第7話 教室
音無ライムが先の階段で、ジュンヤがくるのを待っていた。手には彼が渡したボルトアクション式のライフルを携えている。
「ライムさん。その武器はあげるよ。それと……もしあれだったら、僕と一緒じゃなくていいから」
ジュンヤは気を利かせて言ったつもりだった。自分とともにいたい女子などいるわけがない、と。ましてや(少し変わってるとはいえ)こんな美少女が自分と連れ添って歩くなんて、自分自身が信じられない。
「武器……ありがとう。それと……私はキミと一緒にいる。それでいい?」
ライムは例によって、感情を込めないで言った。その表情からは、何も読み取れなかった。
ジュンヤは、先にある階段から自分の教室に向かうことにした。そこに何か勝算があると踏んだわけではない。外の世界は大きく変わっているが、校舎はわずかながらも元の姿を保っている。それなら、教室はどうなのだろう――私物か何かが残されている可能性があった。
ライムは一学年下なので、恐らくこの階まで登ってくることは少ないはず――ジュンヤは、不意にそんなことを思った。横に並んで一緒に階段を駆け上がる彼女は、無言のままだ。
ジュンヤの所属する二年B組の教室は、端から二番目のところにある。見慣れたドアと廊下に面したガラス窓を、幾つか通り過ぎた。廊下には血みどろの生徒が数人、無造作に転がっていた。ジュンヤは気を遣うようにライムを見た。彼女はさほど驚いていないようなので安心した。どのみち、数が増えていけば避けて通れないだろうから。
ようやくB組の教室が見えたとき、手前にあるC組の引き戸が開いた。そして中から突然手が伸びてきたと思いきや、瞬く間に口を塞がれ教室の中へ引きずり込まれた。
「んーーっ!」ジュンヤは言葉にならない声を出して抵抗する。
ジュンヤの後ろにいるのは、二人組のようだった。口を押さえつけられた上に首を羽交い締めにされ、腕の自由も奪われている。
ズデーン! ジュンヤは暴れ、暴漢を巻き込みながら床に倒れ込んだ。
「その人を離しなさい!」ライフルを床に向けてライムが言う。
暴漢二人は、ジュンヤに連れがいると思っていなかったらしく、驚きの声を上げた。まさかライフルを持った者が仲間にいるとは、思っていなかっただろう。
「タンマ、タンマ! 分かったよ。離すから、その物騒なモンをどけてくれ!」
ジュンヤは耳元の声に聞き覚えがあった。できれば忘れたい……あいつの声だ。そこで、必要以上に刺激しないように注意した。
「リクト君……とムラ君」
ゴホッ、ゴホッ、と喉のむせびを直しながら言う。両手で床を這いながら、二人との距離を取る。リクトとムラは尻もちをつきながら、ライムのライフルに向かって両手を上げている。
「おいっ、ジュンヤ! そいつを何とかしろよ。お前の連れなんだろう?」リクトがジュンヤに言う。
ジュンヤはその言葉に対して、以前より脅威を感じなかった。さっきの死闘を演じた野球男と比べれば、子供だましだ。どう見ても武器を持っていないのだから。それでも条件反射のように、リクトの声に従ってしまう自分がいた。
「ライムさん。銃を降ろしてあげて」
ジュンヤの恩赦を与えるような言い回しにリクト達が腹を立てると思ったが、そうでもなかった。ライムが照準を外して安全になったことにしか、気が回っていないようだった。
「ジュンヤ。一体誰なんだよ、そいつは」
リクトはいつもの横柄な態度を取り戻した。ムラは腰巾着らしく、リクトが話しているときは押し黙っている。
「誰って……」ジュンヤは言葉に詰まった。そこで、話題を強引に切り替えることにした。「それより、リクト君達。魔界石から武器を出してないの?」
その質問にリクトは面食らったようだった。
「し、知らねえよ、そんなの。魔界石? その名前も初めて知ったぞ」
ジュンヤは違和感を覚えた。まだ魔界石から武器の出し方を知らないって? リクトの周りには、天才がいるはずなのに。この不良グループにふさわしくない、学年一の頭脳を持つ男――金田メイゲツだ。
「メイゲツ君は? 彼ならすぐに、石の謎を解いたと思うけど……。六面体パズルなんかより簡単だし」
「あいつなら、すぐどっかに消えたよ。ゴンズもどっか行ったみたいで、見てねえしな。ホントあいつら、肝腎なときに使えねぇなあ」
ぼやくような口調だった。彼らがいないのを裏切りと感じているのだろうか。確かにあのメイゲツがこの場にいないのであれば、謎が解けていないことにも合点がいく。
「お、お前は。分かるのかよ……その武器の出し方って奴をよ……」ムラが絞り出すような声で言う。
するとリクトが「バカかてめぇ! あいつらは分かってるから、銃を持ってるんだろうが!」と、どやしつけた。一遍にシュンとなるムラ。いじめっ子に取り入ったつもりが、あてが外れた――ミイラ取りがミイラになった心境だろう。
「早く教えろよジュンヤ。魔界石ってのはこれだろ」
リクトはポケットの中から、石を取り出して見せた――黄色の石だった。ムラもそれにあわせて、自分の魔界石を取り出す。こちらは無色に近いグレーだった。
「本当に教えるの……?」ライムがジュンヤに向けてつぶやいた。
リクトは何か言いかけたが、ライムを怒らせるのは得策ではないと判断したらしく、言葉を無理に飲み込んだ。
「リクト君。出現させた武器で僕達を襲わないって約束してほしいんだけど……。いいかな」
「ああ、いいぜ。お前なんか別に。パシリがいなくなったら困るからな。それに……一応、お前のことを助けたんだぜ」
「えっ? それって、どういうこと?」ジュンヤは目をしばたたかせる。
「お前、ウチの教室に入ろうとしただろ。何も知らねえで脳天気にな。俺達も、何か荷物が残ってないか取りに来たんだけど……まるで残ってねえんだ。あそこはやべえ。だから、こうして止めてやったんだ。まあ、武器さえ手に入れたらもう一回乗り込むつもりだけどな」
――助けた? 思いがけないことを言われ、ジュンヤは戸惑った。武器の出現方法を聞くための、でまかせかもしれないが悪い気はしなかった。それで心が決まった。
「分かった。教えるよ。リクト君とムラ君。しっかりと握って、石に向かって言うんだ。出現、ってね」
その言葉を聞いて二人はピタリと動きを止めた。そして同時に「出現」と言った。
「おおっ! 凄えっ、出たぞ! なあんだ、こんな簡単なことでよかったのかよー。聞いて損した」何ともリクトらしい台詞だった。
その手には、長い刃渡りの両手剣が収められていた。柄の部分に蛇の装飾が施されていて、なかなか格調高い。
「お、俺のは……なんだこれ?」ムラが素っ頓狂な声を上げる。
武器を見せると同時に、リクトから笑い声が上がった。ライムも少し口元をほころばせたように見えた。その手には、ただのスリッパが握られていた。
「お前には、お似合いだな、ムラ。そして俺様にはこの立派な剣、と。もしかして最強じゃね? 俺ってば。しっかし、重いなこれ」
ブゥン! リクトはおもちゃを買って貰った子供のように大はしゃぎで振り回す。
「わっとっと、危ないよ。リクト君。僕達を傷つけないって約束だったよね……」
「おう! 悪ぃ、悪ぃ。つい、さ。でも、これだったら大丈夫だろ」
スパーン! リクトはムラから紫色のスリッパを奪い取り、ジュンヤの頭をひっぱたいた。予想以上に、いい音がした。それを見たムラは、腹を抱えて大笑いする。
……彼女が見てるんだから、止めてよ、もう。
「ようし、これでクラスの連中をやった奴を、ぶっ殺してやる!」
リクトはそう言って息を巻いた。両手剣を気に入っているように見えた。まあ、銃が出たら出たで気に入っていたと思う。彼は「自分大好き人間」なので、他人より優れた武器が与えられただけで満足なのだ。
ジュンヤは、すっかり自分の教室に行くのが嫌になっていた。教室に何があるのかは知らないが、作戦を立て直したいと思っていた。その考えをリクトが邪魔した。
「ジュンヤ、お前も来るだろ? ウチの教室。ありゃあ、ちょっとした見物だぜ」
リクトが剣に自分の姿を映しながら、そう言った。まるで、これから目にする惨劇をどこかで楽しんでいるように。
2年B組の教室は、さっきリクト達に引きずり込まれたC組の教室とは明らかに異なっていた。
まず、室内が一段階暗く感じた。壊れている電灯の数が多いのもそうだし、奥のカーテンが閉まっているからだ。そして室内に蔓延している、鼻につくほどの異臭。
机や椅子はどこかに押しやられていて、教室内はガランとしていた。しかし、黒板の横には、人がいる――それも大量に。いや、ある意味においては、もう人間とは言えないのかもしれない。見覚えのあるクラスメイト達は、教壇の隅に追いやられるようにして、全員が息絶えていた。
室内に立ちこめていたのは、死臭だった。――それも、大量の人間のものだった。
◆確認された魔界石
タイタンの剣〈メドゥーサ狩りの両手剣〉
レア度:★★★
カテゴリ:打撃〈ソード〉
攻撃力:195
攻撃範囲:C
戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲攻撃……○、その他特殊系……△
説明:両刃の長手剣。メドゥーサの首を落としたという逸話を持つ剣の、精巧なレプリカ。初心者向きの剣で扱いやすく、人間の首を撥ねるのはたやすい。




