19話 突然の出会い
昨日、七郎左衛門の姪の寧々が帰った後、当初の目的通りに俺はそのまま宿を取り、夜遅くまで七郎左衛門に信長と尾張の現状についての情報を教えてもらった。
今日は早々に中々村へ帰り、今後の進路を考えることにする。
さて、まずは昨日聞いた話のまとめだ。
織田三郎信長は、家督を継いだ今でも周囲から『うつけ』と呼ばれているということだった。父親の織田信秀の葬式の席では、位牌に向かって抹香を投げつけるなどの奇行もあり、弟の勘十郎信行を担ぐ勢力も日に日に強くなってきているとのこと。
『織田弾正忠家』のお家騒動も時間の問題だと言うことだ。
うーん。今、織田家に就職したらトラブルに巻き込まれそうだな。
また家中だけではなく、尾張全体の中の『織田弾正忠家』の立場もそれほど良くはないとのこと。
先代の織田信秀の功績もあり、大変な勢いで台頭してきているものの、守護代である「織田大和守家」の方がまだ勢力として大きいということだった。しかも「織田大和守家」の当主『織田信友』は尾張守護の斯波義統を抑えているとのことで、実質的な尾張のトップは『織田信友』だそうだ。
つまり『織田弾正忠家』が『織田大和守家』に挑むってことは、ベンチャー企業が東証一部上場企業に挑むみたいなもんかな?いや、ベンチャーってほど新興でもないから、東証二部か?いやマザーズ…むしろジャスダック?…ってそんなことどうでもいいか。
どっちにしても、七郎左衛門の話では『織田信長』がここから勢力を伸ばすのは難しいのではないかということだった。
うーん。でも歴史では織田信長はここから勢力を伸ばしていくのは間違いないはず…。
そしてその織田信長の家来になっておけば、俺が豊臣秀吉だとしたら天下統一出来る…んだよな?
…ホントか?ホントに俺は豊臣秀吉なのか?いや仮に本当に豊臣秀吉だったとしても歴史は変わらずに動くもんなのか?っていうか、既に歴史が変わってるっていう可能性は無いのか?
ヤバい…迷う。どうしたらいいんだ?
戦には出来れば行きたくない…。であれば、絶対に戦に遭遇する信長ルートは避けるべきだ…。けど、信長ルート以外は全くの未知の世界だ。しかも戦に行かなくて済むとは限らない…。
だめだ!…考え過ぎて、頭がフットーしそうだよおっっ!!
って、今日はなんだかやけに暑いな!!この間まで長雨が降ってたと思ったら、今日は晴天で太陽がギラギラ照りつけている。梅雨明けしたのか?もう夏なのか?
・・・よし決めた!今日は考え事はやめて、小竹と魚捕りに川へ行こう!!
・・・・・・・・
という訳で、今日は小竹と一色川で魚を捕ることにする。一太の爺さんも誘ってみたが、最近腰が痛いということだったので二人だけで行くことになった。
今日は川縁で涼むのが目的なので、投網ではなく釣り竿を持って行く。日陰で釣り糸を垂らしながら、小竹とゆっくり男同士の話でもしよう。弁当も持ったし、水筒も持ったし、おやつも持ったし。忘れ物は無いな!よし、出発だ!
「兄ちゃんと魚釣りに行くの初めてだね」
小竹はウキウキした声で話をする。
「そうだなー。なかなか小竹と一緒に遊びに行ったりとかできなかったもんな。よーし、せっかくだから今日はいっぱい楽しもうな!!」
「うん!!」
それにしても今日は本当に暑い。小竹と二人ではぁはぁ息をしながら、中々村から北西の方角にあるポイントに向かう。以前、一太の爺ちゃんに教えてもらった釣りの穴場だ。地元民でもあまり知らない場所で、確かにそこに針を入れれば魚が入れ食いだった。
「はぁ、やっと着いたな」
「うん。着いたね…暑いね」
ポイントに到着し、さっそく釣りの準備をする。まずは針に付ける餌を見つけないとな。
河原の近くの湿っている泥を掘りながらミミズを探す。おお、居た居た!夢中でミミズ探していると、ふと人の声が聞こえたような気がした。
…ん?少し気になって耳を澄ます。…やはり、何か聞こえる。
「…小竹。聞こえるか?」
「うん。なんだろう…?馬の鳴き声とかも聞こえるけど…」
河原には丈の高い草や木も生えており、あまり遠くまで見渡せない。しかし、確かに上流の方から結構な大人数が何か争っているような声や音が聞こえるのだ。
「争いごとのようだな…。巻き込まれないように、少し離れておこうか」
「うん…」
小竹と一緒に静かに川から離れようとしたその時…
「兄ちゃん!!人だ!!流されてくる!!」
小竹が小さく叫んだ。
指さす方を見ると、川の上流から何人かの人間と馬、それに布やら板やら様々なものが流されてきていた。目を凝らしてみる。何人かは甲冑のようなものを着ている…どうやら武士のようだ。戦だろうか?
「ち!!」
慌てて、川縁に駆け寄る。最近雨が多かったので、川の水は随分多く流れが早い。とても川の中央付近まで助けには行けない・・・。
一人の男がこちらを見つけて、泳ぎ寄ろうともがく。しかし、腕に何かを抱えているようで、泳ぎ方が覚束ない。
「おい!!あんた!これに掴まれ!!」
自分が川に落ちてしまわないよう小竹に支えてもらい、精一杯手を伸ばして持っていた釣り竿をできるだけ遠くへ伸ばす。
グイッと釣り竿が引っ張られる衝撃を感じ、思いっきりこちらへ引っ張る。なんとか男が釣り竿に掴まったようだ。
小竹と二人でがむしゃらに釣り竿を引っ張る。少しづつ、釣り竿に掴まっている男の姿が見えてくる。
男は湯帷子のようなものを着ているが、どうやら武士の様だ…そして、その男の腕には青白い顔をして目をつぶった少年が抱えられていた。
ようやく二人を岸に引き上げる。
「た…頼む。そのお方を那古野城の織田上総介様の元へお連れして欲しい…」
息も絶え絶えに男が俺の目を見る。必死の形相だ。
「し、しかし…」
信長の所に連れて行ってほしいだなんて、確実に厄介事の予感がする…この少年は誰なんだ?
よく見れば小竹と同じ年くらいのようだ。苦しそうに眉を顰めている。…意識は無いが、呼吸はしているからとりあえずは大丈夫だろう。小竹が心配そうに意識を失っている少年を見ている。
「頼む!」
再度、男に頭を下げられ、決心する。
「分かりました。那古野城までお連れします!さあ、あなたも一緒に行きましょう。肩に掴まってください」
「いや、それには及ばぬ…」
そう言って男はゆらりと立ち上がる。良く見ると脇腹に矢が突き刺さっていた。
「無理しないでください!怪我をしてます!!」
慌てて止めようとすると、男が言った。
「気遣い無用。私はこの怪我だ、どうせ足手まといになる。若を那古野城まで頼む。すまぬが、追手が掛かるかもしれぬ。私がなるべく引き留めておくが、出来るだけ早くここから離れていただきたい。…では!」
男は上流へ向けて、歩きだす。傷口から血が滴り落ちるのが見える。
「小竹!行くぞ!!」
男は死ぬ気なのだろう。死んでもこの少年を守りたいということか…。男の気概に答えるためにも、この少年を無事に那古野城まで連れて行かなくてはならない。
ここから、那古野城までは少年を背負っていても四半刻もあれば十分に届くだろうが…。
いや、追手が来たらこんな格好ではすぐに見つかってしまうし、逃げ切れないだろう。一度、中々村に戻って、少年の意識が戻るのを待とう。
意識のない少年を背中に背負い、急いで河原から離れる。水に濡れているせいもあり、少年の体はずっしり重い。背負う時に少年の着ている湯帷子に『足利二つ引』の家紋が染め抜かれているのがチラリと見えた。
・・・なんだかとんでもないことになった予感がする・・・