キール王国騎士団長との対峙
牢の中でやつれた姿の国王とその側近たちを見つけた瞬間、一行の緊張が一気に高まる。
「本当に陛下……」
エマさんが呟き、震える指先を牢に向けた。その声に反応して王様が顔を上げる。彼の表情は疲労と苛立ちが混ざったものだった。
「誰だ、お前たちは……おい、まさか、エマか?」
王様の言葉に私は素早く辺りを確認した。監視兵の姿は今のところ見当たらない。
「急ぎましょう。監視が戻ってくる前に牢を開けてここを脱出しないと!」
私は小声で言いながら、エマさんに視線を送る。
エマさんは頷くと杖を振り、呪文を唱えた。牢の錠前が鈍い音を立てて外れ、扉がゆっくりと開く。
「陛下、今すぐにここを出てください!」
エマさんが促しながら手を差し出すが、王様は疲れた様子で立ち上がると、開口一番こう言った。
「もたもたしおって! 助けに来るのが遅すぎるぞ!」
王様は苛立ちを隠さず声を荒げた。さらにこちらに目を向け、言葉を続けた。
「それに……見知らぬ小娘がいるじゃないか。一体何者だ、貴様は? ぼーっと見とらんで、早うワシを支えんか」
「助けてもらった第一声がそれですか……」
思わず胸に苛立ちが込み上げるが、言い返す時間はない。私はそのまま王様を支え、転送陣への出口を指し示した。
「エマさん、残りの牢も確認してください! 助けられる人がいれば優先的に!」
「了解!」
エマさんが周囲を走り、次々と牢の鍵を魔法で解除していく。その様子を見た捕らえられた兵士たちが声を上げ始める。
「こっちも開けろ! 助けてくれ!」
「頼む、ここから出してくれ!」
騒ぎが徐々に大きくなり、防音結界を張っているとはいえ、気が気ではない。
「まずは王様と側近の方たちを優先します! 他の人も順番に助けるので静かに!」
私は声を張り上げて指示を出した。
その時――
「おい、そこで何をしている!? ん? いや、侵入者か! し、侵入者がいるぞー!」
叫ぶ声が背後から響いた。振り向くと、数人の監視兵が槍を構えてこちらへ向かってくる。
「くそ、見つかったか!」
テオロフさんが杖を握りしめ、魔力を練り始める。
「全員急いで! 転送陣に向かって!」
すると、監視兵の一人が壁に設置された緊急ボタンを押すと、建物全体にけたたましい警報が鳴り響いた。
「しまった……これで王国中に我々の侵入がバレたな」
「まずいわね……早く救出を終わらせないと!」
テオロフさんとエマさんが焦りを隠せない声で言う。
次々と押し寄せる監視兵を相手にしながら、私たちは転送陣へ兵士たちを送り込むべく動き続けた。
「テオロフさん! 派手にやるのはダメです! 建物が崩れて私たちまで巻き込まれます!」
テオロフさんの魔力が膨れ上がるのを感じ取り、叫んで制止した。
「ならば、これでどう!」
エマさんが目を閉じ、杖を掲げた。次の瞬間、牢獄内が眩い光に包まれ、監視兵たちが目を抑えて動きを止めた。
「今のうちよ! 全員、転送陣へ急いで!」
私は声を張り上げ、捕らえられていた兵士たちを次々と送り出した。
その間、敵の武器をスキルで作り出し、狭い空間で応戦し続ける。足元には剣や槍が散らばり、疲労がじわじわと体に押し寄せていた。
ようやく全員を送り出し終えた時――
「待て貴様ら。逃がさんぞ!」
低い声が響き渡り、一人の男が現れた。その男は全身を鋼鉄の鎧で覆い、短剣を両手に携えながら、圧倒的な威圧感を放っていた。
「我が名は、キール王国の騎士団長、ハウゼンだ。この命に代えても貴様らをここから出すわけにはいかん!」
「ハウゼンだと……!」
テオロフさんがその名を呟き、険しい表情を浮かべる。「体から滲み出るオーラが噂以上じゃな……まさかこの状況で現れるとはのぅ」
私は兵士を相手にしながら、隙を見て問いかけた。「そんなに強いんですか? この人……」
テオロフさんは短く息をつき、視線をハウゼンに向けたまま答える。
「ああ、強いどころの話ではない。ハウゼンはキール王国でも一二を争う戦闘力を誇る猛者じゃ。騎士団長に任命されるだけでも大したものだが、あやつは特殊な戦闘スタイルで名を馳せておる」
「特殊な戦闘スタイル?」私は首を傾げた。
「鎧を着たまま短剣を操る、その速さと鋭さ……まるで鎧を着た人間ではなく獣のように動く。あれだけ重厚な装備を身にまといながら、無駄な動きが一切ないんじゃよ。しかも、短剣の一撃一撃に練り込まれた魔力が尋常ではない。その威力と速さは、普通の戦士では目で追うことすら難しい」
そんな人物を前にして、どうやってこの場を切り抜けるのか――考えただけで手に汗が滲む。
「アンナ、気を抜くなよ。あの男相手に、一瞬でも気を許せば、命を奪われるぞ」
「はい!」
私は体勢を整え、踏み込む準備をした。しかし、ハウゼンが遮るように短剣を鋭く振り抜き、空気を切り裂く。
ハウゼンの一撃一撃は鋼鉄の鎧に似合わぬ俊敏さで迫り、私は防戦一方に追い込まれた。
「我のスピードには追いつけん。どうあがいても無駄だ」
「くっ……!」
防ぎきれない一撃が肩を掠め、鋭い痛みが走る。剣を握る手が震え、このままでは持ちこたえられない。
「この剣じゃ、この速さには対応できない……ならば!」
私はハウゼンの持つ短剣に意識を集中し、スキルを発動させた。光が手元に集まり、二本の短剣が形を成す。
その瞬間、ハウゼンの動きがぴたりと止まり、じっとこちらを見据える。その沈黙を破るように、低く短い笑い声が漏れた。
「スキル……? ふふ、そういうことだったの……」
ハウゼンは短剣をゆっくりと下ろし、その場に置いた。
「戦闘は、もうこれで終わりよ」
頭の鎧に手をかけ、ゆっくりと外す。その下から現れたのは、ピンク色の長い髪と整ったハーフのような顔立ちの女性だった。
「……あたしの名はユキ。キール王国で召喚された異世界人よ」
一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。異世界人……?
「あなた、名前は?」ユキが真っ直ぐに問いかけてきた。
「……アンナです」
名を告げると、ユキは僅かに頷いた。
「あなたも異世界人よね? まさか、この世界で同じ異世界人に会えるなんて思わなかった。そしてね、音声変換の魔法を使ってたの。びっくりしたでしょ?」
「え? はい、いや……あの」
「そんなに驚かなくていいわよ。同郷の子をこれ以上襲う気なんて全くないから、安心して」
ユキは短剣を拾い、私の肩に回復魔法をかけながら言葉を続けた。
「ここで話したいことは山ほどあるけど……追手が大勢、もうすぐ来るわ。とりあえず、逃げなさい」
「でも、あなたは――」
「大丈夫よ」ユキは一瞬私を遮るように言った。「キール王国の国王には、あたしが取り逃がしたって言っておく。それに、この争いを終わらせるようにも話をつけてみるわ」
しばらく間を置き、ユキさんは私だけに聞こえるように声を潜めて付け加えた。
「ここだけの話だけど、正直キール王国なんて好きじゃないのよ。勝手に召喚された挙句、強いってだけで騎士団長に任命されて『その命我が国に捧げろ』『国のために身を粉にして働け』なんて押し付けてくるの。まるでブラック企業みたいでしょ?」
その言葉に私は驚きつつも、その率直さに少し笑みが漏れた。
「だから後は任せて。今度また会えたら、いっぱいお話しましょうね、アンナちゃん!」
そう言い残し、ユキさんは私たちを見送るように、静かに階段の方へと歩いて行った。
その様子を遠くで見ながら魔力を練っていたテオロフさんが、キョロキョロとこちらを見渡し、一体何が起こっておるんじゃ、という表情を浮かべている。
「ユキさん、本当に一人で大丈夫なんですか?」
思わず問いかけてしまった。ユキさんは振り返ることなく、肩越しに言葉を返してきた。
「大丈夫よ。これでも騎士団長なんだから。追手は私がうまいこと言って何とかするから。それよりも早く転送陣に向かって」
「ありがとう……ユキさん」
ユキさんは小さく手を振ると、階段を一歩ずつ上がり始めた。
「テオロフさん、アンナちゃん、行くわよ!」
エマさんの声に促され、私とテオロフさんは陣の中心に足を踏み入れた。その瞬間、眩しい光が視界を埋め尽くし、足元の感覚が消える。
――次に目を開けた時、私たちは元来たトンネルの中にある転送陣の上に立っていた。
その後、私はテオロフさんやエマさんに事情を説明した。二人は「そんなことが……!」と驚きを隠せなかったが、とりあえず助かったことに安堵し、ユキさんの言葉を信じて王国へ戻ることを決めた。
一方で、国王と側近たちは「国王たるこのワシを、ここまで待たせるとは! 恥を知れ!」「食事もまともに出ない牢獄で、どれだけ耐え忍んだと思っている!」などと恩を感じるどころか、不満をぐちぐちと漏らしながら、道中もひたすら文句を言い続けていた。




