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35話 別動指令

弘治2年8月、長年燻ぶっていた織田弾正忠家の家督争いが遂に戦と言う形で現れた。


信長の弟『織田勘十郎信行』が、織田弾正忠家の重臣『林佐渡守』『林美作守』兄弟と共謀して、信長に対して戦を仕掛けてきたのである。


織田信行の兵は末森城から挙兵し、清洲に向けてまずは稲生の渡しを目指して進軍したとの情報が入った。


それ以前から織田信行が挙兵の準備をしているようだとの情報は得ていたため、稲生には既に信長軍が名塚砦を築いていた。すぐに清洲に攻め込まれることが無いよう準備していたのだ。


しかし準備はしていたものの、実際にいつ攻めてくるかまではわからなかったため、現時点で名塚砦には足止め程度の人数しか常駐していない。そのため一刻も早く清洲から増援を出す必要があった。


清洲城の上段之間では急遽軍議が開かれていた。


俺も信長の指名が入ったということで、又左衞門に上段之間へ連れてこられたのだ。初めて参加する軍議は非常にピリピリした雰囲気だった。


「末森城からは柴田権六率いる手勢が1,000。那古野城からは林美作守率いる700の手勢が出陣しているとのことです」


家臣の一人が信長に状況を説明する。おお、今回は鬼柴田が敵側に居るのか…。髭面の厳ついオッサンの顔を思い出す。


「ふむ。対して、こちらの手勢は清洲の700と名塚砦の300か」


信長は呟く。


「やはり、近隣の村からも動員を掛けた方が…」


誰かが提案をする。


「いや。それでは時間が掛かり過ぎる。信行の手勢が1,700とはいえかき集めただけの兵だろう。こちらは精鋭の兵1,000…十分に勝機はある」


そう言った信長はニヤリと笑っていた。そして、突如立ち上がると


「具足を持て!」


と下知した。


その瞬間、上段之間に控えていた侍達は一斉に立ち上がり、準備に走り始めた。


うお…っと皆の動きにつられて俺も慌てて立ち上がった。その瞬間、


「藤吉郎!!」


と、大声で信長に呼ばれた。


「はい!」


とすぐさま返事をして信長の元に駆け寄る。信長が少し声量を下げて俺に話す。


「智からの情報だ…。那古屋城に最低限の手勢だけ残して、林佐渡守が待機しておるらしい。臆病なジジイだから、前線に出てくることはあるまいと思ったが予想通りだ。…そこでだ。お前には那古屋城へ行ってもらう。上手くあの爺を捕らえてみせよ」


「は…。私が…ですか?」


「ああ、お前だ。那古野でも清洲でも城の小者達と仲が良いと聞いておるぞ。上手く入り込めよ…もし、あのジジイがあくまでも俺に逆らうようであればその場で切り捨てても構わん」


「え!?」


マジですか!? 斬り捨てる!? しかし、狼狽する俺にお構いなしに信長は話し続ける。


「渡し場は萱津を使え。智が船頭に話しをつけておる故、あそこなら安心だ。他の渡し場は信行の手が回っているやもしれんからな」


「は、はい」


「励めよ!! 藤吉郎!」


「はい!」


なんだか結構重い案件をサラッとぶん投げられた気がするんですけど…。


しかし、命令されたからにはやるしかない。俺は急いで上段乃間を出た。


歩きながら必死で考えを巡らす。


那古野城に入り込むことは出来そうな気がする…。けど、そのあとどうやって林佐渡守って人に近付けば良いんだ?最低限とはいえ、護衛は残ってるんだろ…。


逆らうなら切り捨てて構わん…って、下手したら俺が斬られるんじゃなかろうか?


うーん。斬るのも斬られるのも嫌だけど…どうしたら良いんだ…。



…そもそも、林佐渡守はどうして信長ではなく、信行に肩入れするのだろうか? 信長の幼少時から一番の家老として仕えてたって聞いたけど…。そう言う場合、普通は信長寄りにならないか?


ふと、前を見ると派手な当世具足を身に付けた又左衞門が慌ただしく通り過ぎて行った。…そういや、アイツの家って確か元々は林佐渡守に仕えてたって言ってたっけ。


「又左衞門!!」


思わず呼び止める。足を止めずに又左衞門が俺に叫ぶ。


「なんだ!? 藤吉郎? 殿より先に準備しねーとどやされるぞ!!」


俺も早歩きで又左衞門に追い付き、質問をする。


「や、分かってるんだが、一つ教えてくれないか? なんで、佐渡守様は殿よりも勘十郎様を推すんだ?昔は殿の後見人だったんだろ」


「はあ? そんなの殿の事を未だに『大うつけ』だと甘く見ているからだろ? あのおっさん、昔から平手五郎左衛門様に殿の世話を押し付けていたから、殿の本当の力を知らんのだ。挙句、殿が家督を継いだら筆頭家老の座を奪われると思ってか、平手様を追い詰めて自刃に追い込みやがったからな。あ、もしかしてそれで今度は殿に恨まれてるとでも考えて、勘十郎様に付いてる可能性もあるかもしれねーな」


又左衞門はその時のことを思い出したのか、顔を顰めて腹立たしそうに言った。


「なるほど!すまん。助かった!!」


又左衞門の話を聞いた後、すぐに馬屋へ行き伝馬を借りる。萱津の渡しへ向けて急ぎつつ、馬上で考えを巡らす。


林佐渡守が、信長ではなく弟の『織田勘十郎信行』陣営につく理由として考えられるのは二つか。


(1)信長の事を未だに『大うつけ』だと甘く見ており、織田家の家督を継ぐのにふさわしくないと考えている


(2)平手五郎左衛門を追い詰めて自刃に追い込んだ件で、信長に仕返しされるのを恐れている


いや、信長の能力の高さはもう結構証明されてると思うんだよな。いくらなんでも気付くだろ…と言うことは、(1)は建前で実際は、


(3)長年、信長のことを『大うつけ』だと言い続けてきたから、もはや引っ込みがつかなくなってる


とかもあるかな。自分の見る目の無さを認めることになるからな。プライド高い奴ならありえるだろ。



萱津の渡しに到着し、待っていた船頭に馬と一緒に対岸へ運んでもらう。


対岸に着いて驚いた…なんと智が待っていたのだ。


「ねーちゃん!?」


「藤吉郎を行かせるって三郎から鳥が飛んできたから待ってたのよ。追加情報持ってきたわ!」


「助かる! けど、中々村は大丈夫なのか?」


「中々村自体は大丈夫よ。村の何人かが足軽兵として駆り出されているけど」


「そっか…。那古野城は?」


「那古屋城内に居る者の話だと、ほとんどの人達は三郎に敵対するのは嫌がっているようで那古野城内の兵の戦意は低いそうよ。林佐渡守には5~6人の家臣が側に付いているようだけれど、腕の立つ者はほとんど戦場へ出たみたいで、戦があまり得意じゃない人達しかいないって。城に残ったからって安心してんのかしら?戦は戦場だけで起こるものじゃないのにね」


智がにこやかに敵の失策をあげつらう。智…恐ろしい子…。


「那古屋城の搦手門の警備には中々村の彦二郎が立っているはずよ」


うお、重要情報!!


「分かった。じゃあ、俺はこのまま那古野城に行く。ねーちゃん、ありがとう!助かった!!」


「うん。気をつけなさいよ!」


智と別れて、那古野城へ向けて馬を走らせる。智の情報収集能力には驚かされた。地元の城とは言え、ここまで那古野城内の動向を丸裸にしてしまうとは…


ここまで情報を貰ったんだから、なんとしても作戦を成功させないとな。馬を走らせつつ、引き続き作戦を考える。


林佐渡守がどういう意図で信行についているかはまだ判然としないが、その動向から自己保身に走るタイプの人間のように思える。



…であれば、林佐渡守の保身を図ってやるのが手っ取り早いかな…







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