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23話 初陣

具足屋の主人はプロだった。


俺が初めて戦に出ること、お財布事情等もさりげなく考慮しつつ、具足を見繕ってくれた。おお、やはりできる商人は気遣いが違うな。


しかし、結局手持ちの銭では具足一式全てを揃えることはできなかったので、とりあえず御借具足よりは頑丈そうな銅部分のみを求めて、残りは後日また買いに来ることにした。しばらくは他の部分は借りるしかないな。今度、七郎左衛門に金借りよっと…。



「あの、最後までお付き合い頂いてしまって…ありがとうございました」


買い物が終わった後、帰路につきながら寧々にお礼を言う。


「いいえ、私が勝手に居座っただけですから…。藤吉郎様も明後日の戦にご出陣なさるのですね…。お気をつけくださいね…」

「…は、はい」


あれ?もしや寧々ちゃんが俺の心配をしてくれている?…いやいや、自惚れてはいかん。社交辞令だよ…ね?


「それでは、私はこれで…」


あっという間に寧々の家の前に着いてしまった。寧々は丁寧にお辞儀をすると、家へ向かって立ち去っていく・・・。


「…あ、あの!」


しまった!つい呼び止めてしまった!!


「はい?」


小首を傾げて寧々が振り返った。


「あの…その…、戦から帰ってきたら、今日のお礼をさせて貰えないですか?一緒にお店に行っていただいてとても助かったので・・・」


寧々が少し不思議そうな顔で一瞬俺の顔を見る。・・・が、すぐにはにかんだ笑みを浮かべて返事をしてくれた。


「はい…」




・・・・・・・・・・・




2日後―。


…ついにこの日がやってきてしまった。戦の日だ…。昨日は緊張してあんまり眠れなかった。2日前の浮かれた気分とは正反対のどんよりとした気分を引き摺りながら、出陣の準備をする。


信長の弟の『織田勘十郎信行』が城主となっている末森城からも出兵されるということで、清洲により近い那古野城にいったん兵を集めることになったらしい。


2つの城の兵達が集まったことで、城内の喧騒は物凄かった。戦の前と言うこともあるのだろう。大勢の人間が高揚した雰囲気は独特のものだった。


「おい、見ろよ。あれが鬼柴田だってよ」


同僚の足軽が目線で俺に教えてくれた。見ると、立派な鎧を着けた髭面の厳ついオッサンが立っていた。


「鬼柴田?」

「知らねーのか?末森城の柴田権六勝家だ。昨年の『萱津合戦』の時に敵方の30騎を打ち取ったんだとよ。恐ろしいねぇ」


ひぇぇ…一人で30人殺したの?怖っ…。やっぱそういう無双しちゃう人って本当にいるんだ。巻き込まれて殺されないようにあの人からは離れてよっと…。


鬼柴田の近くには他にも目立つ鎧を着けた武者が集まっていた。なかでも俺の目を引いたのは真っ赤な長い槍を持って、派手な甲冑を身に付けた長身の若い侍だった。


アイツ、すごい目立つな…。目立つと戦の時狙われちゃうんじゃないのかな?いや、戦場で目立ってれば手柄を上げた時にアピールしやすいのかもな。ってことは、腕に自信があるなら派手な鎧の方がいいのか?


しばし自問自答する。


「おい、藤吉郎!ほれ、この槍持っていけよ。上総介様特注の三間槍だ」


そう言って、いつの間にか隣に立っていた一若が俺に槍を渡してくれた。随分長い槍だ。松下屋敷での訓練の時に使ってた槍よりもかなり長い。あの派手なヤツと同じ槍かな?


「なぁ?なんでこの槍こんなに長いんだ?」

「長いほうが有利だろ、ってことで上総介様が作らせたんだよ。ほら、あの派手な奴が持ってるような、もっと長いヤツもあるけどおまえは戦の初心者だからな。ま、このくらいの長さにしといたほうがいいだろう」


一若が例の派手な侍を顎でしゃくりながら言う。


「ふーん。そうか…ありがとうな!」

「おう!死ぬんじゃねーぞ」


一若はそう言って城の方に戻って行った。もしかして俺の為にわざわざ持ってきてくれたのかな?短い槍を持っている足軽もいるから、きっとわざわざ長いのを選んで持ってきてくれたのか。アイツ、優しいな。


一若の姿が見えなくなるのと同時くらいに、急に周りの喧騒が静かになった。・・・騎馬武者姿の信長が出てきたのだ。


「よし!出るぞ!!」


信長の声を合図に、先ほどの鬼柴田をはじめとした武将達から順に城門から出ていく。


・・・いよいよ出発だ・・・ドキドキ。


緊張しながら槍を握りしめ、自分の所属する隊列の後に付いていく。軍隊は那古野城を出て北へ向かう。ぞろぞろと武装した兵士達が並んでいる様は壮観だった。



・・・・・・・・・



10分くらい歩いた頃だろうか、前の方で突然鬨の声が上がった。


「よし!槍隊!!準備せよ!!!」


組頭の合図で皆一斉に槍を構える。あわわ!!俺も慌てて槍を構える。


前方を見てみると、今は弓矢の応酬をしているようだ。怖!!あんなところに突撃したら、ブスブス矢が刺さっちゃうじゃんか。まさか、今突撃しないよね??


段々敵方の矢数が少なくなってきた。そろそろ、突撃かな?どうかな?あれ?まだ?・・・まだかな?なんだか焦らされる気持ちになって、組頭の方をチラチラ盗み見る。組頭はジーッと前を睨んだままだ。


「清洲勢が後退しているぞ!!」


前方で誰かの声がした。


「よーし、皆の者!!前へ!!突撃じゃー!!!」


遠くの騎馬武者の声がこちらまで届く。その瞬間、割れんばかりの咆哮が周りから上がった。


「「「「うおおおおおおお!!!!!!」」」」


何百人の男達の雄叫びが轟く。その直後、地鳴りのような音が響いて、皆一斉に走り出した!


「うわわ!!!」


俺も波に押し出されるように、走り始めた!!なんだこの勢い!?自分の意思では止まれないってどういうこと!!??改札のないコミケの始発ダッシュみたいだ!!


そのまま、勢いに乗って織田信長軍は清洲軍を追いかける。


しかし、清洲軍も逃げるばかりではなかった。なんとか踏みとどまった清洲軍の槍隊が、今度は信長軍に突撃してくる。向こうも死に物狂いだから勢いが凄い。槍と甲冑がぶつかる激しい音が響く。


前方が一気に乱戦になった。敵と味方が入り乱れて争う。


ふと前方を見ると、例の派手な侍が敵に囲まれそうになっていた。赤い槍をぶん回しながら、なんとか敵の包囲を破ろうとしている。


やっぱ、目立つと狙われるよなあ。と、改めて思う。

すると、派手な侍の死角にまわり込む動きをしている敵兵が目に付いた。


あれ?あの角度から狙われたら、あの派手なヤツ…ヤバいんじゃないか!?

と、思い至ると同時に体が勝手に走り出した。


派手な侍と、その死角に入り込んだ敵兵との間に走り込む。


…その瞬間、


「やあああああ!!!!」


俺の正面に、雄叫びを上げた敵の槍兵が突っ込んできた。


その姿を視認した刹那、急にふっと周りの音が聞こえなくなった気がした。更に周りの景色がスローモーションの様にゆっくり流れていく感覚に囚われる。


『よいか、藤吉郎。このように槍を構えた敵が来たら、くるっと巻き取るように切っ先を外して…』


ふいに松下源太左衛門長則(松下のおっさん)との槍の稽古を思い出す。


(くるっと巻き取るように切っ先を外して…)


敵の槍先がすいっと軌道を逸れて、地面に突き刺さった。


(敵に自分の槍を叩きつけながら寄りつつ、槍の柄を短く持ち…)


敵が槍を構え直す時間を与えず素早く近付き、槍を短く持つ。


(甲冑の隙間に刺す!!・・・殺す!?)


途中までは稽古の通りに動けた。しかし、一瞬の迷いがてきめんに槍先を鈍らせた。俺の槍は敵の腹を少しかすめただけで、そのまま地面に突き刺さった。


しかし、相手の男は脇腹を切られたことで一瞬で戦意を喪失したようだ。叫び声を上げながら逃げて行った。


「おい!すまねぇ!助かった!」


派手な侍が、トンッと背中を合わせてきた。


「お、おう!」


すっごい心臓がバクバクしているけれど、平然を装って返事をする。そのまま俺達は背中合わせに立ちつつ、周りの敵を牽制する。


すると、先ほどの脇腹を切られた男の叫びで恐怖が伝染したのか、周りの敵もジリジリと後退し始めていた。そして、一人がくるりと背を向けて逃げ出したかと思うと、一瞬で全員が逃げ出した。


「ち、待ちやがれ!!」


そう言って派手な侍はその真っ赤な長い槍を振り被り、敗走兵の後を追っていった。


周りを見ると、どうやら信長軍が優勢のようだった。


至る所で発生している小競り合いも、槍の長さの違いが勝負の分かれ目になっているようだった。清洲軍はほぼ全員が二間半(一般的な長さ)の槍をつかっているようだ。信長軍の長槍兵に自分達の槍が届かないことに気が付いて、後退が始まっていた。


そこからはもう清洲軍の敗走だった。追いかける信長軍の武士達に敵の武将が次々と討ち取られているようだ。指揮系統を失って、足軽たちも散り散りに逃げて行った。


しばらくすると、近くで勝鬨があがった。



「・・・終わったのか・・・?」


・・・思ったよりもあっけない終わり方だったな・・・。


そう考える冷めた頭とはまるで別物であるかのように、槍を持った手の震えはいつまでも止まらなかった・・・。



こうして、俺の初陣は終わったのだった。



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