西塔と果樹園
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「あの子、魔法封じとか回復呪文撃てたんだ……」
亡者時代は完全脳筋だったから、てっきり聖女なんだとばかり……
嘘みたいだろ? 人食いリリィベルなんだぜ? あれ……
思ってた以上に聖女ムーブするリリィベルさんに、廃プレイヤーの俺も困惑を隠せない。
だってリリィベルさんといえば脳筋。脳筋といえば、リリィベルさんだ。
ゲームでは奇跡も魔法も一切使わない、筋肉でゴリ押すスタイルだったのに……
なんだろうこの気持ち。
コマンドーやドーラ一家の婆ちゃんが、昔は修道服着て回復魔法使ってたのを目撃した気分だ……いや、ララベルの衣装や職業的には正しいんだけどね?
ビデオがあったら絶対撮影して、動画サイトに上げてた。たぶん、衝撃映像というか、どうしてこうならなかった、で盛り上がるぞ。
「まあ、無事でよかった。流石に一度気づいてしまえば、人攫い程度に負けることはないか」
兵隊や民衆の力も借りて、問題なく撃退した様子に安心して、ほっと息をつく。
人攫いはゲーム序盤から中盤にかけて暗躍する、やたら背の高い連中で、やってることは主に人体実験や動物実験の素材集めだ。
聖女やドラゴンの死体から、巨大なサソリやドブネズミまで。彼らは彼らのボスに言われるがままに何でも集めてきては、合成してキメラを作っている。
やつらにわざと捕まることで行けるマップもあったり、そこで人体実験された人の末路を見たりと、定番の冒険が楽しめる。
1対1で戦っても、ディレイの効いた読み辛い攻撃に、高い攻撃力と耐久力、魔法攻撃を合わせ持つ強敵なのだが……さすがにアレだけの数の民衆や兵士にタコ殴りにされることは想定されていない。
終盤のぶっ壊れキャラや別格の強者であるボスならともかく、少数の人攫い集団では、聖女によって適宜回復されるゾンビ兵団の相手は荷が重いようだ。頼みの魔法も封じられてたし。
ゲームでもここの市民亡者やスケルトン兵は普通に強かったし、それが50人くらいまとめてかかってきたと考えたら、広範囲攻撃で一掃でもしない限り、負けることには納得しかない。
掲示板に上げても、『そんなのに正面から挑む奴が悪いw』『1体ずつやるか、ドラゴンでも使えw』と言われて終わりだろう。
「それに、この世界での聖職者ビルドの強さが分かったのは大きな収穫だな」
聖職者ビルドは単独だとイマイチだが、仲間が入れば一気に化ける。モンスターのタゲを仲間に取ってもらい、自分はサポートに専念出来るからだ。
ゲームでは世界が滅んだ影響で、そもそも協力者がいなかったり、いても弱かったり、強い奴と協力出来る場所が限られていたりしたので、効果は限定的で、あんまり強いビルドとは言えなかった。
これは味方強化スキルや魔法を持つ聖騎士や将軍、勇者なんかも当てはまる。
当初の予定通り、オンラインプレイが実装されていれば強スキルだったのかもしれないが、オフラインソロ限定の環境では微妙そのものだったのだ。
だが、まだ沢山の人がいる現在、あそこまで自軍の数を揃えられるのなら、下手な戦士や魔法使いなんかより、将軍や聖職者の方がよっぽど強いだろう。
『味方もいないのに、広域バフとかデバフ解除とか何に使うんだよ、コスパ悪いよ』状態だったのが解消されるんだ。そりゃ強い。
しかも、ララベルさんは本人も強いタイプの聖職者。雑な後衛狩りは、嬉々として殺しにかかるタイプである。弱点が弱点してないぞ、どういうことだ。
「いや、どう考えてもジェスチャーバグなんかより、こっちの方がチートだわ」
プレイヤーがどんなにプレイヤーチートの限りを尽くしても、この時点であそこまで強くはなれない。
レベルアップも能力値上げも難しい今作は、初期値が高い方が圧倒的に有利だ。
しかも、信仰魔法はともかく、リリィベルさんの筋力や持久力などに関してはこの後も伸び代がありまくるわけで……
「なんでこんな強キャラを、タイラントやターミネーター枠にしちゃうかなぁ駄剣の運営はさ」
ビジュアルも相まって人気が出たろうに。いやはや。
でも、そういうチートキャラも容赦なく死んで化け物になってる、無情な世界観だからこそ、カルト的人気を呼んだとも言えるわけで……
「ま、そんなことはどうでもいいか。問題なさそうだし、女神像探そ女神像」
俺は踵を返した。
玄関を出て、教会の裏手に回った俺は、そこにある果樹園と西塔に来ていた。
「やっぱり完全な廃教会っていうには、まだ新しいよな」
それなりの坂道になっているので、教会三階の壁を横から見ることが出来る。
新築というわけではないが、建ててからそんな何百年もは経ってないんじゃないか? 教会建物に詳しい訳でもないから正確なことは分からないけど。
それにしても、ゲームではこの道には敵がいないこともあり、全力疾走からのジェスチャーも使ってスイスイ来てみたが、やっぱり誰にも会わなかった。
さっきララベルと一緒にこの辺も見たので、分かっていたとはいえ、少し寂しい。
「ごめんくださーい」
ドット絵時代の勇者じゃあるまいし、人んちのものを勝手に壊したり取っていくわけにもいくまい。
まだ誰かが使っているのなら、訳を話して譲ってもらうか、売って貰おうと思っていたのだが。
「留守……いや、何年も使ってる形跡がないな」
西塔の入り口は頑強に施錠されていたので、力づくで横の雨戸を少し開けて覗いてみると、中は埃が厚く積もっていた。ここもだいぶ長い間、放置されているようだ。
「……まあ、いいか。貰うものを貰って帰ろう」
ゲーム中の拠点となる教会の裏手はちょっとした坂道になっていて、高い西棟と果樹園になっている。
果樹園ではりんごやぶどう、桃やベリー、それにハーブなど様々な果物が育てられており、ゲーム中では主にこれを食べたり、酒やジュースに加工したりして、怪我や病気、空腹や喉の渇きを癒していた。
これがないと、敵地で亡者の肉を喰らい、血液パック2リットルを直飲みする羽目になるので、発狂したくなければ、ここの手入れや拡充を怠ってはならない。
ならないのだが……
「やっぱり結界があって入れないな……」
フォン……と不思議な音を立てて、俺が触れた半透明な結界が波打った。
この果樹園は二重の結界が施されており、1番目は「この場所に果樹園があると知らない者に、この果樹園は見えない」という認識阻害。
2番目は「果樹園の鍵を持つ者以外の侵入を拒む」という施錠結界だ。
単純な施錠結界だけだと、力づくで破られたり、解呪されてしまいかねないので、このような措置になっているそうだ。
食料不足に陥った民衆や旅人による略奪を防ぐため、とされているが、ゲーム的には単なる嫌がらせだ。
昔、ここのシスターだったらしい小柄な婆さん商人に、この果樹園の存在を教えてもらい、今まで墓場だと思ってた場所が果樹園になっていることが判明。
喜び勇んで果樹園に突撃するも結界に跳ね返され、取って返したプレイヤーに婆さんは邪悪に笑って言うのだ。
「お代は2万Eになるよ、お兄ちゃん」
ぶっ殺してやろうかと思うが、この婆さんも不死者なので、殺しても死体や品物は消えるだけ。むしろ殺すと値段が倍に跳ね上がるので、逆効果だ。
結局、当時の俺は歯噛みしながらでも、食料と飲料、回復素材の安定供給のために買うしかなく、そこら辺の雑魚(雑魚とは言っていない)を何度か死にながら総ざらいにして買うことになったのだ。
「あの婆さん、今どこにいるんだろうなー」
あの婆さんが同じ姿をしているとは限らないし、そもそもあの婆さんがここのシスターだったかどうかも怪しい。あの意地汚さと意地悪さ、ただの盗っ人だった可能性もある。
だいたい初心者プレイヤーはこのゲームに餓死や病死、脱水症状などがあると知らないし、説明もされないのが意地悪だ。
ある日突然体が自由に動かなくなって死亡し、唖然としながら、その後それが食料や飲料、病や寝不足による物だと知り、もっと唖然とすることになるのである。
その後食料や飲料、薬剤の確保に奔走することになるが、滅んだハゲ山であるこの山に果樹園以外の食料はなく、次のステージである亡者たちの山や城にも、彼らが限界まで食べたのか、食料や飲料はない。
言ったかもしれないが、不死者は人間の限界を超えた強さや知恵を持ってたり、死んでも自動的に蘇りもするが、餓死もするし、病死もする。
つまり飢饉や流行り病が起こって大量の餓死者や病死者が出ても、全部生き返ってしまい、いつまでたっても食料不足やパンデミックが終わらないわけで……控え目に言って地獄である。
「そんな世界だからかな。こんなに厳重な結界があるのは……」
やれやれと首を振った俺はそんなガチガチの結界は放っておいて、西塔の近くに生えている白樺の木の所に向かった。
特になんのクエストも特別性もないオブジェクトだが、こいつにはこれからやることに必須なので、まずはここに行くとしよう。
「……げっ!? 木が小さいぞ!?」
困ったことになった。登る予定だった木はあったのだが想定より小さいのだ。
「そらまだリリィもまともな頃だもんな……」
やはりここはゲームの時代よりだいぶ過去なのだろう。
ほんと、聖剣を折られかけた件も含めて、あそこで救助や勇者が起きるのを待つなんて選択しなくてよかった。
「まあ、登れんこともないし、やれるだろ」
どうせ足場にするだけなのだ。多少小さくても、そこはスキルでカバー出来る。
「壁走り!」
全力疾走で近づいて、壁走りを使用。木の幹を駆け上る。
「ジャンプ」
木を蹴って飛び、本館三階の屋根に飛び乗ろうとするが、やはりこのままでは飛距離が足りない。
「直立!」
なので、ジェスチャー直立を使用。空中で直立不動となった俺は空中を平行移動して、無事、教会の屋根に着地した。
短時間まっすぐに進むのなら、やっぱりこれだな。
「よし!」
木で出来た屋根は踏み抜くと困るので、石で出来た端っこを歩きつつ、天窓から屋根裏の物置へと侵入する。
「あった、あった。これこれ!」
そこにあるのは、お宝の山。
本来なら中盤以降に、昔ここのシスターだったらしい例の婆さんから20万Eという超ぼったくり価格で西塔への鍵を売ってもらい、そこからイベントをこなして屋根裏に入る。
だが、ゲームでも現実でも、そんなごうつく婆さんの都合は知ったことではない。
物理的に施錠されている西塔や、魔法的に封鎖されている果樹園と違って、ここは高さで仕切られているだけだ。
なので、高ささえなんとかすれば、序盤から不法侵入可能なのである。
「さーて、頂きますかね」
お宝の山といっても、分かりやすい金銀財宝ではなく、ここにあるのは実用品ばかりだ。
魔法のかかった指輪やネックレス、修道士や魔術師、錬金術師や呪術師の使う黒い服や手袋などの装備品類、いくつかの魔導書に、杖や鈴などの魔法の触媒、古くなった薬草に果樹園の鍵……
「なんか、いらなくなった物や予備の品を置きっぱなしにしてるって感じだな」
『ガラクタばっかりじゃねえか!』
『二十万も払ってこれかよ!』
『また騙された!』
『ババア! 金返せ! ババア!』
『ババア! 出てこい! ババア!』
『あのババア、雲隠れしやがったぞ!?』
『探せ! 草の根を分けてでもだ!』
と、本来なら全部手に入れているはずの物ばかりで、こうなるはずのところなのだが、金も払わず、序盤の何もない時期に来れば、詐欺クエストのガッカリ報酬も立派なお宝だ。
それに獲得エーテルが徐々にインフレしてきた中盤の終わりの方に来ることを想定しているだけあって、アイテムの中身や等級も序盤の終わりか、中盤初期くらいのパワーがある。
これだけあれば、何もないよりだいぶ強化されるだろう。
「特にHPスタミナアップ、経験値アップの指輪は美味しいな! ……呪われてるけど」
微笑みの女神の加護がかかった指輪で、片方は付けると外せなくなる代わりにHPとスタミナがレベル2つ分上がり、もう片方は獲得するエーテルの数も1.2倍になる。
ここ以外ではしばらく獲得経験値を増やす指輪は手に入らないので、さっそく装備する。
ステータス上げの方はこれから、転職でステータスを弄る都合上、あると面倒臭いのでしまっておいた。
「あと、これこれ。旅のお供。冒険する者の鞄」
見た目はちょっとくたびれた鞄。
だが、その力はとんでもなく、総重量500までなら、どれだけ入れても満杯にはならず、重さを感じることも嵩張ることもない優れものだ。
実質的にインベントリの代わりになるこれと、経験値アップの指輪がこのクエスト報酬の本体と言っても良い。
まあ、ゲーム本編ではこの鍵を売ってくれるババアから高い金出してどれも大抵は購入済みで、ますますブチ切れることになるんだけどな!
ちなみに経験値アップ指輪やドロップ率アップ指輪などは、全く同じ物を二つ持っていても片方しか装備出来ない。
冒険者の鞄も二つ装備することは出来ないので、買ってから来た場合はほぼ完全に無駄骨となる。プレイヤーがキレるわけだ。
「さて、準備も出来たし、そろそろ始めるか」
俺は、部屋の奥にある小さな女神像「微睡みの女神像」に目を向けた。
いくぞ、本当の傭兵に、勇者に俺はなる!