ジェスチャー〈俺に任せろ!〉
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「いやー成功して、良かった良かった」
「え? えっ!? えぇ!?」
空中をヘアピンカーブで滑り抜けた俺たちは山道に着地し、一路街へと進んでいた。
山門回避はRTAなら必須の動きなのでゲーム時代に散々練習したし、ここに来て最初の検証でも動き自体は成功していたため、出来るとは思っていたが、失敗したら崖から落ちて死んでしまうため、ちょっと緊張していたのだ。
ゲームが現実になった今、メニュー画面が開けなくなってしまったので、色んなバグ技やテクニックが使用不能になっている。
落下中にデータをロードして、落下死をなかったことにする技、プロロルシルフルも使えないので、この技の危険度も上がってしまったのが残念だ。それでも有用なので使うけど。
「キョロキョロしてないで行くぞーララベル」
「いや、いやいやいや! いくぞー、じゃないですよ! 何呑気なこと言ってるんですか! だってアレ倒してな、え、ええ!? 何アレ!? ユージさん、何したんですか!?」
「な、何をしたって言われてもなぁ……」
ララベルさんに詰め寄られ、俺はなんと説明して良いか、困ってしまった。
ちょっとこの子、興奮というか、新しい必殺技を作った少年みたいなんだけど、こういう時どうしたらいいんだ。
「と、とりあえず街へ行きたいから歩きながら話そっか」
とりあえずこのままここにいても良いことは何もないので、先に行くことを促して歩き出す。
「さて、何から話したもんか……」
俺が今崖を飛び越えるのに使った技は通称、『土下座エンジン』、正式名称『ジェスチャーキャンセル』、というテクニックだ。
このゲームにはジェスチャーと呼ばれる、サムズアップやガッツポーズ、敬礼のような特定のモーションを取ることが出来るシステムがある。
これらのいくつかは最初から使え、残りは本やNPCから教えてもらい、ゲームでは台詞のない主人公が自分の感情をNPCに伝える時に使うのだが、これを使ったバグ技がジェスチャーキャンセルだ。
どうもジェスチャーは他のスキルや動作に比べて優先度が高く設定されているらしく、敵との乱闘中だろうが、剣を振り回していようが、魔法の詠唱中だろうが、特定ワードでジェスチャーが発動してしまう。
たとえば戦闘中にテンションが上がって「先に行け! こいつは〈俺に任せろ!〉」とか言っちゃうとドラゴンが火を吹く寸前でも、仲間の方を振り返って親指を上げちゃうし。
たとえばドS女王様が「〈土下座〉しなさいな!」とか、闇の魔法使いが「〈お辞儀〉をするのだポッター!」と言ったら、周囲や自分の状況とか関係なく、真っ先に自分が強制的に土下座やお辞儀をする羽目になるのである。
まあ戦闘中は口を閉じていれば良いし、たとえ何か言ったとしても、このゲームのNPCはあんまり反応を返しててくれない。
どうしてもジェスチャー暴発が嫌なら設定から簡単に切ることも出来るので、ほんとの初心者が事故死するくらいで、あんまり問題にはならなかった。
だが、その優先度の高さに注目した者がいた。
このゲームをやりまくってる廃人や、スピードランに命をかけてるRTA走者である。
この仕様をなんとか悪用、いや利用、じゃなくて有効活用しようと試行錯誤した結果、面白いことが分かった。
なんとこのジェスチャー、一定以上の運動量を保存するのである。
小走り程度では何も起こらないが、全力疾走している間にジェスチャーをすれば、ジェスチャーが終わるまでの間は全力疾走をしているのと同じスピードで進めるのだ。
これに廃人たち、とりわけスピード命のRTA勢は歓喜した。
これを使えば某緑の勇者の指チュパダッシュよろしく、全力疾走で使い切ったスタミナを、スピードを落とすことなく回復させることが出来る。
これは当時ハイスピードを維持するために、ともかく速さと持久力にステータスや装備を振っていたRTA勢に革命を起こした。
具体的にはスタミナ振りはやめて、スピード全振りになった。any%では速さ極振り以外は甘えって、それ一番言われてるから。
さて、そんなある日新たな発見があった。
一人のRTAプレイヤーが疑問に思ったのだ。
「高速で動くスキル中にジェスチャーをしたら、どうなるんだろう?」
疑問に思った彼は早速、槍の突進系最強最速スキル〈ゲイ・ボルグ〉の最中に、モーションが長くて誤爆すると大変なことになるジェスチャー〈土下座〉を繰り出した。
「いくぜ、ゲイ・ボルグ! からの土下座」
すると、主人公は槍を構えて、グッと一瞬の溜めの後、超高速で突進……すると思ったら流れるように地面に膝を着き、ジェットスキーのように高速で上下に揺れ滑りながら、頭を地面に何度も叩きつけ始めたのだ。
世界初、土下座しながら前方に高速移動する男の完成だ。
しかも、ジェスチャー中はあれだけ重たかった重力がなかったかのように、地形を無視して空中をスィーと平行移動出来たのである。
もっとも、ジェスチャー土下座は激しく頭や上半身を上下させるため、その影響で進む方向が上下にブレッブレになってしまう。
そのため、正式採用は見送られ、本番では別のジェスチャーが使われることになった。
だが、まるでエンジンが付いたかのような進み具合と、発見者への敬意を込めて、俺たちはこれを土下座エンジンと銘打った。
エンジンはその後、改良を重ねられ、ひたすらまっすぐ進む交信エンジンや昼寝エンジン、カーブを描く俺に任せろエンジンに、上方向へのロールバックさえ可能な太陽礼拝エンジンなど、次々と有用なエンジンを生み出していった。
そしてこれらの開発、発見にRTA勢は狂喜した。
スキルによる瞬間的高速移動の永続化によるタイム向上。
さらに、これでタイム向上を妨げる、面倒なボスや地形をスキップ出来るかもしれない、と。
そしてこの技は幸運にも恵まれた。
こんなあからさまなバグ技なんて通常なら一瞬で修正されそうなものだが、この時既に運営会社は大炎上したこのゲームに見切りをつけて、新作を発表しようとしていたし、その後も相次ぐ不況や炎上その他への対応で、ゲームのバグ取りに熱心ではなかった。
そんなわけでこのバグ技は修正されることなく今日まで残ったのである。
あとは言わなくても分かるだろう。
俺は刺突系スキル〈スティンガー〉の、チャージ量に応じて強く踏み込む、という性質を利用し、スピードが最高速に乗った瞬間に合わせてジェスチャー〈俺に任せろ!〉を発動。
〈俺に任せろ!〉はNPCに背を向けて使うと、少しだけ振り返りながらサムズアップする、という性質があるので、それを使って体の向きを変更。
一応会話の中でそれとなく試してみて、聖剣さんもリリィベルさんもちゃんとNPC扱いされることや、判定の距離なんかもゲームと同じであることを確認済みである。
そうしてスティンガーをキャンセルして滑空しつつ、ジェスチャーの振り向き動作を利用して空中で親指立てながらカーブし、高く険しい山門を横から回り込んで突破したというわけだ。
ちなみにここの光の壁と山門はプレイヤーが歩ける崖沿いの山門とその周囲は封鎖しているが、ボスエリア東側の崖は封鎖していない。
理由は色々考察されているが、一番有力なのは完全封鎖してしまうと、ボスがプレイヤーを掴んで崖下に投げ捨てたり、盾を構えて後退していたプレイヤーが誤って落下死する、という美味しい展開が作れないからだろうと、俺は睨んでいる。
事実、手や武器で主人公を掴んで崖下に投げ捨てる系の技を持っているボスがいる部屋は、必ずと言っていいほど、左右どちらかの、あるいは両方が崖や壊れる壁になっている。露骨な落下死狙いだ。
さらにちなみにだが、肝心のボスは一部を除いて落下死してくれない。
AIが常に崖際に主人公を追い詰めるようにプログラミングされており、こちらがボスを崖際に追い込んでも、すっと躱されて反対側に回り込まれ、回避行動と連動した横薙ぎで逆に叩き落とされる。
相変わらずプレイヤーの思考を読んだいやらしい作りだが、今回はそんな奴らの裏をかいてやったということで、若干ながら気分が良い。
……なんだが、こんな話をこの世界の住民であるララベルさんにどう説明すれば良いのだろう。
チラッと彼女を見る。
むふー、むふー、と鼻息が荒い。目も爛々と輝いている。
まるで夕方6時のヒーロー番組を見る寸前の少年だ。期待感に溢れている。正の好奇心に満ち溢れている。
これアレか?
もしかしたら、さっきの技の原理を知れば自分も使えるかもしれない的なことを考えているのか?
それとも単純に自分が知らない技を見て、好奇心でいっぱいなのか?
まさか俺を敵として見ていて、空を飛ぶ強敵そうだから、嬉しいってことはないと思うが……
ええい、男は度胸。何でも聞いてみるもんさ!
「ララベルさんは、なんでそんなに聞きたいんですか?」
思わず敬語になってしまったが、ご愛敬である。
「だって翼もないのに、空を飛ぶんですよ! そんなこと大司教さまや学院の魔法使いさんだって出来ないのに!」
彼女は興奮を隠すことなく、勢いよく捲し立てた。
意外に思うかもしれないが、この世界の魔法使いは空を飛べない。
魔法学校みたいに箒で空を飛ぶことも出来ないし、キメラの羽や風のマントで飛ぶことも出来ない。
例外は最初から翼が生えている種族、たとえばドラゴンとかに乗せて貰うことだろうか。
まあ、設定上の理由は色々あるんだろうが、最大の要因は3DアクションRPGで空とか飛べたら、高低差のあるダンジョンとかのマップ作るのが面倒だからってのが理由だろうと分析されている。
現に俺もショートカットしてきちゃったしな。
「それに、巨人を倒さないと開かない扉も通らずに来ちゃいましたし! ユージさんがこんな凄い技を隠し持ってたなんて!」
なんだろう。いくらリリィベルさんでも、可愛いらしい女の子に感激されるのは悪い気はしないな!
だけど、この子が何を言いたいか、なんとなく分かってきてしまったぞ。
「あー、つまり?」
「わたしもやってみたい! やり方教えてください!」
「まあ、そんなこったろうと思ってたよ」
だって君、俺を見る目が強化素材を見つけたゲーマーの目なんだもん。「これ取ったら、何しようかなぁ!」 って顔してるよ。
「教えても良いけど、たぶん使えないぞ?」
「え……?」
硬直する彼女。目を見開き、口をポカンと開けた愕然とした表情だ。なんていうか、喜び勇んで開けた宝箱がミミックだったみたいな顔である。
話しながら考えてたんだが、ゲームでNPCがこの技を使ってくることはなかったし、そもそもNPCってジェスチャー使えるのか?
「でも、たぶんなんですよね? わたし、これでも聖女ですし、何か使えるかもしれませんよ?」
「じゃあ、直立、お辞儀、太陽礼拝、俺に任せろって言ってみてくれ」
「? さっきも何か叫んでましたけど、それが呪文なんですか?」
「まあ、そんな感じだな。もし君がこの技を使えるなら、この内のどれかを言った瞬間、嫌でも分かる。身体が勝手に動き出すからな」
「なんかよくわかりませんが、やってみます!」
ララベルは 呪文を 唱えた!
しかし 何も 起こらなかった……
「何も起こりません……魔力不足、いえ信仰心の不足でしょうか?」
「いや、こいつは魔力も信仰心も関係ない。使える奴は俺みたいな魔力ゼロの奴でも使えるし、使えない奴はたとえ学院の大賢者や教会の大司教でも使えない」
ララベルはこの世界の人間だが、俺に任せろが反応したということはNPC判定も持っている。
このNPC判定により、この時点のプレイヤーには得られない圧倒的なステを持てる代わりに、ジェスチャーを習得していない。というより習得するシステムそのものがないんじゃなかろうか。
たぶんだが、この世界でこの技を使えるのは俺と、あの墓の中の主人公ちゃんだけなのだろう。
「……わたし、空を飛ぶ才能がないってことでしょうか?」
「いや、戦いとか魔法とかそういう別の所に才能振ってる、って感じだと思う。実際、ララベルは俺より年下だけど、俺より強いだろう」
どっちが良いかと言われれば悩み物だ。
タイムアタックするのなら、ジェスチャーバグは使えた方がいいだろうが、そうでないなら、NPC特有の圧倒的なタフネスや攻撃力なんかは羨ましい限りである。
ただ生き残るだけなら、彼女の方が俺よりずっと有利な能力なのだ。
「わたしも空飛びたかったです……」
「期待してるとこ悪いが、正直、こいつの使い勝手はあんまり良くないぞ。一回使っちゃうと、途中で軌道修正出来ないから、使えるのはさっきみたいなちょっとした移動くらいで、戦闘にはほぼ使えない」
「そうなんですか? 空を飛べたら、上から矢を射ったり、巨人の頭を叩けたりとか、便利そうですけど」
「色々制約があってさ。そうそう上手くはいかないんだ。飛んでる間は身体の自由が効かなくなるから武器使えないし、日常生活も不便になる」
「日常生活までですか?」
「そうだよ。たとえばさっき俺が君に呪文をいくつか教えた時、足を止めてやたら姿勢を正してから、教えたろ?」
「はい。まさに直立不動って感じで、とても姿勢が良かったです」
「さっき教えた呪文は、自分の体に特定の姿勢や動作を強制的に取らせることが出来るものなんだ。それらを組み合わせることで、さっきみたいに素早く移動したりしてるわけなんだが……」
「んむ? それの何が問題なのでしょうか?」
「発動する時や場所を選ばないんだよ。会話の中でぽろっと言っただけでも、呪文は効果を発揮しちゃうんだ。さっきの直立みたいにさ」
歩いていた俺が直立と言った瞬間、軍隊みたいにピシィッと直立不動の姿勢を取ったことで、彼女も察したらしい。
「うわぁ……それって……」
「うん」
「すごく……すごく面倒臭そうというか、大変そうですね……」
「うん。自然と無口になるよ」
駄剣のスキルはデフォルトで、スキルやジェスチャーなどは、思考入力と音声入力の両方がオンになっている。
この世界はどうやら最新パッチを当てた上で、設定を弄ってないデフォルト状態のようなので、スキル名や魔法、ジェスチャー名をぽろっと言ってしまうと、暴発してしまうようなのだ。
「そういや、そっちはどうなんだ? 魔法や奇跡って日常生活で暴発しないのか?」
俺がこんなに困ってるのにのうのうとしてるなど許せん、というわけではなく、この世界の人たちはスキル暴発現象にどういう風に対処しているのか、知りたくて聞いてみた。
「魔法や奇跡は古代の言葉で詠唱してますし、魔法陣が仕込まれた鈴や杖で詠唱を代用することも多いですから、暴発したことはないですね」
「なん、だと……」
日常生活で使う言語と、スキルや魔法発動用に言語を分ける……その発想はなかった。
いや、言われてみれば古代語で呪文を唱えるとか、そもそも詠唱しなくて良いように印や魔法陣を使うとか、ファンタジーでは普通によくある話なんで、俺の頭が硬いだけかもしれない。
「驚きました?」
「……そういや、俺の知り合いの聖職者も詠唱とかしないで鈴を鳴らすだけだったことを思い出したよ」
知り合いっていうか、聖職者プレイしてる実況者さんなんだが、まあそれはどうでも良い。
はぁ……とため息をつく。
ジェスチャー暴発はシステム面のものなので、設定を変えられない現状では、言わないように気をつけるくらいしかない。今から新たに言語を作れるわけもなし、参考にはならなかった。
「才能があるっていうのも大変なんですね……」
「君だって聖女なんだから、才能ある側だろ……」
「わたしは教会の一般聖女ですし……」
一般聖女ってなんだよ……って思ったけど、もはやツッコミを入れる気力もない。
「それであの、話は戻るんですが、結局この空を飛ぶ力は戦いには使えるのですか?」
「君もタフいね。まあ、出来なくもないけど、これを今戦いに組み込むくらいなら、まだ普通に戦った方がマシかな」
この土下座エンジンであるが、スタミナを回復しながら高速移動出来ることと、通常のスキル使用では行けない所に行けるなど利点も多いが欠点も多い。
さっきも言った通りジェスチャーは他の行動やスキルを無理矢理中断させるほど優先度が高い。
逆に言えば、ジェスチャーでキャンセル出来るスキルと違って、ジェスチャーは一度始まってしまったら、ジェスチャーが終わるまでプレイヤーは何も出来ないのである。
土下座エンジンは一度点火したが最後、目的地に着くまで、いやそれどころかジェスチャーという燃料が尽きるまで止まらない魔のエンジンなのだ!
なんて感じなことを説明すると、彼女は遠くを見つめて言った。
「さっきはゆーじさんは使えるのに、なんでわたしだけ……ってちょっとだけ思っちゃったんですけど、今は使えなくて良かったなって思ってます」
「ははは……まあ、知らないで使うと大変なことにはなるよね。俺の知り合いも、それで空の果てまでぶっ飛んでちゃったし」
このバグの存在を聞きつけた実況者さんが、試しに使った結果、ロケットみたいな加速で延々と上昇が止まらなくなってしまい、詰んでいたのを思い出す。
あの時は皆で大笑いして見ていられたが、現実になった今では笑えないジョークだ。不死者と違って命は一個しかないしね。
どこまでも止まらずに飛んで行ってしまう自分を想像して、俺はぶるりと震えたのだった。