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東京デバッガーズ  作者: 流
一話
5/11

陰陽師の生活

 透流の家は代々続く陰陽師の家系だ。

 藤原千方を祖とし、平安から続くとされる古い家だった。

 とは言っても安倍晴明や賀茂忠行という有名どころとは違い、世の表舞台に立つことは無く、地方で暮らすマイナーな陰陽師だったと聞いている。

 透流自身も自分の出自には頓着せずに生活していたが血は争えないようで、才が無い者には見えないと言われる魑魅魍魎を昔から見ることが出来た。

 幼少期からそういったものに慣れていた為か、はたまた家柄の為か、気づいた時には魔の者への耐性が付きそういった悪性の影響も受けなくなっていた。

 陰陽師という家業を考えるならとても向いている体質だろう。

 だが透流は家業に毛ほども興味を持たず、陰陽師の仕事もしたことが無かった。

 にも関わらず、先ほどのように悪魔祓いのようなことをして回っているのには理由があった。





「透流です。帰りました」

 

 とあるマンションの三階、『藤原メンタルケアルーム』と小さく看板がかかっているドアの前で立ち止まり呼び鈴を鳴らす。

 しばらく後、中からパタパタという足音が聞こえてくる。

 それがドアの向こうで立ち止まり、ガチャリと扉を開けた。


「やあ、お帰り透流くん」

 

 ドアを開けたのは黒髪をハーフアップにした若い男だった。

 彼は透流の叔父で、名を弘明(ひろあき)という。

 この家の主で小さいながらもそこそこ知られたメンタルケアルームを開き、心理カウンセラーとして生計を立てていた。

 透流と同じく藤原家の家業を継がない道を選んだ人物だ。

 しかし完全に継いでいないというわけでなく、副業的な感覚で陰陽師の仕事もしている。

 現代は昔に比べ心を病む人間が急増している。

 心を病んだ人間は不安や狂気を抱えやすくなり、そこに魔は付け入るのだ。

 勿論普通にメンタルケアを望む場合も多い。

 だが蓋を開けてみると、実際は魔に憑かれ不安を倍増させられているというケースもあるのだ。

 この段階で元凶を祓えれば、犯罪を未然に防ぐことができる。

 その場合は料金をほんの少し上乗せして、そっと祓い落としてやるのが弘明の仕事だ。

 無論“こちら”を目的に訪れる客もいるので、そちらも収入の一部だ。


「弘明さん、今日のお客さんは?」

「ついさっき帰ったよ」

 

 うずうずと何か言いたそうに弘明を見つめる透流の様子を笑いながら訊ねる。


「どうかした?」

「じゃーん、オルトロス!」

 

 眼前に取り出された透流の携帯を見て、弘明も「おっ」と声を出す。


「前から欲しがってたよね、確か」

「そうなんですよ! さっき下で祓ってきたんですが、これがまた運よくて」


 玄関先からリビングへ移動しながら、オルトロスを手に入れた顛末を子供のようにはしゃいで話す透流を弘明は優しく見守る。

 透流と話している時でこそ物腰柔らかな印象を受けるが、陰陽師としての能力は一流であることを俺は知っている。

 聞いた話では祓ってきた魔物の数は星の数とも……。


「今日の晩御飯何ですか?」

「うーん、材料はあるからビーフシチューにしようかなって」

「やった! 僕大盛りで!」

「はいはい、多めに作るね」

「じゃあ手伝います」

「昨日徹夜だったんだろう? 部屋で寝ていていいよ。出来たら声掛けるから」

「そうですか?」

「そうそう、僕らにとっては夜は普通の人より長いんだから」


 まあ、それもそうか、と透流は握りこぶしを引っ込めた。

 そう、俺達の夜は『長い』のだ。



「ただーいまー」


 夕日が沈んだ自室に呑気な声が通る。

 学校へ持っていっているバッグをベッドへ投げ、PCの電源を入れて、椅子に腰かけた。

 一連の動作は最早無意識の動きだろう。


「今日は何をするんだ?」


 PCが立ち上がるまでの寸時を惜しむように携帯をいじる透流に声をかけた。

 透流の自室ということもあり、話しかけるのに携帯は介していない。昼間のやり取りはあくまでも周囲の人間から怪しまれない為のカモフラージュだ。

 本来、声だけなら直接やり取り出来るのだ。

 透流もそれが当たり前のように気にした素振りはしない。携帯に指を滑らせながら答えた。


「んー? さっき手に入れたオルトロスのステチェックと運用法などを少々」

「相変わらず呪文のようだな。お前の言うことは」

「いやいや、ゲーマーの性ってやつですよ。新しいモンスター捕まえたら図鑑とか開きたくなりません?」

「分からん感覚だ」

「まあ、そっちにはボードゲームくらいしかありませんしねえ」

「むっ、カードゲームもあるぞ」

「そういう問題ではないです。据え置き機貸してもいいですけど、電源ありましたっけ?」

「無いな」

「ですよねー」

 

 透流の携帯画面にはオルトロスをインプットした時のナンバーと名前、ご丁寧に二つ首の巨犬の画像が表示されていた。


「オルトロスか……どういう使い方を考えているんだ?」

「そうですね、見た目イメージからしてケルベロスに負けてるじゃないですか」

「そのケルベロスは既に使役しているしな」

「なんですよ。だからケルベロスが出られない時のピンチヒッターとして運用していこうかと」

「下位互換……」

「それは言っちゃ駄目ですよ、さっちゃん……」


 言ったらいけないということだが残念だな、言ってしまった後だ。

 恐らくだがオルトロスはケルベロスに比べ、知名度、力、体躯などどれを取っても劣るだろう。

 ある意味上位種であるケルベロスを頻繁に使役していくのなら、自ずとオルトロスの出番は無いだろう。

 新しい主を得たはいいものの、使役される機会を与えられないとは、憐れだ……。



 程なくキッチンの方からデミグラスソースの匂いが漂ってくる。

 そろそろ弘明のビーフシチューが出来上がるのだろうか。

 学校から帰ってくるまで間食していなかったことを思い出したように、透流の腹の虫が鳴いた。

 毎度のことながら食欲の塊みたいな奴だ。二、三人前の食事ならぺろりと平らげる。

 その割に体型は痩せぎすで肌の色も白い。

 休日も部屋でゲームをプレイしているばかりで運動もろくにしない。

 なのに肥えていかないのは不思議なものだ。

 こういうのを人間の言葉では何と言うのだったか、ああそうだ、『痩せの大食い』だ。

 何に対して食事の熱量を使用しているのか、いまだに疑問だ。

 と──



──ザワッ……



 空気が一瞬震えた。


「さっちゃーん?」

「ああ」


 透流は鼻をひくつかせ、わざとらしく俺の名を呼ぶ。

 時が来たようだ。

 それからもう一人。

 自室から出て、キッチンに立つ背に声をかけた。


「“弘明”」

「はい、“透流様”」

「行くぞ。大物だ」


 そして透流はにんまりと笑った。

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