18話 小さな出会い
今日は挨拶回りの日だ。
午前中、まずは村長の家に行く。ヤエはどうしてるかなぁーと、実はちょっぴりワクワクしていた。
村長に帰国した旨を伝えつつ、世間話をする。・・・ヤエは出てこない。居ないのかな?しびれを切らし質問する。
「あの、そう言えばヤエさんは居ないのですか?」
「ありゃ?知らんかったか?ヤエは去年別の村に嫁に行ったんだ」
「…え、そうだったんですか。それはそれは、おめでとうございます。お祝いも持たずにすみません…」
と、極めて冷静に答えたものの、実は心の中では物凄く動揺していた。…ヤエが結婚…ヤエが人妻…。
なぜこんなにショックなのか分からないが、とにかくショックだった。その後の村長の話はもはや上の空だった。
「それでは失礼します」
村長の家から出た後も、『ヤエが結婚』というワードがしばらく頭を駆け巡っていたが、そのまま寺の住職を訪ねて簡単に帰国報告を済ます。先生は居ないけど、住職にも結構お世話になったしな。
けれども、引き続き『ヤエが結婚』のワードで頭がいっぱいなので、早々に切り上げる。
その後、一太の爺さんを訪ねて少し立ち話をした。
今は木綿針を七郎左衛門に直接卸してもらっていたので、その状況を聞き、一太が頑張って働いている話を聞き、また来ると言って辞去した。
この時点ですでに太陽は真上に昇っていた。
『ヤエが結婚』の衝撃も少し薄まってきたので、午後からは急いで熱田に向かう。
七郎左衛門に刀の礼と代金の支払いをしに行く、というのも目的の一つではあるのだが、併せて織田信長の現状を詳しく分析したいので、連雀商人網で集めた情報を聞いておきたかった。
熱田に着くとすぐに七郎左衛門の定宿に足を運ぶ。顔見知りの宿のおかみさんが居たので声を掛けてみた。
「はいはい。旦那なら、いらっしゃいますよ。ただ、今は来客中みたいですが…ちょっと声を掛けて来てみましょうか」
「お願いしてもいいですか。今日はこちらに泊まるつもりだから来客対応が終わったら、声を掛けてほしいと伝えてください」
「はいはい。わかりました」
そう言っておかみさんは奥へと消えていった。
さてと、七郎左衛門の用事が終わるまで何をしていようかな…。
それにしても『ヤエが結婚』するなんてなぁ…
っといけない。もうこの事は考えないようにしていたんだ!
という間に、おかみさんが戻ってきた。
「なんか今ね。旦那に話したら、大丈夫だから部屋に入って来いだって」
「え?来客中なのに?」
「ええ。良いってさ」
「そうですか。じゃあ行ってきます。伝言ありがとうございました」
おかみさんにお礼を言って、七郎左衛門の滞在している部屋を訪ねる。客が居るのに良いのかなぁ。悪いことしたかな?と、少し心配になる。
「七郎左衛門!藤吉郎だが…」
「おう!入れよ!」
七郎左衛門の返事があったので、部屋の引き戸を開ける。
その瞬間。
目に飛び込んできたのは、黒髪をサラリとなびかせて、キラキラとした利発そうな瞳をこちらに向ける美しい少女の姿だった・・・
「よう!藤吉郎久しぶりだな!」
七郎左衛門の声で我に返る。
「あ、ああ」
「すまんな。今、ちょうど姪を預かってた所なんだ。もうすぐ迎えが来ると思うから、しばらく同席させていても良いか?」
「ああ、俺は構わないが…」
七郎左衛門の姪か…。
「そっか、ありがとな。ほら寧々、あいさつしなさい」
「はい…。私は尾張国海東郡津島の浅野家の娘で寧々と申します…」
少女は淀みなく長い自己紹介をすると、美しい所作でお辞儀をする。
「は。尾張中々村の木下藤吉郎と申します」
つられて深々と頭を下げる。まだ幼いとも言える少女の立ち居振る舞いの洗練さにドギマギする。そのやりとりを見ていた七郎左衛門が「ははっ」と笑う。
「寧々は俺の妹の娘なんだが、幼い時に織田家弓衆の浅野家の養女になっていてな。名門の武家の娘として行儀作法を教え込まれてるんだよ。俺の姪っ子とは思えないだろ?」
と、苦笑しながら教えてくれた。
へー、織田家の弓衆か…。なんか、強そうだな。
「寧々。ここに居る時はそんな堅苦しくする必要ないぞ」
七郎左衛門が優しく諭すと、寧々はニッコリと嬉しそうに笑って「はい…」とだけ答えた。
「で、藤吉郎。お前はなんでわざわざ熱田まできたんだ?」
おっと、そうだった。
俺は松下屋敷を辞めてきたことの報告と、刀のお礼を伝えた。
「で、まずはこの刀の支払いをしないとと思って…」
「はは!お前は相変わらず真面目だな!!金なんていーって。お前が松下屋敷に居る間に結構儲けさせて貰ったしな!その節はご贔屓いただいてありがとうございますってなもんだ!」
「し…しかし…」
「俺がいーって言ったらいいんだよ!そんなことよりも相談したいことがあってな…」
そう言って七郎左衛門は今の連雀商人グループの方向性についてやら、新規商材についてやら、次々と商いの相談事を持ちかけてきた。
「いやー、やっぱりお前の意見を聞けると助かるわ!」
一通り相談事が終わったようで、七郎左衛門はそう言って大きく伸びをすると厠へ立って行った。
突然、寧々と二人きりになったことに気付き、息詰まる。
「・・・・」
「・・・・」
無言…。
な、なにか話しかけなきゃ・・・えーと、えーと。
「「・・・・あの」」
「「!!」」
二人で同時に話しだしてしまった!!!!!気まずい!!!!
「・・・どうぞ、お先に」
「・・・いえ。大したことじゃないので、藤吉郎様からどうぞ・・・」
「え、あ、じゃあ・・・」
って言っても俺も大した話じゃない・・・。ええい、ままよ!
「さっきから七郎左衛門さんと二人だけで話しこんでしまって、すみませんでした。退屈させてしまいましたね…」
「え…?いえ!私はお二人の話を聞いているだけで楽しかったです…」
「そうですか?商売の話ばかりだから…つまらないだろうなって思ってましたが」
「それは、難しいお話も多かったですけど…。ご商売の伸ばし方とか、上手な取引のやり方とか、聞いていてとても為になりました。いつも家で聞いている戦とか武芸とかのお話ともまた違ってて…楽しかったです」
「…そうですか。そう言っていただけてありがたいです」
そんなことを話していたら、七郎左衛門が厠から戻ってきた。
よ、良かった…間が持った…。
「おい、寧々。迎えが来たぞ!」
そういうと、七郎左衛門が寧々のものらしい荷物を抱え、促した。
「さあ、迎えの者が玄関のところで待っているぞ」
「…はい」
寧々は返事をして立ち上がると、ゆっくりと俺を振り返ってまた美しいお辞儀をした。
「本日はどうもありがとうございました…」
・・・こうしてその日の小さな出会いは幕を下ろしたのだった。




