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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第二十六話




 魂を扱う魔術はこの世界では禁忌とされている。そのため、幾つかの分野の魔術はその発展の道を閉ざされたと言われている。そのうちの一つが死霊魔術(ネクロマンシー)だ。既存の霊魂を用いて死体や、霊魂そのものを操る魔術は霊媒の魔術と似ており、鷹峰も得意とした魔術だったが、その技術の根幹は魂の分与に近いものとして弾圧された過去がある。だが、死体を動かすのが魂でないなら、アンデッドの作成は合法だった。勿論、正規の手段で死体を手に入れるなら……の話だったが。


 いずれにせよ、鷹峰の扱う死体傀儡の技術は、魂ではなく()()を用いるものへと変化していった。それが、ある一族にとって途方もなく有用であるという事実も知らずに。


 鷹峰と遠城の共同開発によって確立されたコープス・スライムの生成方は実に簡単だった。情緒の発達していない子供を数人集め、最後の一人になれば助けてやると言ってナイフを渡し、最後になった一人も殺す。そして死体をミキサーにかけ、肉体が本来の姿を忘れるまで放射線を照射する。膨大な呪いを溜め込み、無限に増殖し続けるアンデッドは、こうして作られた。


 呪符の中身の使い方、注意点を記した手紙には、遠城斉雅の直筆でだいたい十体のスライムを作るのに百人分は材料が必用だったと書き綴られていた。


「だから大事に使いなさい」


 という言葉で締め括られた手紙の寿命は長くは無かった。読み終える頃にはクシャクシャに握りしめられていたソレは、直後に発火し粉々になった。誰の怒りに触れてそんな目に遭ったのかなど、説明するまでもないだろう。



◆◆◆



 滂沱の肉流。幼子の手が嵐のように吹き荒れる、屍肉の坩堝。遠城の魔術師が喚び出した怪物の体内は、人間にとっては地獄のような環境だった。ただし、幸か不幸か、これに巻き込まれた三人の女のうち、二人にとっては違うようだった。


「ふざけてる! こんなものを!」


 そのうちの一人、セリーナ・クランツが激昂していた。誰の目にも明らかだ。これはマトモな方法で生み出された物ではないと。彼女は、そういう魔術師の度を越した振る舞いを憎むからこそ、D.M.C.────形而上資産保全総局に入ったのだから。


「摩耶!!」


 残りの一人、遠城霧花は悲痛の叫びをあげていた。彼女は取り戻した親友をその手に抱きしめるが、その反応が無い事に身が引き裂かれそうな思いをしていた。彼女にとって、摩耶のような一般人を守る事こそが、魔術師として在る意味だったからだ。


 セリーナ・クランツは血液を操る魔術師だ。死骸の海は、そういう意味では有利な環境だった。全く身動きが取れない事は由々しき事態だったが、血液の刃は無限に肉の蔦を切り飛ばし続けている。やがて、その牙は霧花達にまで届くだろう。


 死骸の纏う莫大な呪詛は、霧花にとっては最高の環境だった。これだけの燃料があり、それを操る術を持つのだから、彼女にとって呑み込まれた魔術師一人を葬る事に何の障害も無かった。ただ、そう…………


「摩耶をここから逃がさないと」


 守るべき友人の安全を優先するなら、コープス・スライムの胎内は不都合な場所と言えた。彼女の攻撃は、摩耶に吸い込まれる事は無くなったが、この肉の海の中では無限に拡散し続ける。摩耶が中に居ては意味が無いのだ。


 霧花は肉の波を切り分け、不覚へと左手を伸ばす。利き腕ではないためか、怪我のせいか、その動きはぎこちなく、もどかしさに歯を噛んだ。しかし、この遺骸の泥の取り扱いを記した手紙には確かに、これを操る術が書いてあった。何かに肉の蔦が切り飛ばされている。その音が近づく中、焦りを押し殺して手を伸ばす。


 霧花の手に硬い感触が帰ってきたのは、無数の斬撃が肉の海をバラバラに切り裂き、四散させたのと同時の事だった。


 屍肉塗れの肌に気持ちの良い夜風が当たる。そこは開けた河川敷だった。危穂を東西に分断する荒川水系の支流の一つ。セリーナは土地勘が無いなりに、この場所が周辺被害を考慮せずに戦える場所である事を察した。


「って言っても……流石に今ので仕留め」


 息も絶え絶えに視線を上げ、そこでセリーナの表情が凍る。飛び散った肉の蔦は血を撒き散らして地面を染めたが、その上にただ1つ、真っ白な異物が取り残されているのに気が付いたからだ。


 表面に刻まれた無数の溝は、それがセリーナの攻撃を全て受け止めた痕跡であるとすぐに分かった。


「っ!」


 嫌な予感に後退ろうとして痛みと共に尻餅を突く。何故と足元を見れば見るも無残な右脚が視界に映る。先の攻防の結果か、眉を顰めるセリーナ。その金色の前髪がチリと先の先だけ切り飛ばされた。それは丁度、尻餅を突かなければセリーナの首があったであろう場所だった。


「ッ……!」


 運よく命を拾った、そんな自らの無様に舌打ちを一つ。ブランボルグの騎士は、忌々しげに斬撃の出どころを睨み付けた。


「まるで茨ね」


 虫の息のようにも、涼やかなようにも聞こえる声が河川敷に響き渡る。()()に纏わりついていたのは、乱雑に繋ぎ合わせられた背骨のような何かだった。それは使い手の言のように茨のようにも見えたが、そう称するには余りに痛々しい姿だった。片膝立ちに摩耶を抱えこみ、何かを投げつけた直後のような格好の女。


「そうね、投げ槍よりは、そっちの方が近いんじゃない?」


 地面に突き刺さる脊椎の槍を引き抜いたセリーナは、苛立ちを隠しもしない声音で吐き捨てた。彼女がまず注視したのは、凄まじい威圧感を放つ、霧花の足元に突き刺さる三本のナイフだった。恐らくは、アレが死肉の塊を制御するための呪具。あの一瞬で、それまで暴走させるままにしていた肉の海から、骨だけを抜き取りを身を守る鎧としたカラクリがあるとしたら、それしかない。


 その次に目に付いたのは、変化した女の風貌だった。服はボロボロ、この冬の寒空にラフな黒シャツ一枚の霧花、それだけなら哀れを誘う姿だ。なまじ若く美しい女だけに、見るものが見れば唾を呑むほど美しいと感じたかもしれない。だが、そんな感想が浮かぶ余地は無かった。はだけた胸元から首にかけて、黒々とした何かが這い上がる。一見すればただの刺青(タトゥー)だが、つい先程まで影も形も無かったとなれば、それが何か異様な由来の物である事は明白だった。


 だが、それらの異常よりも何よりもセリーナの癇に障るのは、まるで姫を守る騎士のような姿勢で摩耶を抱きとめる、霧花の表情そのものだった。


「一応聞くけど、その吸血鬼女…………死んでないわよね?」

「生憎とお姫様は健やかに眠っておられるの、少し静かにできるかしら?」


 二人が言葉を交わす微かな空気の揺れで、限界を迎えた背骨の茨はパラパラと崩れ去った。満月の光が河川敷を照らす。ロクな光源も無いと言うのに、お互いの表情が良く見えた。セリーナ・クランツは気に食わないと、今にも食って掛かっていきそうな顔を、そして遠城霧花は静かに覚悟を湛えて正面の敵を睨み付けていた。


「良い人か…………」


 命がけで市民を守る正義の味方みたいな顔だと思いながら、セリーナは独り言つ。その視線の先には気絶した摩耶の顔があった。セリーナは勿論、彼女がいつぞやの公園で話した女である事は知っている。「私の知り合いの魔術師は皆良い人ばかり」と、笑顔で言った彼女の事は、自分でも不思議なくらいセリーナの記憶にこびり付いて離れなかった。だかこそ、数日前、大学の事件で彼女の存在を知った時点で。彼女にとって自分が悪い魔術師になるだろう事は覚悟していた。


 警察の言い分は聞いた。伊月摩耶が、ただ魔物に寄生されただけの不幸な一般人である可能性は、十分にあるとセリーナ自身判断していた。


 それでも、吸血鬼の疑いが一分(いちぶ)でも残っているなら、容赦はしない。それがセリーナ・クランツの使命だからだ。それなのに、それなのに、それなのに…………


「何なのその顔?」


 女は、良い魔術師は、まるで悪人でも見るような目で、セリーナを睨んでいた。


「良い人ぶって、まるで私は悪役ね…………正義のヒーローにでもなったつもり?」


 自分で自分の言葉を笑い飛ばすセリーナ。正義のヒーロー? お笑いだ。鼻で笑いすぎて鼻がもげるかもしれない。


「私は無辜の市民を守る、良い魔術師ですって?」

「…………何が気に食わないのか知らないけれど」

「善人が使う魔術じゃないって言ってんのよ!」


 霧花の反駁すら遮って、ピシャリと言い放つセリーナ。


「対人特化の呪詛の炎? 呪いまみれの人間ミンチ? そんなもので、何の! 誰を! 守るって!?」

「………………」


 霧花は黙り込み、静かに拳を握った。セリーナの言い分は酷い言いがかりだった。無辜の市民である摩耶を守ろうとしているのが霧花で、殺そうとしているのがセリーナ。何をどう言おうと、この事実は変わらない。それでも、霧花に言い返す言葉は無かった。遠城家の魔術は、人殺しの技だ。人民を救おうと考えてこのような技術を発展させたとしたら、それは狂人の所業としか言いようが無い。


 遠城霧花は伊月摩耶を守るために戦っている。それは何故か? 友人だから?


 否、彼女が魔術師だからだ。それが、魔術師という人種の持つ使命だからだ。自らの扱う魔術が人を救うための物だと信じているからだ。だが、そんなものは幻想だ。敢えてもう一度言おう。遠城家の魔術は、人殺しの技だ。人を殺すための技であり、人を殺す事を厭わない技であり、セリーナの言う通り善人の使うような技では毛頭ない。


「………………決まってるでしょう?」


 だけど。と懐かしい声が頭の中で響いていた。春の日の、雨のパーゴラ。血塗れの不審者が宣う。


『だけど、魔術師も悪い事ばかりじゃない』


 それは、遠城霧花という人間が、人間になった日の記憶。


『君を守る事ができるだろ』


「私は、誰だって、助けを求める誰かを、守るために魔術師になったのだもの」



◆◆◆



 もう何度、あの場所に足を運んだか分からない。子どもの頃は毎日のように、気が付けば嘘のように行かなくなったあの聖堂を、私は今でも夢に見る。


 実家の地下の聖堂で、封印のために身を捧げ続ける母を前に、私はいつもこう言うのだ。


「お母さん、私の大切な人が教えてくれたの。私はね…………きっと、誰かを守る格好良い正義の味方になるために、生まれてきたんだわ」



◆◆◆



 活力を失い、ただの肉塊へと戻ろうとしているコープス・スライム。その代わりにと、三枚の呪符が宙を舞った。瞬く間に出現した肉の蕾が花開き、再び肉の濁流が全てを押し流そうとしている。その中心へと、深く左腕を突っ込む女が居た。左半身を覆う黒紋は、左腕を呪詛に浸すのと同時に蠢動し、首元から左頬まで伸びていく。それでも構わず、霧花はその肉の奥深くから三本の黒いナイフを取り出した。左手の人差し指から小指までの四指の間に柄を挟み、三本のナイフを同時に振るう。


 それだけで三体のコープス・スライムが彼女の意のままに侍った。


「もう十分、おしゃべりで時間は稼いだでしょう? その足が松葉杖無しで歩けるようになったなら、さっさと逃げ帰る事をオススメするわ」


 その挑発に、セリーナは無言でハルバードを構えた。既に、ひしゃげた右脚は血液製のギプスで補強済みだ。好戦的な笑みを浮かべる彼女に霧花は眉間に皴を寄せた。


 川の風は強く、二人の間を駆け抜けていく。今宵の、最後の戦いが始まろうとしていた。

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