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第24話 道中

 男は、塔の最頂部で大きくため息をついた。


「余りにあっけないのも、実につまらないものだ。敷かれたレールを歩かされるのと同じぐらいつまらない。ふん、これじゃまるで予定調和じゃないか」


 男の左に立つ女子生徒が彼に歩み寄った。一見すると物静かな文化部系の容貌だが、その奥には秘めたる美しさを兼ね備えている。三年生の生徒なのだろう――早熟したスタイルから、なまめかしさすら感じ取れた。少女と大人のアンバランス。危うい均衡は、禁断の果実を彷彿させた。


 そして、その女子生徒が彼に進言した。


「ジュンヤという生徒が、クロダを倒した模様です。チャームと水魔法を操るあの教師が、ただの生徒に破れたとは、にわかに信じ難いのですが」


「ほう、そうこなくっちゃ面白くない。でなければ、何のためにこの世界を召喚したかすら分からなくなる。うん、実に面白い……まさかあのジュンヤが生き残ってるとは。しかも女連れときてる。これは笑いが止まらないな」男は広々とした塔を歩きながら言った。


「ただ……」男は立ち止まり、やけに透き通った声を出した。


「ただ? 何です?」


「この場合……彼がこの世界における勇者的な立場になってしまうな? 果たしてそれが彼にふさわしいのかどうか。ちっとも似合っていないとしか言い様がないが」


「すると、さしずめあなたはこの世界の王というところかしら?」


「王? だとしたら、ただの王ではないな。この世界を生み出すために、悪魔と契約を結んだのだから。課せられた使命は……魔界の王といったところか」


 男は、きびすを返した。女子生徒はそれを合図に、塔から眼下に広がる廃虚へと下っていった。


 * * * * * *


 ジュンヤとライムは、どこへつながるのか分からない一本道を、ひたすら北上していた。用務員をよけたときに茂みに突っ込んだが、自転車は無事だった。


 ただひたすら――昼夜を問わず、その道をひた走る。辺りに人間の気配はほとんどなかった。一本道の道路はまるで巨大な橋のようで、その両側に様々な景観を映し出していた。映画でしか見たことがないような、荒野や砂漠。あるいは巨大な滝壺のような景色も流れていった。ジュンヤはその風景に心を奪われないように、しっかりと前を見据えてオート・モービルを運転した。


 ――また気を抜くと、誰かが寝そべっているかもしれない。


 そう心がけたこともそうだが、風景に脇目を振らない理由は別にあった。残された時間がそう多くないことを知り、どこか焦りを感じていたのだ。


 十四日間の定められた期日を迎えた場合、果たしてどうなるのだろう? 例えば、生存者全員が招められて強制的に戦闘を強いられる可能性。そうした場合、今の彼に勝ち目はない。


 ジュンヤはやはり焦っていた。そして運悪くも――魔の物を呼び寄せてしまう。


 道路の両側の風景が滝から小川に変わった辺りで、その魔物は出現した。というより、前からそこにいたのだろう。大きなイソギンチャクのような、触手を持ったその生物は道路の番人のように、道の真ん中に鎮座していた。見上げるほどの高さで、四本の触手を操っている。とても友好的な部類には思えない。迂回しようにも一本道であり、避けては通れない。


 シャーッ! その魔物は、声を上げて分かりやすく威嚇してきた。敵だ。ならば後は、どう戦うかだけに専念すればいい。


 しかし、いかんせんジュンヤには武器がない。どうしたものか――と、のん気に考えた瞬間。


 距離を十分に取っていたつもりだが、それが甘かった。


 ヒュン! ツルのしなる音が、空を切った。大蛇が這うように触手ヅルが伸びてきたかと思うと、一息にジュンヤを縛り上げる。ジュンヤはあっという間に、吊し上げられてしまった。思い出したくはないが、この前ライムがクロダによって十字架に磔にされたように。しかし、今度はそれよりも遥か上空へ掲げられている。目も眩むような高さだった。


「キミ、じっとしてて! このお化け樹木の本体を撃つ!」ライムがハンドガンを構えた。


 バン! 弾数は残り少なかったが躊躇することなく、ライムが撃った。


 グガアアアッ! 一瞬もがき苦しんだように見えた。が、致命傷に至っていないことは明らかだ。余計に攻撃的になったようで、つかんだジュンヤをブルンブルンと上空で振り回す。ジュンヤには軽口で答える余裕はなかった。気持ちが悪くなるほど平衡感官が奪われ、いつ放り投げられるかという恐怖にとても堪え切れそうにない。


 ぐったりとなるジュンヤ。それを見て、ふだん表情が変わらないライムにも焦りが出た。二発目を鋭く撃ち込む。一目で大木の急所と思われそうな、その幹の中央へ。しかし、苦悶の動きを見せることはあれど、ドスンと倒れてはくれなかった。やはり単純に攻撃力――火力が不足しているのだろう。


 運に見放されたときは、得てしてこんなものだ。一匹でさえ苦戦しているところに、更にもう一匹の魔物まで呼び寄せてしまった。


 ライムの背後に影が迫った。それは大きな動く魔獣だった。その後ろに人影が見えた。ジュンヤとライムを倒す機会と見て、飛び出してきたのだろうか。


 クッ! ライムは悲鳴こそ上げなかったが、歯を食いしばった。この状況をどう切り抜ければいい? その苦悶を顔に貼り付けているようだった。


 前門の大樹型魔獣ウッド・ミード。後門の名も知れぬ大型魔獣と、その使役者。ライムは祈った。そして、気丈な彼女らしく覚悟を決めた。――その身を、目の前のウッド・ミードへ捧げようと。運良くジュンヤを手放すなどして、逃げおおせることを期待して。


 だが、その願いは叶わなかった。というより、予期せぬ方向へと戦局が流れた。


 あろうことか、後門の大型魔獣が前門のウッド・ミード目がけて攻撃を始めたのだ。


 上空で半ば意識を失いかけていたジュンヤだったが、その魔獣と人影には見覚えがあった。狼の顔を持ち、金色の毛並みを持つ熊――金狼熊だ。そして。


「おう。ジュンヤ。この前の宿の借りを返しに来たぜ」


 ――その後ろに立つのは、立派な体格からぶっきらぼう言葉を放つ男だった。


 ジュンヤは失いかけていた意識を休息に取り戻し、そして叫んだ。


「ゴンズ君! よかった、無事だったんだ!」


 ライムもその男がゴンズであることを確認し、最後の銃弾を撃ち込むようなヘマはしなかった。


「何か、この熊になつかれちまってよ。一回、餌をやっただけなんだけどな。で、この近くまで来たら、急に走り出しやがってよ」


 ジュンヤはまだ宙吊りのままで、答える元気はない。


「今、助けてやっからな。と言っても、俺の出番はなさそうだな」


 確かにゴンズの言う通りだった。


 金狼熊の破壊力は、目を見張るものがあった。ゴンズのナックルクローの完成版とも言える爪で一薙ぎすると、樹木の本体が大きくえぐれた。


 ウギャオウワーーー!。木というよりは、まるで怪鳥のような叫び声をあげる。


 手を交差するように双撃を繰り返し、みるみる内に、幹を鉛筆のように削っていく。その速度に対し、ウッド・ミードはツルで攻撃する暇などなかった。


 最後は食い尽くされたリンゴの芯のようになった。上部と下部だけ残し、胴体は完全に削れている。


 ズズーーン! やがてウッド・ミードは、その重みに堪えかねるように、ポキンと折れるようにして地面に沈んだ。


 ジュンヤは、葉の茂みがクッション代わりに、大きなダメージを受けることなく地面へと帰還した。


 ジュンヤが意識を取り戻したところに、ゴンズが話しかけた。


「随分と楽しそうな乗り物に乗ってたじゃないか? え?」と、宙吊り状態をちゃかした。


「ゴンズ君……何のこと? もしかして、あの自転車のこと? よかったら、の……せ………て、あげるよ……」


 目を回していたジュンヤが正気に戻るには、もう少し時間がかかりそうだった。


 ジュンヤの回復を待つ間、ライムは彼の手を握った。


 ゴンズは熊と、相撲のようなぶつかり稽古を始めた。見せ場がなくて、いかにも力を持て余しているように。その姿は、まるで金太郎のようだった。



◆確認された魔界獣


 大樹型魔獣〈ウッド・ミード〉

 危険度:★★★★★

 カテゴリ:魔獣〈ネイチャー〉

 攻撃力:500

 攻撃範囲:A

 戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……◎

 説明:イソギンチャクのような触手を持つ、樹木型魔獣。胴体本体にダメージは通るが、通常の打撃程度は効かない。非常に攻撃的で、自然と人間との共存思想は皆無。

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