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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第一話

 お久しぶりです。夏川です。できれば、第三章も書きあがってから投稿を開始したいと考えていたのですが、流石に期間が開きすぎるため今日からまた更新を再開する事としました。ストックが尽きたらどうしようもなく更新が途絶える事になりますがどうかご容赦ください。

 今回は元々日常編のつもりだったので展開がゆっくりです。そのため今日と明日で三話ずつの更新になります。よろしくお願い致します。




 秋が無いなんて言われて久しい日本の十一月、暦の上では秋であるものの、この時期を指して秋とする人間が今の日本にどれだけ居る事だろう。夕方ともなれば気温が十度を下回るのも当たり前、そんな寒空の下を夥しい返り血を浴びた男が歩いていた。ふと、男は何かに気付いたようにズボンのポケットから携帯を取り出し、どこかへ電話をかける。


「あ、霧花さん? これから帰るんだけど、丁度通り道にスーパーあるから……うん、そうそう何かないものがあったら、うん」


 俺の名前は鷹峰空理、東京都危穂(あぶほ)在住の不審者、もとい魔物ハンター二十七歳。今日も今日とて、魔物を狩って暮らしている。



◆◆◆



 東京都危穂の駅前から徒歩で十五分、鷹峰空理と遠城霧花の愛の巣は大学近くの雑居ビルの四階にあった。都心という事を考えれば破格の広さ、幽霊付き事故物件という事で格安で購入したその場所に、パタパタというスリッパの音が響く。


「そうね、そろそろ味醂が無くなりそうなのと、冷蔵庫の中にヨーグルトが無いわ」


 電話を片手に冷蔵庫を開いた女は、左足で軽くリズムを取りながら、電話の向こうの人物に情報を共有していく。


「お肉は大丈夫よ? あと一パックしかないけど、魚があるし……そうねお肉を買うなら豚肉じゃなくて鶏肉が良いわ、モモじゃなくてムネ肉が…………うん、お任せするわ」


 そっと冷蔵庫を閉めてリビングに戻る女、遠城霧花は電話の向こうの鷹峰空理に早く帰ってくるように言い含めると電話を切った。その日は勤労感謝の日の振替休日で、学校のない霧花は暇をしていた。本来なら、空理と二人でショッピングしつつ食事をする予定だったが、ハンター協会からの突然の要請でリスケとなってしまったのだ。


「………………」


 リビングで一人、立ち尽くす霧花。夕飯の支度を始めても良いが、空理がスーパーで買ってきてしまうというので、今この瞬間の霧花はとても暇だった。今話題のドラマでも見ようか? などと考えているとピンポーンと来客を報せるチャイムが鳴る。この時間に宅配があるという話は聞いていない。


 首を傾げた霧花はそっとモニターに近付き外の様子を窺った。


『霧花ー? ここであってるよね……?』


 そこには、茶髪に青メッシュという、如何にも遊んでそうな髪色の女が立っていた。


「…………伊月さん?」


 伊月摩耶(いつきまや)、霧花の大学での数少ない友人の一人だった。何故この場所をと頭を抱える霧花、彼女は大学の友人の誰にもこの場所を教えた記憶はない。婚約者と同棲中だなんて、面白がられて押しかけられる事になるのは目に見えているし、揶揄われるのが分かっているのに、この場所に友人を招きたいとも思っていなかったからだ。


 とは言え、来てしまったものを追い返す訳にもいかない。空理には後で謝ろう。悩みに悩んだ末にそう結論付けてドアのロックを開けた。


「やっほ霧花、来ちゃった~」


 にへらと笑う友人をゴミを見るような目で見降ろした霧花は、大きく溜息を吐いてから「どうぞ」と彼女を招き入れた。部屋の中は霧花の日頃の努力で綺麗に片付いており、その様に感嘆の息を漏らしながら眺める摩耶。


「凄い部屋~! やっぱ魔術師さんは違うね、危穂でこんな広い部屋借りられるなんて」

「それで、何をしに来たのかしら」


 テーブルに掛けた摩耶に冷たい麦茶を出すなり、要件を問う霧花。雑談などする気はないと言わんばかりの態度に苦笑いの摩耶は、曖昧に言葉を濁す。ただ遊びに来ただけという訳ではないのは確かだろう。徐々に鋭さを増す霧花の目に、困り果ててしまう。


「そもそも、なんでここを知っているの?」

「いや、それは鷹峰ハンター事務所って検索したら住所出てくるし」

「それは困りものね…………それで、今日はどういった用向きなのか、教えてくれるかしら」

「……………………」


 黙りこくる摩耶に、霧花は徐々に疑惑を深めていく。なんの話をするにしても、大学で良い筈である。何故この場所まで押し掛けられねばならないのか。それなりに付き合いの長くなってきた霧花には、何となく分かる気がした。伊月摩耶という人間が、わざわざ人目に付かない場所で話をする時というのは、大抵怒られるような話をする時なのだ。


「……実は霧花に折り入って頼みたい事があって」

「ごめんなさい、それはちょっと」

「せめて聞いてから断って!?」


 とはいえ、既に聞きたくないとすら考えているのが霧花の正直な心情だった。どうせロクな事ではないと、彼女の経験則が訴えている。


「歌臼大学って知ってるよね? 実は……そこのコミックサークルと合同コンパの予定があったんだけどぉ」

「まさかそれに出ろという話ではないわよね?」

「………………お願い! 急に欠員が出ちゃって! 今週の土曜日なんだけど!!」


 ガタリと椅子から立ち上がり、地面に額を擦り付ける。


「えぇ…………」


 どう考えても人選に問題がある。文脈からして、それは婚約者の居る人間を呼ぶべき場である筈がない。


「黙って座ってるだけで良いからぁ……お願い、他に頼める子が居なくてぇ」


 既に半泣きの摩耶に眉間を揉む霧花。この友人の厄介なところは、その振る舞いがやけに憐憫を誘う事だ。さて、心が痛まないように断るにはどうしたら良いのか、頭を悩ます霧花だった。



◆◆◆



 多くの魔物被害は自然と人里の境界線で起こると思われがちだが、実際は市街地での被害も少なくない。いいや、人が多い分、数で言えば多いぐらいだ。そのため、民間のハンターも多くは市街地に事務所を構え、市街地に出没する魔物と対峙する事になる。


 必然、街中をうろつく返り血塗れの不審者がそこそこの数発生する事になる。そんな彼等の心強い味方、それが銭湯である。


「お疲れ様です」


 番台の若い青年が丁寧に頭を下げ、俺もそれに応じて頭を下げる。あちらとしても魔術師の来訪は慣れっこなのだろう。この格好について、何も言われる事はない。血まみれの服を専用の洗濯機と洗剤を借りて洗っている間に浴場に向かう。湯を被り、血を流すと体を洗ってから浴槽に向かい、肩まで湯につかり全身から力を抜く。これまでの一連の流れが、俺達民間のハンターにとっては最早日常と言っても良い。


 周りを見渡せば、チラホラと見覚えのある顔が見える。いずれもリラックスした表情で、この束の間の安息を楽しんでいるようだった。


 ふと、この生活をいつまで続けられるのだろうか、と考えた。今の俺の立場は、正直言うとあまり良くない。現状、鷹峰家では鷹峰空理が次期当主として当確の流れが漂っている。このまま何もせずに居れば、俺はあそこで傀儡当主として、何一つ自由のない生活を強いられる事になるだろう。俺の性格上、霧花さんとどうにかなってしまうと、無責任ではいられなくなる可能性が高い。俺の自由のタイムリミットは彼女との婚姻が成立するまでと考えて良い。


 問題は、それがいつなのかという事だ。鷹峰家と遠城家の間での利害関係の確認、古い家特有の儀礼関係の煩雑なアレコレなどが時間を稼いでくれているが、それもいつまでも持つと思わない方が良い。霊翔環を霧花さんから奪い取り、破棄すれば全ての問題は解決というのなら、それでも良かった。頑張れば、明日にでも実行可能だからだ。問題は、佐奈毘との契約だ。王の魂を七つ捧げる事、それが俺が奴の力を借りる条件だった。それが果たされないまま、霊翔環を破棄するなどという事になれば、恐らく俺はアイツに殺される。


 だから、俺は霊翔環を破棄する事ができない。霊翔環を破棄する前に、俺は王の魂とやらを七つ集めなければならないのだ。そして、困ったことに、その王の魂が具体的に何なのか、どこにいけば手に入るのか、候補はあれどコレという確証はないまま三か月という時が過ぎ去っていた。


「佐奈毘と話せれば良いんだけどなぁ……」


 そのためには霊翔環を手に入れる必要がある。だが、霊翔環を手に入れたのに破棄しなかったら、俺が霊翔環を破棄できない事を霧花さんに知られてしまう。だから、それはできない。


「はぁ………………」


 考えれば考えるほどに都合の悪い事実ばかり出てくる我が身に、思わず深い溜息が出る。そして、そのまま考えるのをやめた。


「ハァ~~~~良い気持ちですねぇ」


 ……………………。


「日本の大衆浴場には山があると聞いていましたが、本当にありますねぇコレ…………なんて山なんです?」


 ひょっとして俺に話しかけてるのか? 気が付けば、隣に見慣れない外国人が座っていた。いっちょ前にタオルを頭に乗せ、ジッとこちらを見てきている。何度か、海外で仕事をした事はあるが、やはり記憶にない。知り合いではない筈だ。何だコイツ、馴れ馴れしいな。


 胡乱な目で見る俺にニコリと笑いかけた彼は「知らないのですか?」ととぼけた事を言ってくる。今時日本に来るような外国人が富士山も知らないものだろうか? いや、人によるだろうが……


 サッと相手の口元に視線を走らせる。微かに残る魔力の残滓…………英語から日本語への翻訳魔術はつい最近実用化されたばかりの最新技術の筈、専用にチューニングされた霊体の使い魔を使用した高級術式だ。ただの観光客がぶら下げてるにしては些か厳つすぎる代物だな。


「…………この国で一番高い山だ」

「美しい山ですねぇ、ワタシ気に入っちゃいました」

「そうか、そりゃ良かった」


「…………………………」

「…………………………」


 気まずい。なんだ? 富士山の絵の話をしたかっただけか? ひょっとして、俺が話を広げなかったのが悪いのか? もう少し会話を広げる努力をするべきだったのか。思わぬ沈黙にグルグルと思考が巡る。こんなにも沈黙が痛かった事は無い。なんというか、海外からのお客さんを困らせてしまったと思うと、普段なら感じる筈もない自責の念がムクムクと湧き上がってくる。


「アナタ、魔術師ですよね?」

「あ、うん……そうだけど?」


 横目で俺を値踏みするように見た男は、そっと俺の右腕を指さした。


「その戦闘用の義肢、良いものです。きっと、よほどの技師の世話になっているのでしょう」


 確かに、これは日本有数の人形使いの手による物だ。こうして装着したまま入浴できる完全防水性なところも気に入っている。ひょっとして、俺に声を掛けたのも、これが理由なのだろうか?


「その技師とは、美味い酒が飲めそうです。会う機会があったら、自慢のアクアヴィットを馳走したいものですね」

「あぁ、聞いたら喜ぶと思うよ」


 俺はそれから暫く、その男の人形談義に付き合ってから、風呂を出た。風呂上がりの牛乳を楽しみ、その後は買い物を済ませて家に帰った。


「変わった外国人だったなぁ」


 なんて、思わずこぼすぐらいには、彼は俺の中で妙に印象に残ってしまっていた。



◆◆◆



「お願い! 一生のお願い! おねがぁい……」


 家に帰った俺が見たのは、見知らぬ女子大生が、霧花さんの足元に縋り付く姿だった。

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