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アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-  作者: 唄うたい
第7章 喰【たべる】
26/39

7-4

「豊花、こっちこっち。

転ばないようにね。」


稔兄ちゃんが私の手を引いてくれる。暗くて不気味な通路も、稔兄ちゃんと一緒なら平気だった。


「稔兄ちゃん、どこまで行くの?」


「もっともっと奥だよ。

ボクの店を豊花に見せたくて。」


商売人の稔兄ちゃん。一体何のお店だろう。


―――稔兄ちゃんは頭が良いから、きっとどんなお店でも大丈夫ね。


繋がれた手をうっとりと見つめて、通路を堂々と突き進む稔兄ちゃんの背中を見る。


「…ん?」


―――堂々と…?


「稔兄ちゃんは、罰金取られないんだね?」


ヨシヤは一歩出ただけでいっぱい石のお金を取られたのに。稔兄ちゃんは大丈夫なんだ…。


「うん、ボクは特別なの。」


「ふぅん…。」


連れられるままに私たちはまず、マサちゃんのいる2番街へ入っていった。


「ここ?」


「ううん。まだまだ先。」


でも稔兄ちゃんの目的地は違うみたい。

マサちゃんに一目会いたかったけどまた今度ね。


手を引かれて、3番街、4番街と抜けていく。

…ここまで地下に来るとだんだん景観が変わっていった。


「………?」


これまでは、比較的面影のある普通の地下商店街の並びだった。

でも6番街を過ぎた辺りからお店はどこも寂れ、壊れ、異臭が鼻をつくようになってくる。スラム街とか九龍城って言葉がピッタリな光景だ。


「………稔兄ちゃん…?」


「この辺りは、生前大きな罪を犯した商売人が配属される区域なんだ。

生前の行いが健全な奴ほど1番街に近くなり、罪深い奴ほど数字の大きい区域に追いやられる。

比較的優秀な奴は警備員や配達員になって地下街中を歩き回れるけど、そうじゃない商売人たちはひたすら店で縮こまってるしかないんだ。

…面倒臭い制度でしょ。」


つまり私たちは、生前罪を犯した商売人の溜まり場へ向かっているということ。

それを嬉しそうに語る稔兄ちゃん…。


―――矛盾してない……?


稔兄ちゃんは、自分のお店がもっと先にあると言った。自分を“罪深い奴”と言ってることになる。

でもそれならなおさら、稔兄ちゃんがこうしてアンダーサイカ中を歩き回れるなんて変じゃない?


「豊花、止まって。」


突然稔兄ちゃんの号令がかかって、私はその場でピタリと立ち止まった。

目の前にあるのは、


「…エレベーターだ…。」


錆び、ひしゃげた、こぢんまりとしたエレベーターのドア。

ドアの上に書かれている消えかけの数字のおかげで、かろうじてエレベーターと名乗れるほどの荒廃っぷりだ。


稔兄ちゃんが下向きのボタンを押す。

すると、5秒もしないうちに到着を知らせる「チンッ」というベルの音。

ひとりでに開いたエレベーターの中身も、外観と同じくらい荒れていた。


「目的地が遠すぎるんだ。

ここからエレベーターで楽に行こう。」


「……え…?」


稔兄ちゃんがエレベーターに乗り込む。

手を引かれるままの私はそれに続くしかないんだけど、この時ばかりは、私は言い表すことのできない不安を抱えていた。


…それでも稔兄ちゃんを信じていたくて。


「うん…。」


ドアはギギギ…と不気味な音を響かせて、閉まった。



***



「…“ミノル”…?今回の人鬼の名か…?」


大層驚いた顔を見せる警備員さん。

当然のこと。この世界で商売人が互いの名を知る機会なんて滅多に無いのですから。


ただ僕は警備員さんの名が「キョウ」だということを知っていて、警備員さんは僕が「ヨシヤ」だということを知っています。だからといって互いに呼び合う気はありませんが。


特別な機会…。豊花ちゃんを介して少しずつ、この世界に変化が起こっている…。


「………ええ。こう言えば警備員さんにも分かるでしょう。」


―――だからこそ…。


「“見世物屋(みせものや)”のミノルくん。

80番街の最深部に店を構えていた幼い商売人ですよ。」


「………っ!!!」


警備員さんもこれで、嫌でも気づいたことでしょう。

僕は口にしたくない事実を、淡々と述べます。


「…殺されるより、もっと酷いことになるかもしれません。」



***



長い長い時間、エレベーターに乗っていた気がする。

点滅を繰り返す薄暗い電球を見つめていると、稔兄ちゃんが強く手を握ってきた。


「? どうかした?」


「ううん。何となく。…ねえ、豊花。」


「ん?」


不十分な照明のせいで稔兄ちゃんの表情が分からない。

笑ってるのかも分からない。


「…何があってもさ、豊花はボクを見捨てたりしないよね?」


「?」


その口調はさっきとあんまり変わらなかった。どんな意図で訊ねたのか。それを判断することができなかった。

でも、そんなことしなくたって、


「うん、しないよ。」


私が稔兄ちゃんを見捨てる理由なんて無いから。


「そう。良かった。」



“チンッ”


エレベーターはドア上部の数字をオレンジ色に光らせて、地下80階に到着した。


さっきと同じ嫌な音を立ててドアが開く。

…しかしその向こうの景色は、これまでの九龍城とは打って変わっていた。


「あれだよ、豊花。」


「わぁ……。」


通路は一本だけの狭いもの。

そこに構えるたったひとつのお店に向かって伸びていた。


それは縁日の出店(でみせ)のような、赤や緑のカラフルなテント。ただし普通の出店の3倍くらい大きい。

入り口の立て札にはメルヘンな字体でこう書かれていた。


“見世物屋”。


「みせもの…。何を見せるの?」


見世物屋という言葉にいまいちピンとこない私は稔兄ちゃんに訊ねる。

稔兄ちゃんは答える代わりに、お店の中に引き入れた。

分厚い暗幕をくぐる私たち。


「暗いから、足元に気をつけて。」


「うん。」


中の照明も薄暗い。目を凝らして見えたのはこぢんまりとしたステージと、赤いシートの観客席が20席。

小さい頃見たサーカス小屋に似てる。それよりはだいぶ小規模だけど。


「可愛いねぇ!」


懐かしい思い出のこともあって、私はすっかりこの空間が気に入った。暗い照明もこの規模なら丁度いいくらいなのかもしれない。

稔兄ちゃんは嬉しそうに笑っていた。


「あはは、良かった。気に入ってくれて。

さあ、まだあるよ。豊花に見せたいもの!」


そう言うとまた私の手を引いて、座席の最前列に座らせてくれた。

他にお客さんはいない。私だけの貸し切り状態に、胸が躍るのを止められなかった。


「ふふふ、楽しみ!

ねぇねぇ、何が出てくるの?稔兄ちゃん!」


「待ってて。すぐに持ってくるから。」


そこで一旦手は離れ、稔兄ちゃんはステージ上の暗幕の更に向こうに消えていく。

私はきちんと膝に手を乗せて、稔兄ちゃんの“見せたいもの”をあれこれ想像してみた。


ウサギや鳩のマジック?ジャグリング?それとも演奏?どれでもいい。稔兄ちゃんが見せてくれるなら何でも嬉しい。


今でも夢みたいなんだ。10年越しにこうして会えた。そんなことが普通ある?


「稔兄ちゃん、まだーっ?」


大好きなお兄ちゃんと触れ合ってる。

大事な家族と笑い合えてる。


「もーいいよー!」


もう無いと思ってたそんな幸せを、私は今こうして味わえてる。


「お待たせしました!

さあさ、ご覧ください!」


稔兄ちゃんが台車を転がしながら、颯爽とステージ上に現れた。



「……………………。」



でも、その台車に乗ったものを見た時、私は拍手をピタリと止めた。

いや、予想外のことが起こって、拍手に気が回らなかったんだ。


台車の上には、私たちの身長より大きな筒状のガラスケースが乗っていた。緑色のホルマリンみたいな液体が溜まったガラスケース。


そして中には、真っ黒なオバケたちが、ぎっしり詰められていた。


「え……っ、ぁ、え…?」


黒いオバケ。切り落とされたヘビの頭。手足を縛られた目だけの小人。隙間を埋めるように詰められてる小さなヒヨコたち。


…間違いない。

それはみんなみんな、以前私が触れ合った“お客様”だったんだ。


ほんの数日前までは、皆普通に歩いたり…買い物したりしてたのに。ホルマリン漬け標本と化してしまった彼らからは、もう生気を感じ取れない。


「…み、稔兄ちゃ………、」


「どう豊花?面白いだろ?

世にも珍しい真っ黒オバケの詰め合わせだよ。

これを作るためにボク、一人でかなり頑張ったんだから。」


ガラスケースを軽く手で叩く稔兄ちゃん。その顔は達成感に満ち溢れてるんだけど、


「…やめてっ!!

ウソって言ってよ!稔兄ちゃんがこんな酷いことするわけないでしょ…っ!?」


混乱と怒りが混ざり合って、私の体は自然と椅子から立ち上がっていた。

ステージ上の稔兄ちゃんの目をじっと…祈るように見つめる。

悪い冗談であってほしい。心の底からそう思うのに、“事実かもしれない”という一抹の不安は頭に色濃く浮かんだままで。


「…なに言ってんのさ?

看板見たでしょ豊花?ボクは見世物屋だよ?

…この10年間毎日毎日、騙しやすい客や地上人を“切り刻んで”、“アレンジして”、見世物にしてきたんだ。

商売人だもの。そうしないと生計が成り立たない…。

どこかオカシイところある?」


「…………っ!」


“おかしいよ!!”

…なぜそれが言えなかったんだろう。


稔兄ちゃんは笑顔だ。至って普通の…柔らかで安心する笑顔。

なのに彼が口にするのはオカシイどころか…とてつもなく恐ろしいパフォーマンス。


「ねえ…、どうしちゃったの稔兄ちゃん…っ!?

………ウソだ…。こんなのっ、私の好きな稔兄ちゃんじゃないよ……っ。」


混乱して、恐くて、逃げ出すこともできないで私は、ただ稔兄ちゃんを見つめることしかできなくて。


“ぜーんぶ嘘だよ。”

その一言を心から欲した。


稔兄ちゃんは小さく息を吸い込んで、



「嘘はそっちだよ、豊花。」



「……え?」


にこやかだった眼差しが、いつの間にかひどく冷たく細められていた。


それは間違いなく対面の私に向けられてるものであり、黒い眼光からは、とても肉親に向けるとは考えられないくらいの憎しみと、嘲りが感じ取れた。


「“良い子で、皆に頼られる優しい稔兄ちゃん。豊花の自慢のお兄ちゃんね。”

…母さんが言ったことは全部嘘だ。あの人は僕を美化したくて真逆のことをお前に教えてた。

変換してごらん。

…傲慢で、自分以外の人間をおとしめるのが大好きな稔兄ちゃん。誰にも知られたくない、最低のお兄ちゃんね。」


私は完全に言葉を失う。

稔兄ちゃんが、ホルマリンの中に手を突っ込んで、ヒヨコオバケを一匹手に取る…。

緑色の臭い液体をぼたぼた滴らせながら、そのオバケを、………“食べた”。


「………っ!!!」


果物か何かみたいに。稔兄ちゃんは白い歯でオバケの体を半分も噛みちぎり、ぐちゃぐちゃと躊躇なく咀嚼(そしゃく)し始めた。

オバケの傷口からはホルマリンとは違う黒い液体が流れ出ていて、


「……あっ…!!!」


半分になってしまった体に残る口が、微かに動いたのが見えた。

声が出てない。でもそのヒヨコオバケは確かに、



【………ユ タ カ……。】



私が紙で名前を教えた、あのお客様で…―――。



「…やめて、やめてッ!!

稔兄ちゃんひどいよ…!!

お願いだからもうやめて!!」


弾かれたように私はステージに上がった。

またお客様を口に運ぼうとするのをなんとか止めたくて、思いっきり手を伸ばす。


その手首を、


「…あっ!」


稔兄ちゃんの空いてるほうの手で難無く掴まれた。


半分になったお客様を床に落とし、ホルマリンと黒い血でベタベタになった手で、私の頬に触れる。


「ひっ…!!」


冷たくてぬるぬるしてる。すごく気持ち悪かった。


「………豊花、ひどいのはお前だろ?

ボクはずっと“お前の傍にいた”のにちっとも気づかないで。」


「…え………。傍に、いた…って…?」


―――そんなわけ…。だって私、さっき初めて稔兄ちゃんを見たのに…。


「…グループ研究で斎珂駅の自殺者のこと調べてたでしょ。…ジュンちゃんと、タクくんと一緒に。」


「!?」


―――どうして稔兄ちゃんが私の友達の名前を知ってるの?


「昨日は薬屋と仲良くご飯食べてたね。良い感じになっちゃって。…子供のくせにとんだ魔性女だ。」


…どうして稔兄ちゃんが、私とヨシヤしか知らないことを知ってるの?


「ボクの小学時代の同級生に殴られそうにもなってた。

……あれを助けてやったのはボクなのに、少しも不思議に思わなかった?」


「あ……………!!」



『……なんでだよ、なんで……、今更、稔のことを思い出さなきゃなんないんだよ…ッ!?』


私は二人組の…稔兄ちゃんを知る男の人に殴られそうになった。

でも不思議なことに、振りかぶったお兄さんは、


『…おい!なあっ!どうしたってんだよ、おい…!』


石みたいに固まって動かなくなってしまった。

見えない何かに押さえ付けられたみたいに。


「…あれ…は、稔兄ちゃんがやったこと……?」


ずっと傍にいたと言う稔兄ちゃん。商売人は霊魂と同じ存在。ってことは………、


「…そうだよ。

ボクは今までずっと豊花に“取り憑いていた”んだ。

豊花が初めてアンダーサイカに足を踏み入れた日からね…。」

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