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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第七話




「そうか……災難だったな。生憎と鬼灯(ほおずき)の手持ちはないが、この光があれば迷う事は無い…………そんな顔をするなよ。あの世もそう悪い場所じゃないさ」


 俺は今、虚空に向かって独り言を呟き続けるヤバい人になっている。とはいえ、刑事ともなればこの光景も一度は見た事があるらしく、軽くスルーしてもらえている。人死にの現場において、俺のような霊媒体質の人間は、それはもう引くほど役に立つ。どれだけ技術が発展しても、どれだけ凄腕の検視官が居たとしても、死んだ人間から証言を取るなんて芸当は不可能なのだから。


「やっぱりぃ居るのか? 幽霊」


 被害者の霊をあちらに送った俺に、待っていたようにオッサンが声を掛ける。この場に被害者の霊が居る。ただそれだけの事実を、警察は今の今まで把握できていなかったという事だ。霊媒魔術師に暇なのが居なかったんだろう。とはいえ、これは朗報だ。


「霊の魂には傷一つない、無くなってるのは血だけだな」

「そうか、そりゃ良かった」


 ぶっきらぼうだが、本当に心の底から安堵しているのが伝わってくる。


「怯え過ぎだなオッサン、元々そっちの見解でもただの魔物の仕業って話だったろ」

「馬鹿野郎、見解は見解だ。霊媒師の見立てほど正確じゃねえよ」


 まぁそうだろうな。魂の観測に関しては国際条約のせいで研究すらできない。おかげで霊媒魔術師は食うに困らないから、俺に文句を言う筋合いはないかもしれないが、厄介な話だ。そのせいで、魂の収奪を行う吸血鬼の存在を関知できないんだからな。


 そんな、他愛ない話をしている俺とオッサンを傍から見ている人物がいた。たまたま居合わせただけの客は、多くが既に住所と電話番号を抑えられて帰った中、被害者と一緒に飲んでいたという合コンメンバーの事情聴取は長引いていた。彼女はその中の一人、数日前ッつ全俺の家に現れた霧花さんの友人。


「ねぇ、霧花……さっきからなんの話なの? 魂がどうとかって…………ひょっとして今ここ幽霊居るの?」


 怯えた様子の彼女の言葉に、霧花さんは淡々と応える。


「こういう現場には普通居るものよ、どうせ見えないし、触れもしないのだから気にしない事ね」

「でも、刑事さんは凄く気にしてたみたいだよぉ? なんで、血を吸われただけの被害者の魂を心配するの?」

「それは…………」

「クッフ……!」


 えっ、本当に知らないの? という霧花さんの顔に思わず吹き出してしまう。すかさず飛んでくる鋭い視線を躱し、俺はサッと彼女、伊月摩耶の前に出た。


「ひょっとして、歴史の授業は寝てた口か? 一応、中学範囲の世界史で、一般教養の筈だけどな」

「たはは、お恥ずかしながら」


 人を見た目で判断するのは良くないが、うん……そういうビジュアルの女性だとは思っていた。あまり勉強熱心な方ではないと見える。それで霧花さんと同じ大学なのだから、頭は悪くないのだろうが。


「普通ならスルーするところだけど、霧花さんの友人だからな、軽くおさらいをしようか」


 それで構わないかと伺いを立てる俺の視線に、オッサンは「好きにしろ」と肩を竦めた。なら遠慮なくと魔術を展開する。簡単な幻術、ホワイトボードを出すだけの小魔術だ。


「吸血鬼という存在について、君……摩耶ちゃんはどの程度の知識を持っているのかな?」

「吸血鬼って、あのドラキュラ的な」

「そうだ、欧州の伝承に名高い、血を吸う不死の怪物。それが吸血鬼だ」


 俺の言葉に併せて、ホワイトボードに独りでに絵が浮かび上がる。デフォルメされたドラキュラの姿に、婦警さんの一人が「かわいい……」と声を漏らす。


「血を吸うって言えば、比嘉さんの死体も血が……ひょっとして今回の犯人も」

「血を主食とする魔物はいるが、残念ながら伝承の吸血鬼は実在しない、だからコレもあくまでフィクションのイメージに過ぎない」


 ホワイトボードのチビドラキュラに大きくバツの字を書きこむ。


「だから、魔術世界においては吸血鬼と言えば、それはある魔術師の二つ名であり、その魔術師の使った()()()()()()を使用する魔導犯罪者の事を指す」

「つまり……凄い魔術師って事です?」


 あまりに無邪気な彼女の言葉に、思わず苦笑する。オッサンや、霧花さんも同じような表情だ。それは事実だが、簡単に頷くわけにはいかないな。俺はホワイトボードに順番に『魂の観測』『魂の分与』『魂の収奪』という三つの魔術の名を書き連ねていく。


「第一次世界大戦期の欧州には戦場伝説とも言える、ある魔術師の存在があった。その人物はブランボルグ王国という、北欧の軍事大国において英雄的な活躍をし、周辺諸国に畏れられた猛将だった」


 名前は今でも分かっていない、いつから生きているかも、誰も知らない謎に包まれた人物だ。


「ブランボルグには古くからの地方病のようなものがあり、毎年夥しい数の国民が死亡していた。その遺体は…………」


 俺はチラリとトイレの個室の方向を見る。


「カラカラに乾いたミイラのようであり、血は一滴残らず枯れ果てていた。そのため、古くからあの土地には吸血鬼の伝承があった。それが、たった一人の千年以上を生きた魔術師による『魂の収奪』の痕跡であった事が戦後の裁判で明るみになった」


 魂の収奪は、その名の通り、他者の魂を奪う魔術である。その土地に根付き、伝説となるほどまでに蔓延していた不審死の原因が、たった一人の悪行によるものだと明かされた当時の世間は、それはもう大騒ぎだったらしい。この魔術を含めた、三つの魔術を禁呪として規制する国際条約が締結されるほどだ。まぁ、コレは吸血鬼自身が『魂の分与』を使って行った戦時下での膨大な戦争犯罪の影響の方が強いようだが。


「ひょっとして、そのモウショウとオソれられたっていう、その人が」

「そうだ。その人物こそ、自らの魔術で千年以上の時を生き、吸血鬼の名で知られた世界最悪の魔導犯罪者だ」


 魂の観測で魂を認識し、魂の分与で他者の肉体を乗っ取り、魂の収奪で自らの魂の寿命を延ばす。理論上、この三つの魔術を運用し続けるだけで、魔術師は無限に生き続ける事ができるようになる。事実上の不老不死だ。


 俺はつらつらと図解を交えてその魔術師──吸血鬼が行ってきた延命法を語って聞かせた。最初は難しい話をしているなとぼんやり聞いていた彼女も、そして傍で講義を聞いていた合コンメンバーらしき大学生達も、すぐに顔色を変えた。魂を貪り、永遠を生きる吸血鬼。それは伝承とは少し違うかもしれないが、恐ろしさで言えばそう違いは無いだろう。


「この事件、既に十人以上の被害者が出てるが、その遺体の様子から吸血鬼の関与が疑われている。勿論、本人じゃない。条約で禁止された吸血鬼の魔術によるものではないかって事だ」

「あっ、だから被害者の霊が無事かどうかの話をしてたんだ……」

「呑み込みが早いな、長くなったが、つまりはそういう事だ」


 これでDMCがこの事件に介入する大義名分は無くなった訳だが、問題は連中が俺の証言を信じてくれるかどうかだな。そんな聞き分けの良い組織なら、何も世界中の現場で嫌われるなんて事はないのだから。むしろ、そのせいで吸血鬼よりも吸血鬼狩りの方が恐れられている節もある。皮肉な話だが。見た事もない犯罪者よりも、警察の方が何故か嫌われる。なんて話もある世の中だ、仕方ないだろう。実際、俺としても彼等のことを迷惑に思っているのだから。



◆◆◆



「日本の魔導警察の方ですよね? 少しお話を伺っても?」


 武曽冴子は考える。目の前に居るのはDMCの特務派遣員、魔術世界では吸血鬼ハンターの名で畏れられる存在の一員である。彼女の所属する魔導警察の方針として、彼等との協力は消極的であり……今回も国内での違反があれば問答無用で拘束する旨の通達が届いていた。


「上層部はそちらとの交渉に失敗してしまったようで、まったく情報が降りてこないんです。助けると思って、少しだけでも……」


 とにかく乱暴な捜査が多いと評判のDMCが、わざわざ頭を下げて情報提供を乞う姿に、冴子はどうすれば良いのか分からなくなっていた。少なくとも、この人物に悪い印象は抱かなかった。情報を提供する事で、協力を仰げるなら、悪い事でもないように思える。


「………………」


 沈黙は数秒、先ほどの騒ぎで人影の無くなった路地裏に、溜息が響く。


 男のものか? 否。


 では冴子のものか? それも否。


「アムスベルク、コレは時間の浪費よ」


 鈴を転がすような、可愛らしい声が木霊する。まるで血のように真っ赤な斧槍(ハルバード)の穂先がしゃがみ込んだままの冴子の首元に添えられた。鋭い刃は、たったそれだけで首の薄皮を切り裂き、タラリと彼女の首から血が流れだす。


「奴等の渇きは、永遠に癒える事は無い。ただ、時と共に屍を積み重ねるばかり……そうよね?」

「えぇ、心得ていますよ()()()()卿…………だけど、ワタシ脅迫は嫌いなんです」


 まるで気配が掴めなかった。と冴子は(ほぞ)を嚙む。索敵には自信があったと言うのに、その女は影のように気が付けば彼女の後ろに立っていた。相手に殺意があれば、間違いなく殺されていたと断言できる。


「アムスベルク、お前の好き嫌いなんて聞いてないのよ。その問答は必用な工程なのか、無用ならここで私が手出しする事に文句を垂れる資格はないわよね?」


 だが、アムスベルクと呼ばれた男の反駁に、背後の女が意識を逸らした。それだけで、冴子にとっては十分な隙だった。


「っ……! クランツ卿!」


 男の注意喚起もコンマ数秒遅かった。一瞬の風圧、その直後、冴子の背後に高密度のエネルギーが収束し、四本の巨人の腕が背後のセリーナを強襲した。物理的な破壊力を伴う魔力の塊。否、それはいっそ()()と呼ぶべき生命体であった。ドス黒いオーラのようなもので形成された四腕の巨人。腰から下は無く、背後霊のように冴子に付き従うそれは、上半身だけで優に2mを超える巨体で前後の襲撃者を威圧する。


「チッ…………手伝えアムスベルク!」

「っ……ゴーレム!!」


 セリーナが構えた長物に魔力を迸らせながら、前方の部下に協力を要請する。明確に格下の魔術師を相手に、二人がかりでの戦闘、魔術師マティアス・アムスベルクは上司の判断の早さに舌を巻きながら用意していたゴーレムを呼び出す。路地裏の外に停めてあった赤いスポーツカーが瞬く間に変形し、人型の従僕となり歩き出す。マティアス特製の可変式モーター・ゴーレムは、人型になる事でその身に刻まれた魔法陣が本来の形を取り戻し発動する。今回のは渡航してから仕込んだ急造品、それでも魔力の弾幕で路地裏を埋め尽くす程度は造作もない。


 前方では路地裏の外へ向かって駆けていくゴーレムマイスターと、路地裏へ向かって欠け込んでくる自走式マシンガン。後方には何やら怪しげな雰囲気でハルバードを構える小柄な吸血鬼ハンター。ビリビリと空間を軋ませる二つの殺意に、猶予らしい猶予はない。スッと目を閉じた冴子が、瞬きを終えて再び視界を取り戻す頃には、路地裏は死の国へと変貌を遂げるだろう。


 だが、冴子に焦りはなかった。黒い巨人の腕が路地裏の両壁を掴むと、力を溜めた一瞬ののちにその腕力のみで彼女を遥か上空へと弾き出す。


 冴子が上から路地裏を飛び出した、その直後、大気を震わせるような爆発音が路地裏から彼女の背を叩くように響いてきた。街中だというのに遠慮のない魔術行使に、ドッと冷や汗が流れ出す。危なかったと内心で呟く冴子、危うく殺されるところだったというのもそうだが、何よりこんな事をするような非常識な連中に気を許しかけていた事実が恐ろしい。


「アイツ等が本格的に絡んでくる前に、犯人を捕まえなきゃ」


 コレ以上暴れられたらたまらないと肩を竦めた。夜は更けていく、危穂の街並みの真上を駆けて逃走する冴子の姿は、暗い夜空に消えていった。歓楽街は今夜も煌々と光を放ち、人々は蛾のようにこの場所に吸い込まれていく。路地裏から出てきた二人の吸血鬼ハンターは、明るい地上から薄暗い上空を睨みつけ、逃亡者の影を見失った事を認めた。


 今日のところは、引き下がるしか無いようだった。

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