。魔界石を手に持って、出現って言ってもらえるかな? それが武器や能力を発動させる合図になってるんだ」


「……さん付けじゃなく、ライムでいい」彼女はそう言って、手渡された青色の石を握り締めた。「えっと、出現」


 しかし、宣言しても何も起きなかった。何度か行ったが、全く反応がなかった。


「あれ? おかしいなぁ。ちょっといい? 出現!」


 ブゥウウン! ジュンヤがライムの手から石をつまみ上げて言うと、あっさりと武器が出現した。やっぱり出るじゃないか。でも、おかしいなあ。彼女には出せないみたいだ。それなら……。


「ライムさん。この武器を持ってみてくれる」


 自分が出現させた武器を渡せばいい――そう考えた。何らかの不具合で彼女が魔界石を扱えなかったとしても、これなら大丈夫だ。


 それと――、彼女に言われた呼び捨ては、とてもできそうになかった。ただでさえ戦闘で心臓に負担をかけているのに、違うことでこれ以上の負担をかけたくはない。こうして話しているだけでもドキドキしているのに。


「分かったわ、ありがとう」ライムはガムでも受け取るような気軽さで言い、その武器を受け取った。


 その手にはライフルが握られていた。恐らく体育館で、野球男が奪い取ったものだろう。ライムはたどたどしい手つきでライフルを構える。華奢で幼さが残る体に銃は不釣り合いだったが、ある意味では似合っていた。子供が水鉄砲を持つのと同じように。


 その後ジュンヤは、(手間取りつつも)トラップを解除して、野球男を地上へ戻した。男は放心状態になって、うなだれるように言った。


「俺は、もう戦う気がねえ。お前らは好きなとこにいけばいいさ」


 シャキン。ジュンヤがボトルアクションの装填を済ませてやる。まさか彼女が撃つとは思わないが、装填だけでもしてやらないとコケオドシすらできない。


「とりあえずここを出るまでは、あなたが先を歩きなさい」野球男に銃口を向けて、ライムが言う。


 野球男はその口ぶりにギョッとしたが、言葉に従うよりなかった。ライムが銃口を男の背中に突きつけ、前を歩かせる。そして三人で廊下に出た。


 ジュンヤがライムの銃を降ろさせて、言った。


「野球男さん。僕たちはこっちにいくから、あなたは向こうへ行ってほしい。そして、この次出会ったとしても戦わないという誓いを立ててほしい」


 数秒の間。そして実験室のドアの前で、野球男は承諾した。


「ああ。分かった、それじゃあな」何か急ぐように、言葉少なに答えた。


「それじゃ、とりあえずいこうか」


 ジュンヤはライムに先を急がせた。これから一緒に行動するかどうかは分からないが、野球男から離れるところまでは責任を持つつもりだ。彼女が適度に遠ざかった。


 ジュンヤは後ろの野球男を一瞥した。ふだんの自分と同じような卑屈な笑いを浮かべているのが見えて、少し気が滅入った。やがて覚悟を決めたようにクルリと背を向け、ライムを追った。


「ウギャァアア!」ジュンヤが三歩ほど歩いたときに、その声が飛び込んだ。


 その苦しむ声は、ジュンヤの後ろから響いた。できればその声は聞きたくなかった。

ジュンヤの後ろには、スライサーを振りかぶって一歩踏み出した野球男の姿があった。


 ジュンヤは男が一歩踏み込んだ場所に、トラバサミを仕掛けていた。それはトラを捕まえるための、鉄のクリップで挟む器具ではない。本物のトラが、敵に噛みつくトラップだった。


 野球男の足には猛獣が食いつき、今にも丸飲みにしそうだ。


「おいっ、お前っ! はめやがったな、ちきしょう! ぐぁああああ」


「違うよそれは。僕達目がけてスライサーを投げようとしなければ……。こっちに強く踏み込まなければ何もないはずだったんだよ……」


 ジュンヤは野球男を見て悲しげに言った。体の半分は既に捕食されていた。


 ――魔界石をすんなり全部くれるっていうのが、特に引っかかった。本来であれば、自分の身を守るために最低でも一個の魔界石は残してくれるように交渉するはずだ。それを一切しないということは、どこかに隠しているということと同義だった。


 それでもジュンヤは、彼の良心に賭けた。背を向けたときに、逆方向に歩いていくこともできた。そうすれば、制限時間の3分を迎えて、トラップは誰も傷つけることなく消え去ったはずだ。――だが、それをしなかった。ただ、それだけのことだ。


「ウォー!」地獄の底から聞こえるような断末魔が、後ろから聞こえた。


 ジュンヤは、二度と後ろを振り返らなかった。



◆デストロイヤルのルール(おさらい)


 ルール1 自分以外の者を、全て殺すこと。

 ルール2 武器や特殊能力は、魔界から支給する石(魔界石)により出現する。

 ルール3 魔界石の能力には期限があり、それを過ぎるか一定の力を使い切ると消失する。

 ルール4 相手の魔界石を奪うことができる。

 ルール5 デストロイヤルは十四日間、続くものとする。

 ルール6 デストロイヤルにおける勝者の望みを、一つだけ叶えるものとする。

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