専門学校
透流は都内のゲーム系専門学校に通う学生である。
専攻はゲームデザイナーコースだ。
他にもグラフィックコースやプログラマコースなどもあるのだが、このコースは全てのことを学ぶ。極論を言ってしまうと、たった一人でもゲームが作れるようになるコースだ。
その中でも透流は出席率100%の超優良学生だった。
専門学校というものは月日が経過するに従い出席率が下がりがちになるものなのだが、元からゲームが好きなこと、ゲーム心理学などの座学も興味を引かれる科目であった為、欠席するのが勿体ない気がしていた結果だった。
この日も「朝は暇だから」という理由で、他の学生よりも幾分か早めに学校に向かっていた。
代々木駅で電車を降り、徒歩二分のところに透流が通う専門学校はある。
住宅街に入る一歩手前の雑居ビルの二階だ。
時間は午前九時半を回ったところ。教室には既に数人の学生が登校していた。
透流も自分の席につくと早速PCを立ち上げた。
この学校では生徒一人一人にPCが割り当てられ、授業で使用するだけでなく、自由に使っていいことになっている。
もっとも就職した時にスペックが低いものをあてがわれても作業出来るようにと、どの机に置かれているものも一昔前のモデルで性能も悪いものばかりだ。
中には自前のノートPCを持ち込んでいる生徒も居たが、机にはデスクトップPCが鎮座しているので、広げられるスペースは無い。
透流も最初の頃はこのPCには辟易していたが、自宅以外で作業出来ることはありがたいので渋々使っているといった印象だ。
将来の夢はもちろんゲーム会社勤務。小さい会社ではそういうこともあるだろうと自分に言い聞かせているところだ。
「藤原さん、おはよ」
「おはようございます」
声を掛けてきたのは八嶋和樹という名の生徒だった。透流と同じ朝の常連だ。
「ねえ、この間言ってたゲームどこまで進んだ?」
「そうですね……」
この八嶋という小太りの学生は、以前透流が気まぐれで作ったゲームをテストプレイして以降、透流が自作しているゲームのファンになったらしく、こうやって時間をおいては新作の作成状況を尋ねてくる。
将来ゲーム業界を目指す専門学校なだけあり、授業以外でもゲームを自作している生徒は大勢いる。
その中で透流のゲームが気に入ったと言ってくれるのは素直にありがたいと思う反面、照れるというかこそばゆいというか、そんな気持ちにさせていた。
八嶋は透流にとって期待と応援と適度なプレッシャーを与えてくれる刺激物だった。
軽快にキーボードを打ってiniファイルを開き、透流は「うーん」と唸ってから進捗を話し出す。
「プレイヤーが自由にアビリティをセットして進めていくRPGにしようと思っていて……今はそのアビリティの数を増やしているところですね。ほら」
隣に座る八嶋に見えるようモニタを傾けた。
そこには一つずつ番号の振られた文字列が並び、その数は100を越えようとしている。
これだけアビリティの数があれば、プレイヤーにストレスを感じさせることなくゲームを楽しんでもらえるだろう。
とは言ってもこの数で透流は満足しているわけではない。
新しいアビリティの案が出たら順次実装していくつもりだ。
八嶋からの質問は続く。
「configは?」
「そっちは粗方設定し終わっています。あとは動かしながら穴埋めですね」
「デバッグが必要な段階になったら必ず呼んでね! 俺すげー楽しみにしてるからさ!」
「分かってますよ」
八嶋が鼻息荒く主張するのを見て、透流は苦笑を浮かべた。
いち早くプレイしたいのだろう。まだ不具合の多いバージョンでもプレイしてくれるらしい。
ゲームのクオリティに関わる要素としてバグの少なさが挙げられる。
少なければ少ないほど良い……というか、バグが全く無い状態でリリースされるのが本来望ましい形なのだ。
デバッグには仕様書──ゲームの設計図──通りに動くかという基本動作確認の他、こちらが意図していないことが発生しないかという確認もある。どちらかというと後者の確認の方が時間をかけて行う作業だ。
マップを一歩移動するごとに全てのアイテムを使ってみたり、壁に向かってひたすら走り続けたり、データ読み込みの最中に電源を落としてみたり。デバッグとは天邪鬼な性格でなければ向いていない作業なのだ。デバッガーは多いに越したことはない。
そんなわけで八嶋の申し出はありがたいものだった。
「じゃ、何か進展あったら教えて」
「了解です。それじゃ」
午前十時になり講師が教室に入ってきた。
それまでザワついていた生徒がバタバタと自分の席へ戻っていく。
「あっちももう少し調整しておくか……」
八嶋も同じように帰っていくのを見送り、ポツリと一言漏らした。
「ちっくしょー、カナコのヤツー!!」
「?」
昼休み。
授業が一区切りつき、皆昼食に出かけようと話を弾ませていた時その叫び声は響いた。
「トールくーん!」
嫌な予感に透流は口をへの字にして、眉間にシワを作った。
彼から名指しされる時は大抵面倒ごとだと決まっていたからだ。
「俺の話を聞いてちょうだいよトール君!」
教室のドアを破る勢いで入ってきたのは、頬を赤く腫らした青年、尾道幸高だった。
授業終了直後だというのに外からやってきたのは幸高が遅刻してきたから。そして頬を赤く腫らしているのは十中八九女子にひっぱたかれたからだろう。
この茶髪の友人は女性関係にだらしが無く二股三股は当たり前、振られることが日常茶飯事の見た目の雰囲気と違わない人物だった。
透流の席までやってきて騒ぐ幸高に、じとりとした視線を透流は向けた。
「失恋ならまだしもただの痴話喧嘩には興味ありません」
「うっわあ、出たよこの無関心! ひどくない!? 親友に向かってひどくない!?」
「うざあー……」
「暇があれば寝るかプログラム打ってるかだろお前は……そんなことより彼女にフラれて傷心の友人の話を聞いてやろうとは思わないのか!」
「思いません」
話をバッサリ斬って捨ててやっても幸高は諦めない。ぐぬぬ、と一瞬ひるむが、すぐに気を取り直したらしく、ビシリと人差し指を立てて見せた。
「てりやきバーガーセットひとつ!」
「……もう一声」
「ナゲットにポテトLサイズでどうだ!!」
「OK、聞きましょう」
「相変わらず食い意地張ってる奴だな、お前」
「うるさい」
ドスリと手刀を幸高の脇腹に差し込み、透流は席を立った。
「おい、どこ行くんだよ?」
話を聞いてくれないのか? という言葉を言外ににじませ、幸高は不満げな声を出した。
「昼飯です。尾道さんの話は放課後にでも聞きますから」
「ちなみに今日のメニューは?」
「曜々軒のランチCセット」
「うわ、聞いただけで胸やけしてきた」
うへぇ、と大げさにリアクションを取り、幸高はその場を引き下がった。
ちなみに「曜々軒のランチCセット」とは。
こってりスープに麺二玉のラーメン、チャーハン大盛り、餃子二十個の三点セットのことで、胃袋に自信がある体育会系の学生さえ撃沈させる、この近所で有名な特盛メニューだ。
「その細っこい体のどこに入るんだか……」
うるさい、ともう一度幸高に手刀を食らわせ、財布と携帯を尻のポケットに入れ透流は教室を出る。
外に出た頃には既に幸高の相談事など忘れ、鼻歌を歌いながら曜々軒への道を歩いた。




