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アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-  作者: 唄うたい
第3章 喧【やかましい】
9/39

3-2

“お客様”が到着してから30分もすると、狭い通路は大小様々な黒いオバケたちで埋め尽くされた。


昨日の小人オバケが触れ回ったおかげか、冷やかしだけどこの薬屋を覗いていく客は多かった。

今も、看板娘らしくレジ横の椅子に腰掛ける私の頭の上には、ヒヨコサイズの黒い毛玉がご機嫌な様子で居座っている。


これもどうやらオバケ……いや、お客様らしい。


「…髪の毛モシャモシャしないでよ。」


まるで自分の巣みたいに。

ヒヨコオバケはちっちゃいから強気で言ってみるんだけど、やっぱり立ち退く気配はない。


【ココハ居心地ノ良イ所ダ。】


「それはどーも。…はぁ。」


溜め息を吐き、ヨシヤを見る。

彼の肩や頭の上にも、5匹くらいのヒヨコオバケがくっついていた。

もちろんヨシヤは慣れた様子。


「抜け毛がひどいのですか。

それはお気の毒に。

では良い育毛薬をご紹介しましょうか。」


【ウム、頼ム。】


ちっちゃいくせに言葉遣いは偉そうだ。

もう頭の上にいるってことを忘れたほうがいいのかな。

半ば諦め気味になってきたけど、お仕事までは諦めない。

ヒヨコの襲来でヨシヤが中断した品出しを代わりに引き継ぐことにした。


段ボールの前にしゃがんだ時、あんなに頭の上を占拠してたヒヨコオバケがコロリと落ちて、段ボール箱の上に綺麗に着地した。


「?」


【娘、名ハ何トイウ?】


ちっちゃい体が偉そうな態度で訊ねた。


でも駄目。その手はもう食わないんだから。

私は手近なメモとペンを取り、まず温泉マークを描いた。

オバケは当然首を傾げる。

そうだろうと思った。


次に田んぼの絵を描き、最後に頑張って蚊の絵を描いた。しましまの脚が特徴なんだよ。

温泉マーク、田んぼ、蚊が描かれたメモを見せると、オバケはうーんうーんとちっちゃい頭を捻り始める。

ちょっと分かりにくかったかな…。そう心配していると、


【湯、田、蚊…。ユ、タ、カ。

オォ!“ユタカ”!】


「ピンポーン!」


ヒヨコオバケは私の考えた暗号を見事に解いてくれた。

これは私が低学年の時のオリエンテーションで使った暗号だった。絵だけで名前を当てさせるゲームだ。

オバケにも通じたようで、良かった。


【ユタカ!ユタカ!】


ヒヨコオバケは名前を支配したかったというよりは、純粋に私の名前を知りたかっただけみたい。

ちょっと悪かったかなって思うけど、楽しんでもらえたから結果オーライだ。


自分の口から名乗ったら支配されてしまう。なら相手に当てさせればいい。

なかなか冴えてると自分を誉めそやしたいくらいだった。


ユタカユタカと歌いながらピョコピョコ歩き回るヒヨコオバケは放っといて、私は黙々と作業を始める。

段ボールの中には、なんだか怪しそうな包み紙がいくつも収まっていた。

薬…なんだろうけど、そもそもこの店の薬はどれもこれもデザインが怪しすぎる。

触るのを躊躇っていると図ったようにヨシヤから、


「豊花ちゃん。その箱の薬、戸棚の小箱にきちんと移してくださいね。」


そんな催促を受けてしまった。

はいはい、やりますやります。移しますよーだ。



【ユタカ!ユタカ!】


「ん?なに?」


せっかく作業しようとしたのに、興奮気味のヒヨコオバケに呼ばれて手が止まってしまった。

一応お客様だから無視するわけにはいかない。

そっちにちゃんと目を向けるとオバケは、


【ユタカ、“電車”ニ、乗リタイカ?】


「電車………?」


始発から終電まで走ってる普通の電車なら乗ったことあるし、別に今すぐ乗りたいとは思わないけど、シチュエーション的に、オバケはこう言ってるよね?


“さっき自分たちを乗せてきた電車に乗りたいか?”って。


終電がとっくに無くなった時間に走る電車。封鎖されてるはずの斎珂駅に停まる電車。

オバケを積んだ、怪奇電車。

そんなの………、


「乗りたいわけないよ。…こ、怖いもの。」


どんなに興味深い秘密があったとしても、それだけは絶対乗らない。大蛇オバケの口の中を覗くくらい嫌だ。


私が拒否するのをオバケは予想していたのかな。(くちばし)に似た口をニマッと笑みの形に歪めて、嘲るようにこう言った。


【ツマラン娘ダナ。

地上人ナラバ、知リタイト思ワナイカ?

コノ世界ト、我々ト、アノ“薬屋”ノ正体ヲ…。】


「…………。」


薬屋………って……、


「ヨシヤのこと…?」


不覚だった。


このアンダーサイカの正体も、オバケの正体も、

もちろんヨシヤの正体も、知りたくないと言ったら嘘になる。

ただ…開けちゃダメだと堅く言われた箱に似た、触れてはならない部分のように思っていた。

ヨシヤの言う“いずれ”の日が来るまでは…。


…でも、


「あんたたちは、どうしてヨシヤを支配してるの?」


納得できなかった。

支配する側。支配される側。

ヨシヤはこの世界に閉じ込められ、ひたすら不気味なオバケたちの相手をしなくちゃならない。何も悪いことをしてないのに。


ヒヨコオバケは答えた。


【仕方ナイ事ダ。

コレハ“罰”ナノダカラ。】


「…バツ……?」


―――どういうこと……?


「だってヨシヤ、自分は何も罪を犯してないって言ってたよ。

死ぬまで犯さないって誓ってた。私聞いたんだから。」


このオバケがデタラメ言ってるの?

…それとも、ヨシヤが嘘つきなの?


【彼ガ何ヲ言オウト、我々ノ知ッタ事デハナイ。

…ダガ、コレハ罰ダ。罪深キ彼等ガ、負ウニ相応シイ罰ダ。

我々ハソレヲ見張ッテイルニ過ギナイ。】


見張っている…。それを支配というんじゃないだろうか。

奴隷とかとは違うようだけど、ヨシヤや他の商人たちを逃げられないようにしているのなら、それだけで充分に………。


オバケの言葉もヨシヤの言い分も鵜呑みにするわけじゃないけど、


「ヨシヤは、いつここから逃げられるの?」


本当に悪いことをしたにしろ、何もしてないにしろ、ここは刑務所みたいなものでしょ?

いつかは、出られるってことでしょ…?


【無理ダナ。

犯シタ罪ガ許サレル事ハナイ。永遠ニ苦シミ続ケル。】


―――そんな……。


「よ、ヨシヤはもう充分反省してると思うよっ?

私が来るずっと前からあんな感じできちんと接客してたんでしょ?もういいんじゃない?」


そう訴えながら、育毛薬を売ってる最中のヨシヤを指差す。


「お客様、育毛だけでは物足りないでしょう。いかがです?この際毛色を染めてみては?

紫色、桃色…、あ、橙色もありますよ!」


「………。」

【………。】


タイミング。今のはタイミングが悪かった…。

ちらっとヒヨコオバケを見れば、私と同じくらい怪訝な目つきになっていた。


【ユタカ、我々ニ訴エタトコロデ無駄ダ。

我々ハ彼等ヲ逃ガス事ガデキナイ。“決マリ”ダカラナ。

逃ゲタイナラバ、薬屋ガ自分デ行動スルシカナイ。】


「…………。」


また、“決まり”…。

アンダーサイカはややこしいルールが多すぎる。

その決まりのせいでずっとこんな辛気臭いところに幽閉だなんて。


…あれ、でも、“行動”ってことは、


「じゃあ、逃げる方法はあるんだ?」


【有ルニハ有ル。ダガ、ドウセ無理ダ。

…現ニ、コレマデニココカラ逃ゲタ者ハ、十人ニモ及バヌ。

薬屋ガ、ソノ者等ト同ジ真似ガデキルトハ思エヌ。】


逃げた人……。

その人は、“行動”したからここから逃げられたんだ…。


「その人にできて、ヨシヤにできないこと…。」


―――それでも、ヨシヤがやろうとしてること………。


私はしばらく黙って考えた。

考えて、考えて、


「…………………っ!」


ふと、ある結論にたどり着く。


―――まさか、それが………、




「豊花ちゃん、そっちの作業は終わりましたか?」


「…ッ!!」


前触れなく声をかけられて、反射的に振り返れば、ヒヨコたちの接客を終えたヨシヤが、こっちに歩いて来るところだった。


「あっ、えと…………。」


―――さっきの話…聞かれてないよね…?


誤魔化したかった。動揺を覚られたくなかった。

だから慌てて段ボールの中の薬を取り出し始める。

急に動いた際に、ヒヨコオバケがコロコロと落ちたけど、上手い具合に着地した。


つかつかつかと、靴音鳴らして寄ってきたヨシヤが、私と同じように傍にしゃがみ込む。


「…………。」


「…………。」


でも、手伝ってくれるわけじゃなかった。

私がおずおずと戸棚から小箱を引き出し、薬を詰めていく。

その過程を、ヨシヤは膝に頬杖突いてニコニコ笑って見てるだけだった。


「…な、何?やってるよ、ちゃんと…。」


視線に耐えられなくて、私は口を開く。

落ち着かない。興味本位で見てるだけかもしれないけどこんな……監視みたいなマネは。


ヨシヤはニコニコ顔のまま、違う違うと手を横に振った。


「文句も言わず、従順に僕の手伝いをしてくれる豊花ちゃんが、可愛いなーと思いまして。」


「っ!?」


おずおずなんて生温いもんじゃない。私はギョッと、ヨシヤを見た。まるで不審者でも見るような目つきで。

今まで薄々思ってたけどこの人ってもしかして、もしかして……、


「…ヨシヤまさか、

…ロリコン、じゃないよね?」


「その単語はなかなか心をえぐります。」


学校の先生が言ってた“子供が大好きな大人”がこんなところにいたなんて…と若干引きかけた。


けどどうやらヨシヤは、ちゃんと意味があってそんな発言をしてるみたい。


「すみません。

可愛いから眺めているのも本当ですが、実のところこれは“監視”です。


豊花ちゃんが逃げてしまわないように。なるべく視界から外さないようにと……こうして見ています。」


変なの…。私の言い分は先に言ったじゃないか。

ヨシヤが悪いことしてないなら手伝ってあげるって、言い出したのは私じゃないか。


ヨシヤが嘘ついてる証拠はないんだから、今の私にも約束を破る理由は無いじゃないか。

視界から外れたって、少なくともこの時間だけは、


「私はどこにも行かないよ?」



沈黙がやって来た。


「…………。」


「…………??」


ヨシヤは笑顔のまま動かない。魔法で石にされたみたいに。

まさか6年生にもなって魔法は信じてないけど(いや、でもこんな魔法みたいな世界があるから一概には言えないけど…)、やっぱり心配になって、一応声をかけてみる。


「…ヨシヤ、黙らないでよ。不安になるよ。」


すると、ヨシヤの石化魔法が解けた。

でも第一声は私にではなく、


「お客様、お連れの方々は次のお店に移動されましたが、追わなくてよろしいのですか?」


足元のヒヨコオバケにかけられた。


【ナニ!ソウカ、デハ行ク。】


ハッとしたヒヨコオバケ。

ピョコピョコと、文字通り千鳥足で出口目指して走り出した。


「あ…!」


頭の上にいた時は鬱陶しかったけど、別れ際には大蛇の舌の時みたいな名残惜しさを感じた。


「ま、また来てねっ。」


丁寧じゃないけど、私にはそう呼びかけるのが精一杯。

私の挨拶の邪魔をしないよう気を使ってくれたのか、ヨシヤはワンテンポ遅れて挨拶していた。


「またのお越しをお待ちしています。」


お客さんがいなくなって束の間の静けさを取り戻した店内には、ヨシヤと私だけ。

色白の横顔を見上げて私は、少し気まずさを感じてしまった。


理由は単純だ。

さっきヒヨコオバケとの会話で気づいたこと…。

ヨシヤは……―――、


「お客様と楽しそうにお喋りしていましたね。」


「っ!!」


何に驚いたかって、入り口に顔を向けたままの状態でヨシヤが話し掛けてきたことだ。

怒ってるのかと思った。でも声色は柔らかくて、私を咎めたそうには見えなかった。

だからここは素直に、


「…な、名前を聞かれたからね、暗号使って教えたの。口で言っちゃダメだと思ったから。」


証拠にと、暗号の絵を描いたメモを手渡した。

ヨシヤが目を細めて絵を眺める。まるで我が子の作品を見てるような目をするものだから、私は少し恥ずかしかった…。


「ふふ、お利口さん。

そうか、この方法がありましたね。お子様らしい無邪気な発想です。」


「…褒めてる?」


ヨシヤはメモを白衣の胸ポケットにしまって、しゃがんでいた脚を立たせる。

と同時に、なぜか私の手も引いて立ち上がらせた。まだ作業終わってないのに。


「豊花ちゃん、ここは楽しいですか?

好きになれそうですか?」


ギュッと手を握られて、穏やかな声に訊ねられる。

私はちょっと動揺した。だってヨシヤの言い方、まるで私に「心からここにいたい」と言ってほしいみたいなんだもの。

ヨシヤは私を支配してるんだから、居続けさせることは簡単なはずなのに。


私の意志は、そこに必要…?


「正直、お店はどこも不気味だし、オバケは怖いし、やっぱり好きにはなれそうにない。」


だけど、なんとなくだけど…、


「でも嫌いじゃないかな。

今のところはヨシヤが優しいから、居づらくはない…し。」


オバケたちは喧しいけど、不思議と嫌じゃなかった。

大好き…ってほどじゃなくても、暇つぶしくらいには楽しめそう。用はないけどコンビニに入り浸る感覚に近い気がする。


そんな曖昧な回答じゃ、ヨシヤは納得しないかしら。


「そうですか、良かった。

僕も豊花ちゃんと居るのはなかなか心地好いです。

食べてしまうのが惜しいくらい。」


「………そう。」


何が言いたいんだろう。

あんたは私を食べるために傍に置いてるんでしょうに。


そうは思うんだけど、この時私は少し確信に似たものを感じた。


―――ヨシヤはきっと、そのうち気を変えてくれる。


だって、この人そんなに悪そうには見えないもの。

ヒヨコオバケが言ってた“アンダーサイカから逃げた人”はきっとよっぽど悪いやつ。

でも私には、ヨシヤが“そんなこと”をするようには見えなくなっちゃって。


「今日は初日で疲れたでしょう。

ちょっと早いですが、お家にお帰りなさい。」


「え?もういいの?」


「もちろん。約束ですから。」


そう言うヨシヤの手には、昨日の紫色の液体が入った小瓶が握られていた。

私を一瞬で家に届けてしまった不思議な薬だ。

蓋を開け、また私の口元に近づける。


「…これ苦いから好きじゃない…。」


「文句言わない。すぐ慣れますよ。」


口開けるのを嫌がるなんて、歯医者さんに行った時以来だ。

でも私は6年生。苦い薬を嫌がるのはまだまだ子供だ。

だから勇気を出して、唇をちょっとだけ開く。

ヨシヤはすぐに、小瓶を唇に挿し入れてきた。


「今夜は来てくれてありがとうございました、豊花ちゃん。

でも夜の外出は危ないので、明日からはお家で待っててくださいね。

また僕がここへ“喚び寄せ”ますから。」


そっか。私がどこにいようが、ヨシヤの気分ひとつでアンダーサイカに入れるんだ。


瓶をくわえた状態だから話せない。

代わりに、コクンと小さく頷いておいた。

その直後だ。ヨシヤが指先で小瓶を軽く叩く。


「!」


瓶から漏れた一滴の薬が、私の口の中を苦く染めた。

やっぱり苦い。慣れるもんか、こんなの。

八つ当たり気味にヨシヤを睨むけど、逆に彼はとっても…とっても嬉しそう。

だから、


「…………。」


私は何だか怒れなくなっちゃって。


「おやすみなさい、豊花ちゃん。」


くにゃりと歪む視界の中、私は思った。


―――なんだ、やっぱりヨシヤが私を食べるなんて、考えられない。


ヒヨコオバケの言ってた“逃げた人”…。

その人はもしかしたら、“地上人を食べたから”アンダーサイカから逃げ出せたんじゃないか?


だったらたぶん、ヨシヤが私を食べたいのも、アンダーサイカから逃げるため…。


でも、


―――ヨシヤには、きっとできない。優しいもの。



明確な理由はない。けど直感だ。

私は心のどこかで、彼は安全な人だと決定付けていた。

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