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薬を飲ませ、5秒と経たないうちに、豊花ちゃんは店から…アンダーサイカから姿を消してしまいました。
「…そんなに苦いですかね、これ。」
使う機会は無いと思っていた紫色の薬。
だいぶ昔の調合書を参考にしたものなので、苦味は大して抑えられていないかも。だとしたら彼女には悪いことをしてしまいましたね。
僕は小瓶をポケットにしまうと、広げっぱなしの段ボールを、一旦見えないよう戸棚の中にしまいます。
…それから、
「…お客様。
まだお帰りになっていないのなら、少しお尋ねしても構いませんか?」
開けっ放しの引き戸に向かって、そう言い放ちます。
すると、思った通り。
【ユタカハ帰ッタノカ?
ツマラヌ。喚ビ戻セ。】
さっきまで豊花ちゃんと楽しげにお喋りなさっていたヒヨコサイズのお客様が、ひょっこりと顔を見せました。
「こっちの問いを優先させていただきます。
お客様、豊花ちゃんに“何”をお話しされたのですか?」
僕は笑顔を作ることが得意。薬を調合するのと同じくらい。
…ただ、
【無礼ダゾ。客ニ殺気ヲ向ケルナ。】
鋭いお客様には、すぐに本心を覚られてしまいます。
「豊花ちゃんが地上人ということをご存知の上で、いろいろと教えてくださったのでしょう?
…ですが、困るんですよ。そんなことをされては。」
知られるわけにはいかない。彼女には。
アンダーサイカの正体と…
「…僕の正体を、教えていませんよね?」
最後の一言を口にした時、僕は、自分でも張り付いた笑顔が引き攣ったのが分かりました。
笑顔の仮面が剥がれてしまうのでは、と思ったほど。
【正体ハ明カサナカッタ。
…ガ、オマエガ何ヲ企ンデイルカハ、教エタツモリダ。】
「………………。」
お客様はひどく意地悪そうに笑っていました。
……本当に“お客様”は意地悪な方々ばかりだ。
「笑ってないで真面目になってください。
洒落にならないんですよ。
貴方がたはいつもそうして、僕の計画を阻もうとなさる。」
媚び、へつらう仮面が剥がれ落ちそう。
もう僕の中には、目の前の“化け物”に対する憎悪と殺意が満ち満ちて…、
【………当然ダ。我々ハ、オマエ達ノ邪魔ヲスル。
ソレガ“決マリ”ダ。】
ふっ…と、
「…………。」
爆発寸前だった怒りが、治まった。
「…それもそうですね。
貴方がたは、与えられた役目をただこなしている。僕も、目的のために与えられた罰を甘んじて受けている。
それがこの世界の摂理…。」
お客様に当たるのはお門違い。
ええ、本当は分かっています。
…ただ、これだけは言わせていただきたいですね。
「貴方がたの不注意のせいで、これまでに何人かアンダーサイカから逃げおおせた者がいる…。
あの時の屈辱をまた味わうことがないように、群虫のように僕を監視していらっしゃるのですものね?」
【……………。】
ええ、そうです。僕はここから逃げたい。
“彼”のように。
彼らと同じように、“地上人を食らう”という方法を使って。
そのためにも、あぁ、豊花ちゃん、ごめんなさい…僕はきみを食べなくては。
「…本当はそんなこと気乗りしませんが…、でも僕はずっと待っていたんです。この日を。
地上人がアンダーサイカに迷い込む日を…。」
この機会を逃すわけにはいかない。
【ヤメテオケ。ドウセオマエニ、ユタカハ殺セヌ。
オマエニハ、足リナイモノガアル。】
「……足りないものなら、ごまんとありますよ。
性格、思慮、力量、機能。
そんな足りない僕だから、もうこの方法しか無いんです。」
必ず、この世界から逃げてみせる。
やれるはずだ。だって、
「“ミノルくん”が証明してくれましたから。」
アンダーサイカきっての優秀な脱出者を、僕は知っている。
ああ、懐かしい響きだ。今まで忘れていました。
“ミノルくん”。
彼は、
「僕のヒーローなんです。」




