25話 出世と事件
「権六!!よいのだ」
信長が低い声で鬼柴田をたしなめる。そして少しの間無言で何かを考えていたが、ようやく口を開いた。
「…藤吉郎。お前の言うことはもっともだ。御貸槍は全て三間槍に統一することにしよう」
「は、はい!ありがとうございます!」
慌てて頭を下げる。
まさかこんなにすぐに受けてもらえるとは。
「うむ。今後も何かあればどんどん意見せよ。励めよ、藤吉郎!」
そう言って、ニヤリと笑うと信長は上段之間へと入って行った。
そして、後に続く『鬼柴田』がジロリと俺を睨みつけていった。怖ッ。
その後、ぞろぞろと4人程が続いて入室する。
「おまえ、やるじゃん!」
小声でそう言って俺の肩をポンっと叩き、一番最後に又左衞門が入って行った。
「ふーっ」
張りつめた緊張感から解放され、大きく息をつく。
まあ普通、足軽が殿に意見するなんてあり得ないよな…。鬼柴田の反応が普通なのだろう。信長だからこそ許される事なのだ。
有用と思えば、現場の意見もきちんと取り上げる。これが出来るか出来ないかで上に立つものとしての器がわかるってもんだ。
ま、とりあえず上手くいって良かった…。
そして数日後、いつも通り足軽詰め所に出勤した俺を待っていたのは以下の辞令だった。
『木下藤吉郎を足軽組頭に任命する』
あれ?出世した?こんなにあっさり?
「おまえ、やるなぁ!!」
「殿にあの槍の事を直訴したらしいじゃねーか!」
「勇気あるなー。でもお陰で助かるよ!!」
足軽仲間から次々と声を掛けられる。みんなが御祝いの言葉を掛けてくれて嬉しかった。
一若の職場に行った時も、既に情報を聞き付けた小者の若者たちが口々にお祝いを言ってくれた。あんまりみんなにお祝いされすぎて照れくさくなるくらいだった。
例の相談を持ち掛けてきた小者の若者も、さっそくお礼を言ってきた。
「おかげさまで、槍の予算を大幅に増やして貰えました。これで三間槍を買い揃えよ、とのお達しが具足奉行の方からありまして、ありがとうございました…」
「おお、良かったな…?」
しかし、どうもその若者の顔色が冴えない事に気が付く。
「どうかしたのか?」
若者は少し身じろぎをする。少し迷った風な素振りを見せたが、意を決したように顔をあげる。
「…後で少しお話をする時間を頂けませんか?」
「ああ、わかった」
何か大切な話に違いない。若者と後で城の外で会う約束をし、今日の持ち場へ戻った。
その日の夜。
城から少し離れた飲み屋で、例の若者と会った。始めに念のために確認する。
「一若にも話せない話なのか?」
職制上、彼の直接の上司は一若だ。もし仕事絡みであれば、本来は一若に話が通っていないのはまずいからな。
「…一若さんはこの件は全く関係ないんです。逆に話し辛くて…」
「…どういうことだ?」
「…実は、例の三間槍の仕入の件でして。私は実家が武具の商売をやっておりまして…そのため武器の購入などについてはいつも具足奉行の方から直接任せて頂いているのですが…」
ああー。つまり具足奉行が職制を無視して、動かし易い奴に仕事を丸投げしてるってことね。うんうん、よくあるよね。
「今回、具足奉行の方に三間槍を1,000本購入するように命じられたのですが、予算感が合わないのです。念のため、具足奉行の方にはこの金額では希望の本数を仕入れる事が出来ない、とお伝えしたのですが、『なんとかしろ』としか言われず…」
ほほぅ…。
「金額の差が大きいのでさすがにおかしいと思いまして、勘定係を手伝っている小者仲間にこっそり今回の槍の予算を調べてもらったのです」
「…それで?」
話を促す。
「それが…具足奉行の方から言われた金額は400貫文だったのですが、調べてもらった予算は500貫文だったと…」
ほっほぅ…中抜きしてる可能性があるってことか?
「ただ、こちらも不正に仕入れた証拠なので、おおっぴらにもできず…」
「うーん。なるほどなぁ…」
中抜きされた金額が100貫文か。結構な金額だな。
これだけの金額を抜いてるとなると常習犯な気もする…となると、勘定係の責任者も抱き込んでる可能性も高いなぁ。
横領ってのは大体最初は小さな金額から始まるもんだ。で、バレないからって、だんだん1回当たりの金額が大きくなっていくんだよな。
前世で勤めていた会社の横領事件を思い出す。ブラック企業でコンプライアンスもユルユルでしたから、業務上横領の発覚が2~3年ごとにありました…。懐かしいなぁ。・・・と、そんなこと思い出してる場合じゃなかった。
「どちらにしても指定された槍1,000本を400貫文で購入するには、もう父親に泣きついて用立ててもらうしか方法が思い浮かばず…しかし100貫文の金を無心するのはさすがに…」
泣きそうな顔で若者は話す。ひどい話だな。
「これまでもこういうことがあったのか?」
「はい…多分。ただ、おかしいな…と思うことはありましたが、金額がそんなに大きくなかったので…なんとかしていました。証拠まで調べようと思ったのは今回が初めてです…」
うーん。なんとかしてやりたいが…下手に動くとむしろこの若者の立場が危ういことになりそうだな…。
「そうか…少し考えさせてくれ。あ、それと事が事だけにこの話はあまり他の者には話すなよ?」
「はい・・・わかりました・・・」
その後、若者と別れて帰宅してからも、今回の横領事件の事を考えていた。
言い逃れのできない証拠を集めて、信長に訴えるか・・・。いや、もし勘定係も結託していたらそもそもの証拠を集められるのだろうか?若者の狂言にされてしまう可能性もあるのではないか?危険だな…。
では、具足奉行の不正は一旦置いておいて、予算内で槍を購入する方法はあるだろうか?
複数の業者に相見積もりを取るか…直接生産者から買い付けるか…。
いやいや、城の武具購入は御用商人からと決まっているからなぁ。勝手に業者を変えたらまた違うところが炎上しそうだよな・・・。
いっそ、安い槍を買うか?・・・いやいや本末転倒だな。質の悪い槍のせいで戦に負けるなんてことがあったら最悪だ。
深夜まで考えたが、結局その日は良い方法が思いつかなかった。
・・・・・・・・・・・
次の日の朝、いつも通り一若が迎えに来る。
「よう。どうしたんだ?目が腫れぼったいぞ?」
「いやー、昨日眠れなくて…」
「へー、珍しいな」
一若に相談してみようか?と一瞬思う。
いや、コイツ案外責任感が強くて向う見ずなところがあるから、部下が困ってるとなったら直談判とかしかねないからな。まだ、やめておこう・・・
いつも通り、他愛のない会話をしながら城へ向かう。
今日は続けて対策を考えたかったので、一若の職場に立ち寄るのはやめて、そのまま足軽詰め所へ向かう。
早朝なので、まだ誰も居ない。静かな部屋の中に座り込み、昨夜からの懸案を再度熟考する。
足音が聞こえた気がして、ふと顔を上げる。
「よう!藤吉郎!!」
そこにはニヤリと笑う信長が立っていた・・・。