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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第二十八話




 久しぶりに家に帰った俺を出迎えたのは、ぶち破られた扉と、荒らされた部屋だった。事務所の惨状も酷いもので、霧花さんの姿はどこにも無かった。ただ、唯一救いになる事があるとしたら、三階の事務所にトラオが居なかった事だ。ここに何者かが踏み入る前に、彼を連れて出るだけの時間的余裕があったと言う事だからだ。


 危穂警察署は、何者かの襲撃を受けたらしく、その傷跡が残っている様子。一昨日に伊月摩耶を霧花さんが引き取ってから、彼女達はここには来ていないらしかった。この惨状を見れば当然の事か。


 遠城家はDMCによるものではないものの襲撃を受けた様子だったが、こちらは上手く撃退したらしく、当主に話を聞く事はできた。そして、彼等の口から、霧花さんの身に起きた事を知らされた。



◆◆◆



 俺が病院に着いたのは、処置の終わった彼女が病室へと運び込まれ、状態が安定した直後の事だった。部屋は個室で、入院したてで荷物も少ない。霧花さんが服の下に隠し持っていた幾つかの魔術道具や呪符などがまとめて棚の上に置いてあった。霧花さんは暇さえあれば呪符を自作しているような人だったから、その呪符の残り少なさが激戦を窺わせた。


「……………………」


 絶句。絶句だ。俺は丸椅子に掛けて、呆然と意識のない彼女を眺めていた。全身を包帯でグルグル巻きにされ、胸元からは今も血が滲んでいる。頭部の外傷は酷く、火傷も痕が残る可能性があるそうだ。


 家を空けた判断は、結果的に間違っていたんだろう。いや、今にして思えば、俺の失策だ。敵がすぐ近くに居ると言うのに、なんの対策もせず…………すぐに戻れば大丈夫だろうと高を括った。こんな…………事をする野蛮人と殺し合いをするのが嫌で。馬鹿な話だ。


「ハッ…………」


 鷹峰の本家を出る時、俺はなんと言ったのだったか。


「助けを必要としてる人が居る。その人たちを守れる人間でいるために、俺は魔術師を続けてるんだ…………だったか?」


 あぁ、口を衝いて出たその言葉に一人で納得した。そうだ。そんな事を言ったんだったな。


「フフ………………ハハ…………………………ハハハハ」


 随分な正義のヒーロー様だ。あんなに近くに居た、女の子一人すら守れなかったクセに。


「アハハハハ…………アハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 天を仰ぎ、堪らないとばかりに大笑いする。今の霧花さんの姿(おれのおちど)は、直視するにはあまりに惨すぎた。暫く俺は、周囲の迷惑も考えずに笑っていた、泣きながら笑う俺に、注意しに来た看護師が涙目になって帰っていったのを最後に、俺の笑いは収まった。喉は痛いし、笑うのにも疲れた。何より、俺にはやるべき事が残っていた。ここで打ちひしがれていても仕方がないと、時間が立てば受け入れられるようにもなる。


 重い腰を上げ、霧花さんの荷物が置かれた棚へ歩み寄る。荷物を漁れば、バッグの奥に厳重に隠してある小袋があり、中には紐を通した銀色の指輪が入っていた。俺はそれを黙ってポケットに入れて病室を去った。


 病室の外で待っていたのは、昏い顔をした女が立っていた。伊月摩耶、その影に魔物を飼っている女だ。


「入らないのか?」


 俺の問いに女は緩慢な動作で頷くと「そうか」と言って病棟の出口へ向かう俺の背中を追って、トボトボと歩き出す。落ち込んでいるというのとも違う、申し訳なさそうにしている、というのを何倍も暗く重苦しくしたような雰囲気が背後から漂ってくる。その鬱陶しさに思わず溜息が出た。


「俺も人の事は言えないか」


 そう言えば、彼女は部屋の前でずっと待機してたなら、俺が狂ったように笑っていたのも聞いていたという事か。別に恥ずかしいという訳ではないが、あんな振る舞いをした男に黙って付いてくるこの娘の神経が分からない。


 入院患者の居る病棟の下には、当然だが急な入り用の時に使う売店が備え付けられている。その手前にはベンチが設置されており、ちょっとした休憩スペース代わりにも使う事ができる。そこに摩耶ちゃんを座らせた俺は、売店で軽い朝食を調達してくる。


「ここ飲食OKらしいから、良かったら」


 俺の差し出したツナマヨおにぎりを受け取り、静かに頷いた摩耶ちゃんは、ゆっくりとビニールを剥いて、少しだけ口に含んだ。彼女も霧花さんと同じ患者衣を身に着けており、この病院に入院している事が分かる。その体表に異常はなく、表面的には治療が施されているようだ。しかし……


 何があったのかは知らないが、酷い呪詛を打ち込まれている。この病院では治療できないだろう事は想像に難くなかった。


「担当の先生の名前……分かるかな?」


 ボソボソと担当医の名前を告げた彼女を伴い、俺はスタッフステーションに向かった。そこで担当医と相談して、彼女の退院を決めた。本当は警察にも伺いを立てなければならない事情があるようだったが、俺が大妻のオッサンと繋いで、俺達で話を付けたらあっさりと許可が降りた。病院としても、彼女の治療には専門家の手が必要な事は分かっているようだったし、俺があげた名前に納得しているようでもあったから…………まぁ、変な話、当然の流れだった。


「少し歩くけど……タクシー呼ぼうか?」

「…………大丈夫です」


 病院前のロータリーでそんな会話を交わし、ゆるゆると歩き出す。依然として彼女は沈んだ様子で、トボトボと俺の後を付いてきた。病院は川向こうの住宅街の中にある、前に摩耶ちゃんの検査で世話になった病院とは別の病院だった。


 病院を出て暫くは、車通りこそ多いが人気のない住宅街のど真ん中を歩くことになる。まだ時間的に街が目を覚ましていないのだ。真っ青な冬晴れの下、渡ろうとした踏切の遮断機が降りてきて、少しの間歩みが止まる。そんな時だった。


「なんで……」


 長い沈黙を破り、摩耶ちゃんがボソボソと喋り出したのは…………


「なんで霧花は、あんなになるまで戦ったんでしょう」

「………………」


 カンカンカンカン……


 隣を見れば、そう鳴き続ける踏切の前で、今にも飛び出しそうな危うい雰囲気の女が立っていた。


「私って霧花の何ですか…………? ただの大学の友達なんじゃないんですか? 親友と言うほどの仲でもない」


 堰を切ったように溢れ出した感情、膿を吐き出すような呟きを、俺はただ黙って聞いていた。


「私を置いて逃げたって、誰もあの娘を責めたりしない。なんで、なんでそんな娘が、あんな目に遭わなければならなかったんですか?」


 少し遅れてやってきた電車が、独特の風で俺達の身体を揺らし、そしてあっと言う間に過ぎ去っていった。その直後の虚無感に、俺は自分でも驚くほど(とぼ)けた声で。


「……少し、寄り道して行くか」


 そう言った。


 遮断機が上がる。少し歩いて振り返る。余りに脈絡のない俺のセリフに、摩耶ちゃんは呆然と立ち尽くしていた。


「近くの公園に、美味しいケバブの屋台があるんだ。丁度朝だし、ケバブ(どき)だろ?」


 大きく見開かれた丸い目が揺れ動く。私の質問の答えは? そもそも朝はもう食べたんじゃ? 言いたい事は色々とあるのだろう。暗い事を考えすぎて疲れた頭には、少し酷なぐらい色々と考えているのだろう。けれど結局。


「……なんです、そのケバブ(どき)って」


 少し笑いを含んだ声音でそう聞いて来た。俺はそれに頷いて、まぁ良いからと彼女を連れて歩き出した。考えるのは諦めたのだろう。少し軽くなった彼女の足取りに、俺はバレない程度に笑って前を向いた。


 ケバブと言うと、この場合は日本でも有名なドネルケバブの事を言う。トルコ語で回転するを意味するドネルという言葉の通り、スライスして味を付けた肉を串に刺していき、巨大な肉の柱となったそれを回転しながら焼いていく料理だ。ドネルケバブの屋台は朝に仕込んだこの柱を一日中加熱しながら回転させ、いつでも温かいケバブを提供してくれるのだが、これが時間が経つごとに肉汁が落ちていってしまうのだとか。


 だから美味しいケバブを食べたいなら朝の開店直後がベストという事になる。


「あ、おいしい」


 そのベストなタイミングに提供されたケバブサンドを一口するや否や、摩耶ちゃんはボソリとそう呟いた。


「だろ? ここのケバブ美味いんだよ」


 いや、本当に美味い。俺でも、朝のこの時間にここには滅多に来れないから。運が良かった。たまたま、この時間帯にこの近くを通り掛かるなんて。二人してケバブサンドに舌鼓を打ち、至福のひと時を過ごした。


 一足先に食べ終わった俺は、近くの自販機で飲み物を買ってきて、ようやく一息をつく摩耶ちゃんの横顔をジッと見詰めた。


「美味かったか?」

「……? えぇ、はい。美味しかったです」


 今の今まで美味い美味い言いながら食っていた彼女への、俺の今更過ぎる質問。一瞬首を傾げたものの、摩耶ちゃんは美味しかったと改めてそう言って頭を下げてきた


「こうして美味いものを食べて、幸せな気分で朝を過ごせるのはさ…………霧花さんが頑張ったおかげなんだよな」


 逃げたって誰も責めない。ここに来る途中、踏切の前で彼女はそう言った。遠城霧花が伊月摩耶を助ける理由が分からないと、ただの友達を守るのに、命がけで戦って、傷ついて。その意味が分からないと。


 霧花さんのおかげだ。そんな俺の言葉に、摩耶ちゃんは一瞬目を見開き、そして俯く。思い出したかのように、昏い顔をする。


「笑えよ……」

「えっ…………?」

「もっと笑え。ケバブ美味かったんだろ? なら、もっともっと笑え。そんな顔されちゃ、霧花さんが報われないだろ」


 はぐらかした質問の答えがコレだ。不思議なもんか。誰かが誰かを守る理由が、分からないなんて事ある訳が無い。死なずに済んだ人間が、守られた人間が、幸せならそれで良いんだ。そうじゃ無きゃ、誰が命なんて張るもんか。


「あっ、でも笑うって言ったって、俺みたいなのはダメだぞ? 看護師さんが泣いちゃうからな」

「フッ…………はい、そうですね。分かりました。気が狂ったみたいに大笑いするのはやめておきます」


 やっぱり聞いてたんだな。あの病室の前で死人のような顔をした摩耶ちゃんと再会してから、今の今までで、初めて笑った顔を見た。俺の醜態も、何かの役に立つことがあるんだなぁ、なんて遠い目をして。ベンチを立った。

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