6-2
潤ちゃんが書き写してくれたノートを、一晩だけ借りることにした。
「……………。」
字を睨みながら、1ページ1ページめくっていく。
時刻は夜9時を回っていた。
「…未成年…。10年前…。ニシジロミノル……。」
…間違いない。これは稔兄ちゃん。
お母さんたちは、稔兄ちゃんが自殺したから、私に死の真相を隠したのかな。
私がショックを受けるから…?
―――確かにショックだった…。言いたくないよね、こんな事実があったなんて……。
それは分かる。
でもやっぱり気になるのは、お母さんたちが頻繁にごまかす、稔兄ちゃんの“素性”。
「……あのお兄さんたちが言ってたことなんて、本当じゃないでしょ…?
稔兄ちゃんは、私の………。」
「豊花ー。潤子ちゃんから電話よー。」
リビングからお母さんの呼び声がした。
正直今はあんまり話したい気分じゃない……けど、
「………。今行くー。」
ノートを見えないよう机の中にしまって、私はリビングへ向かった。
リビングには受話器を持ったお母さんと、
「………あ。」
テレビを見ながらご飯を食べてるお父さんがいた。
気づかなかった。いつ帰って来たんだろう。
「おかえり、お父さん。」
軽くお父さんに向けて挨拶をした。
けど帰ってきたのは、
「………うん。」
視線をテレビに向けたままの、お父さんの生返事。
「…?」
いつもはもう少し明るいのに。
変な違和感を覚えつつも、私は潤ちゃんが待つ電話に出た。
「もしもし、こんな時間にどうしたの潤ちゃん?」
《ごめん急に…。
…あのね、今日一日、豊花元気なかったじゃん?
あれってやっぱり、気づかずにあんなサイト見せたあたしのせいだから、それ謝りたくて…。
…本当、ごめんね……。》
「…………。」
確かにあのサイトで稔兄ちゃんの名前を見つけたことで、私はすごくショックを受けたけど、
「潤ちゃんのせいじゃないよ。
…いつかは分かることだったのかもしれないし。」
斎珂駅の謎を解き明かそうとする中で、きっとこれは避けて通れないことだったんだ。そんな気がする。それに、
「……それに、謎だらけの稔兄ちゃんのこと、ひとつでも多く知れた。
私にとっては意味のあることだったよ…。」
《………豊花………。》
潤ちゃんの消え入りそうな声だ。…大変、元気付けなきゃ。
そう思って私は受話器に向かって「あのね」と言いかけた。
…けど、
「…あれ?」
受話器から潤ちゃんの声が聞こえない。代わりに、「ツー、ツー」という電子音だけが響いてる。
いつの間にか、通話が切れていた。
どうして……。
「…?お母さん、何してるの?」
でも通話が切れたのはどうやら事故じゃなかった。だってすぐ横にいたお母さんが、受話器を置くボタン部分を強く押して、無理矢理通話を切っていたんだから。
「…潤ちゃんの電話、切れちゃったよ……?」
お母さんの顔を見上げる。
その目は、
「……………っ!」
とても怯えていた。
私は耳に当てていた受話器を力無く下ろして、ゆっくりゆっくり後ずさる。
なぜだろう、ここから離れなきゃいけない。そんな危機感がする。
お母さんは震える口を開いた。
「………豊花、あなた…、“稔”の何を知ったの?」
電話の内容が聞こえてたらしい。
私はぞわっと悪寒を感じ、とっさに首を横に振った。「何も知らないよ」の意味で。
…でももう遅い。
お母さんは私の肩を掴み、声を荒げ始めた。
「…言いなさい豊花!!
稔の何を知ったの!?誰に聞いたのッ!?」
「…お、お母さ……、」
お母さんは錯乱しかけていた。
こんなお母さんを見るのは初めてで、…私は怖くて怖くて、何を言ったらいいのか分からなかった。
「………おい、お前。少し落ち着け…。」
そんなお母さんの肩に、お父さんが優しく触れた。
ビクッとするお母さん。でもすぐに、
「うっ……うぅ………。」
お父さんにもたれ掛かって嗚咽をもらし始めた。
私はその場に立ち尽くして、今のお母さんの豹変ぶりを何度も何度も…頭の中で繰り返す。
…初めてだ。あんな姿…。
「………豊花、」
「えっ………?」
お母さんを宥めるお父さん。こっちはとても落ち着いてる…。
良かった。お父さんはいつもどおりだ。
いつもの優しい…………、
「…金輪際、稔について妙な詮索はやめなさい。
母さんのこんな姿を見てもまだ続けるというのなら、必ずお前にとって悪い結果になる。
………いいね?」
お父さんは穏やかだ。
穏やかな口調が、私は大好きだった。
…………でも……、
「返事は?……豊花?」
お父さんの目はまるで、敵か害獣でも見るように侮蔑的で…。
その“脅し”に耐え切れず、私は涙目になりながらこう答えるしかなかった。
「……ごめん、なさいっ…。」
***
『必ずお前にとって悪い結果に……――』
布団にもぐってもなかなか寝付けない。
お父さんに言われた言葉が頭を離れないせいだ…。
お母さんが泣き、お父さんに叱られて…あのあと私は泣き寝入りするみたいに部屋に閉じこもった。
―――稔兄ちゃんの詮索…。私にとっての悪い結果って…何?
自殺の事実以上に、…これ以上に、どんなショックを受けるっていうの?
いくら考えたって分からない。
「…私、斎珂駅のこと調べ続けて…いいのかな…。」
多くの死者を生み出した斎珂駅だけど、…私には、斎珂駅と一番繋がりが深いのは稔兄ちゃんなんじゃないかと思えた。
このまま斎珂駅に深入りすればきっと、稔兄ちゃんのことを知っていくだろう。そう思うんだ。
「……眠い…。
なんか、すごく疲れた…。」
変な話。
アンダーサイカでオバケたちに振り回されても疲れなかったのに、今日一日のことだけで私は完全にまいってた。
メンタルが弱いのか、強いのか。
こういう疲れは寝てもなかなか取れないものだけど、
「…………、」
純粋に眠いから、私はそっと瞼を伏せた。
―――今日も呼ばれるのかな…。ヨシヤに……。
どこでもいい。
…今は、家じゃないどこか別の場所に行きたい。
それが、オバケうじゃうじゃの悪趣味な地下街でも。不気味な笑顔の似合う、白衣姿の男の人のもとでも……。
【…………………、】
私の耳にあの聞き慣れた声が届いたのは、私が夢の世界に落ちる寸前だった。
【豊花ちゃん。】




